1章 100億と1回目の旅立ち-2
それから四年。
十六歳になったオレとシストラは、村の入り口で村人全員に見送られていた。
この村が属している、大陸でも屈指の規模を持つカサンドラ王国。その王立学校への入学試験を受けに行くのだ。
「がんばれよシストラちゃん!」
「ディータ君なら絶対受かるよ!」
「村から二人も合格者が出るなんてことになったら前代未聞だ!」
村人達が言うように、王立学校の入学難易度はとんでもなく高いらしい。なんせ、国中の貴族の御曹司やご令嬢が受けにくるのだ。しっかり教育を受けている彼らを抜いて、田舎で畑仕事や狩りにいそしむ我々が合格するのは極めて難しい。入試には魔法に関する実技や筆記もあるらしいが、田舎ではそもそも魔法に関する知識など手に入らないのだ。
「ディータ、体に気をつけてね」
そう言ってなけなしの路銀を渡してくれた母は、心配そうな表情を浮かべつつも、どこか誇らしげだった。後ろで見ている父も同様だ。
最初の人生で自分を捨てた人たち。そう思うと、この十六年間、彼らと上手くやっていくのは難しかった。あれはしかたのないことだったといくら自分に言い聞かせても、心の底にしこりが残る。それでも表面上うまくやっているように見せられたのは、その方がシストラが幸せそうにしていたからだ。
オレは両親に笑顔で手を振ると、シストラと並んで歩き出した。
こうしてシストラの転生体と二人で旅に出たことは、数十億回とある。だがこれは最後の旅立ちだ。今度こそ、シストラに幸せな人生を送らせてみせる。
村を出て四日目。
王都が近づいて来たせいか、街道にはちらほらとすれ違う人が見られるようになった。
そんな中、オレ達は三十人ほどの武装した集団と出会った。
「あれって王立学校の制服だよね。かわいいなあ。軽装鎧の下にそのまま着られるようになってるんだよね」
シストラがキラキラした目で見つめる一行は、おそろいの服に鎧もしくはローブを身につけていた。殆どがオレと同年代で、数人大人が混ざっている。
「今回の討伐実習も楽勝だったな」
「まさかトロルが出るとは思わなかったけどな」
「あの時のベルリーナ先生かっこよかったなあ。トロルを一撃だったからな」
「はやくオレも軽くトロルくらい倒せるようになりたいぜ」
彼らのやりとりを聞くに、遠征の帰りのようだ。
実践的な授業もあるようで安心した。トロルと遭遇して、ああいった反応ができるなら、将来も有望だろう。
しばらく彼らの後ろを歩いていると、学生達がざわつきだした。
「なんだあれ……?」
「ド、ドラゴンだ!」
学生達が指さした空には巨大な影。ワイバーンだ。
ワイバーンをドラゴンとして扱うかは意見が分かれるところだが、人間にとって驚異であることに代わりはない。
山に住むワイバーンが、平地に降りてくること自体めずらしいはずだが。
上空をしばらく旋回していたワイバーンは、学生の集団に目標を定めたらしく、高速で滑空してきた。その巨大な顎が学生を五、六人まとめて飲み込もうと狙っている。
とっさに剣を構えた者も多いが、ざっと見たところ、彼らの実力でどうにかなる大きさではないだろう。
太刀打ちできるとすれば、一人教員に強そうな女性がいる。お姉さんと呼んでもよいほどには若い彼女が身につけるのは、大きな胸をあらわにしたローブ。緩くウェーブのかかった腰までの髪。温和そうでありながら、その瞳の奥には強い意志を感じる。
彼女は狙われた学生達の前に立ちふさがり――
「岩壁!」
彼女が手を振り上げると同時に無詠唱で魔法を発動。地面から伸びだ壁がワイバーンの鼻先に直撃した。
「さすがベルリーナ先生だ!」
「とっさの無詠唱! オレもできるようになりてえなあ」
どうやら彼女がベルリーナらしい。たしかに優秀だ。
しばらくキリもんでから地面に激突したワイバーンは、すぐに上体を起こす。そして、ベルリーナを面倒だと感じたのか、ターゲットをこちらに切り替えたようだ。
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