6章 学内トーナメント-2
その後、予選は進み、エルデの番がやってきた。
「勝ってくるわ」
「エルデなら勝てるさ」
とても短いやりとり。
それだけで彼女の肩から力が抜けたのがわかる。
メンタルの強さは、王族としての苦労で鍛えられたものだろうか。
エルデが持つ武器は刃を潰した剣だ。
彼女が注意すべきことは一つ。
相手を殺さないようにすることだ。
エルデほどの腕前があれば、金属の棒一本で何百人でも虐殺できてしまうからだ。
「予選Eブロック始め!」
審判の合図と同時に、エルデ以外の全員が彼女から距離を取った。
詠唱時間を稼ごうというその判断は正しいし、速攻をしかけてくるであろうエルデをまず狙うというのは、打ち合わせなしでも全員が考えることだろう。
実質、一対十一。
それはエルデも織り込み済みだ。手近な一人に一瞬で間合いを詰める。
剣と魔法の最も大きな違いは、攻撃範囲の広さだ。
剣でも真空波などで遠距離や範囲攻撃も可能だが、魔法に比べて必要な練度も高く、手法も限定的だ。
戦場で魔法が重宝されるのはコレが大きな理由である。
一対多数となった場合、狭い路地などに限定できるなら剣にも戦いようはあるが、舞台のような開けた場所では圧倒的に不利だ。
ただしそれは、実力に圧倒的な差が無い場合。
一人目に肉薄したエルデは指先で喉を突いて詠唱を中断させ、そのまま場外へと蹴り飛ばした。
まず一人。
それを見た他の学生は、リング際から数歩内側へ入った。その動作を行う僅かな時間で、エルデはリングの対角へと移動を済ませている。
慌てた数名が、エルデの背中に向かって攻撃魔法を放った。
エルデは手近な一人の腕を取ると、背後から迫る火球に向かって投げ飛ばす。
火球の爆発に焼かれたその学生は、地面に転がって火を消しながら、場外へと命からがら逃げていった。
これで二人。
火だるまになった学生に気を取られた四人の間をかけぬけたエルデは、すれ違いざまに手刀や剣の柄で当て身を食らわせた。舞台上に倒れた四人は、審判から敗北を宣言され、魔法で場外へと運ばれる。
これで六人。
エルデ以外に残った四人は、それなりの腕前だ。全員が三年生である。
四人とも既に呪文は唱え終わっているが、放てずにいる。
もしエルデに避けられれば、狙われるのは自分になるからだ。
エルデが自分にさえ向かって来なければ、その隙に魔法をぶちこめる。
そう考えるのは正しい。
だが、その『待ち』はエルデにとって望むところだ。
手近な一人との距離を詰めたエルデは、迎え撃つように放たれた氷のやりを身をわずかにひねって避けつつ、相手の背後に回り込んだ。
その首根っこを掴み、いっせいに放たれた三人の攻撃の盾にする。
「ば、バカ! やめ――」
盾にされた学生は最後まで言葉を発することもなく、三人からの火炎魔法を受け、気絶した。制服に付与された防御魔法により、大火傷は負っていないはずだ。
立ち上った土煙から飛び出したエルデは、女子学生の腹に拳をめりこませ昏倒させる。そのまま詠唱の間に合わなかった一人を場外に蹴り飛ばし、最後の一人へと剣をかまえた。
「風爆波!」
最後となった男子学生が放ったのは、前方に暴風を撒き散らす魔法だ。威力もなかなかである。エルデの後方にいる観客の荷物が空に舞い、観客達は皆、砂埃に目を覆っている。この魔法は今大会のルールにおいて、非常に有効だ。ただし、発動中は術者も動けないというデメリットがあるため、前方に敵を全員集めるまでは使いにくい。
『エルデ選手の技量はすさまじいものがありましたが、これは決まりでしょうか!』
『魔法の発動時にエルデ選手を場外にできませんでしたからね。どうでしょうか』
興奮気味の実況に対し、ベルリーナは冷静だ。
エルデはじりじりとリング際へと押されている。
体重の軽い彼女が吹き飛ばされずにいられるのは、体幹の良さ故だ。
暴風の中、手に提げた剣を舞台に突き立てていないのは、考えがあるのだろう。
「秘剣・斬空」
エルデは腰だめに構えた剣を横一文字に振り抜いた。
すると、真空の刃が暴風を切り裂き、男子学生の眼前に迫る。彼が前に突きだした掌を浅く切り裂くと、暴風が止まった。。
「くっ……」
短く呻いた男子学生が自分の掌を見たその時には、既にエルデは彼の眼前にいた。
剣の柄による腹部への当て身で、男子学生はあえなく昏倒する。
『予選Eブロック決着! エルデ選手の勝利です! シストラ選手に続いて二人目の一年生通過者です。例年一人出れば良い方ですからね。今年の一年生は粒ぞろいということでしょうか、ベルリーナさん』
『今年の一年生に特別優秀な学生が何人かいるのは間違いないわね』
『何人か、ということは他にもいると?』
『それは先のお楽しみということにしましょう』
『これからの展開に注目ですね! それにしてもエルデ選手、魔法を全く使わずに勝利してしまいました。手元の資料によると、剣技だけで推薦入学を勝ち取ったとか。これほどの腕前なら納得ですね』
『あの風の中、相手に大怪我をさせない間合いを見切って、真空の刃を放った技量は驚嘆です』
『たしかに! 決勝での活躍も期待しましょう!』
ベルリーナの解説を聞いた観客達が、「魔法を使えなくてもあんなに強いのか……」などとざわめいている。
魔道士が剣士に負ける姿を見るというのは、魔法の発展にも良い効果をもたらすだろう。頭の硬いお偉いさんがどう考えるかは知らないが。




