5章 隠密捜査ー4
研究所に忍びこんだ翌日。
オレは退屈な授業を受けながら、分身体を調査に向かわせていた。
分身体が向かった先は、フレッドの実家である。
そこでオレは裏帳簿を見つけた。
金が傭兵からの借金返済という形で入ってきている。
一度の返済がかなり高額な上に、全員同じ金額という怪しさだ。
おそらく出資元が傭兵に仕事を依頼した体で誰かに金を渡し、その誰かがここに金を持って来たのだろう。
ならばことは簡単である。
オレは次に、王都にある闇傭兵ギルドを調べた。
闇傭兵ギルドとは、国から認可されていない傭兵ギルドのことである。大声では言えないような仕事を取り扱っており、今回のような資金洗浄にはうってつけだ。
どうやら依頼元は王立学校の関係者らしいというところまではつきとめた。
同時に、学校が収納魔法具を多く発注している事実も突き止めた。
そこで思い出すのが、最初に魔瘴気を使って魔力パターンをスキャンした時のことである。最も一致率が高かったのはケイノインだが、二番目の反応は学生寮からだった。優先順位の問題で後回しにしていたが、調べてみる価値はありそうだ。
不穏な空気を皆が感じつつも、学校は通常運営だ。
オレは授業が終わると同時に人気の無い校舎の隅へと行き、研究所から少しだけ回収しておいた魔瘴気を使って、魔力パターンのスキャンをかけた。
検索範囲を学内に絞っただけあって、結果はすぐに出た。
一人、完全に一致した者がいる。
こいつが魔瘴気の提供者で間違いない。
生徒か? 教員か? それとも出入りの業者か?
オレは対象の元へと急ぐ。
そいつは教室棟から研究棟へと続く人気の無い廊下を、一人で歩いていた。
柔和な笑みを浮かべたその青年は、後ろから走ってきたオレに気付くと優しく微笑んだ。
ほどよく整ったその顔立ちには、ころりと騙される女性も多いことだろう。
だがこいつは魔族なのだ。
オレは彼の目の前で立ち止まる。
「何か用かな?」
制服に入ったラインの色からすると二年生。編入制度のないこの学校で先輩にあたるということは、少なくともシストラが狙いである可能性は低い。もちろんゼロではないが。
「二年に強い先輩がいると聞いて、会いに来てみたんです。オレは――」
「ディータ君、だろ? 噂で聞いてるよ、すごい一年生が入ってきたってね。僕はヌーラだ。残念ながら僕より強い人なら学年に何十人もいる。人違いじゃないのかい?」
ヌーラは柔和な笑みを浮かべたまま、こともなげにそう言った。
「そうでしょうか……ね?」
オレは一瞬、押さえ込んでいた魔力の一部を解放した。
物理的に何かがおきたわけではない。
だが、常に魔力感知を展開しているような上級者なら、強風が吹いたような感覚に襲われるはずだ。
「な……っ!? その魔力、キミはいったい……。そうか、昨晩からスキャンをかけていたのはキミか」
「そのスキャンはオレも感知してますが、知りませんね。宮廷魔道士あたりが、犯罪者を捜してるんじゃないですか?」
そう言ってにっこり笑ってみせるが、もちろんすっとぼけただけである。広域スキャンはやはり感知されていた。正確な発信源までは特定できていないようだが、さすが魔族である。
これだから、魔族相手に対象を絞ったスキャンをかけるのは危険なのだ。見るということは、対象に見られる危険性もある。魔族と人間を見分けるには、怪我をさせるか、相手の体内に『核』があるかをスキャンすればいい。ここでヌーラをスキャンすることは簡単だが、それは直接「あんた魔族か?」と聞くに等しい。
当然ながらオレのことを警戒するか、殺そうとしてくるだろう。
返り討ちにするのは簡単だが、それはオレがこの問題を解決すると決めてからにしたい。
オレ手を出すことで、シストラに危険が及ぶのであれば、局所的な問題を解決したところでそれはオレの自己満足にすぎないからだ。
騎士団などで解決できる問題であれば、オレが手出ししない方がよいということもある。その判断をするためにも、情報はもう少し集めておきたい。もちろん、その過程でシストラに被害が及ぶと判断した場合、迷うつもりはないが。
「来週の学内トーナメントまでに、強い人を見ておこうと思ったんですけどね。予想通り、ヌーラ先輩は強そうだ」
「僕よりも注目すべき人はたくさんいると思うけど?」
ヌーラはオレの目をじっと覗き込んでくる。目立たないよう、彼なりに実力を隠していたのだろう。
「既に評価されている人はすぐに情報が集まるのでどうでもいい。成績が平凡なのに、余裕がありそうな人……つまり、実力を隠していそうな人を探していたんです。本番でこちらが油断したところで、寝首をかかれないようにね。そして、あなたはおそらくそうだ」
もっともらしいことを言ったが、もちろん嘘だ。
彼が魔族であれば、学内トーナメントがどれだけ成績に影響しようが、実力を出すことはないし、たとえ実力を出されてもオレが負けることはない。
「なるほど……僕の実力に気付いたとするなら、警戒しておいた方がよいだろうね。トーナメント、楽しみにしているよ」
ちなみに『学内トーナメント』とは、全校を上げてのバトルトーナメントだ。当然一年生は不利になるが、そこは考慮された上で、成績に大きく影響を及ぼす一大イベントである。
「オレもです」
互いに笑顔をかわすが、これで彼の中でオレは要注意人物になっただろう。もちろん、学内トーナメントの相手としてではなく、自分の計画を阻害するかもしれない要因としてだ。
このくらいオレのことを警戒させておくのは良いだろう。どうせ学内トーナメントではシストラやオレは目立ってしまう。ならば、魔族の目はシストラではなくオレに向かせておいた方がいい。
それにまだ気になることもある。
ダークドラゴンだ。
魔王の眷属であるアレを使役できたということは、ヌーラが魔王に直接謁見できる程度の立場にいるということだ。
王立学校に潜入までしているヌーラの目的が気になる。
先ほどちょっとしたしかけをしておいたので、それが役に立つことを願おう。
このまま何もおきないなんて楽観するほど、オレは楽な人生を歩んでいないのだ。
「ディータ~。なんかすごい魔力だったけど何して……誰?」
目的も果たしたし、そろそろ引き上げようというタイミングでやってきたのはシストラだ。
彼女とヌーラが顔を合わせるのは想定外だが、しかたないだろう。オレもシストラも新入生の中では目立つ方だから、存在を隠すことはできない。
「なんでもないさ。ヌーラ先輩、時間をとらせてすみません」
「かまわないよ。学内トーナメントで当たったら、お手柔らかにね」
ヌーラは最後までにこやかなまま去って行った。
「ディータ……」
気付けば、シストラはオレの袖を掴んで小さく震えていた。
「どうした?」
「わからないの。あの人を見ていたら、なぜか震えが止まらなくなって……」
本能で何かを感じとった?
よほど鋭い人間でも、魔力を抑えている魔族をそれと気付くのは難しい。
オレも勘のようなものが働くことはあるが、シストラのように明らかなおびえを見せるほど、はっきりと驚異を感じ取ることはない。
もしシストラが魔族を察知できるとすれば、それは危機回避に使えると同時に、危険なことでもある。
魔族に狙われるきっかけになるからだ。
「ディータ……?」
不安げにオレを見上げるシストラの頭を撫でてやると、シストラはほっとした顔で目を細めた。




