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5章 隠密捜査-3

 深夜になるのを待ったオレは、不可視と隠密の魔法を自身にかけ、星空を飛んだ。

 やってきたのは、フレッドの屋敷だ。

 屋根に着地したオレは、気配を探る。


 よし、まだケイノインはいるな。どうやらこの屋敷に自分の部屋をもっているらしい。

 オレはまず魔法で自分の分身を作り出した。能力は十分の一にも満たないがこれで十分だろう。

 次にその分身体の容姿を、オレとはかけ離れたものに変化させる。体はより細身に、手足を長く、顔の目鼻立ちも大きくいじる。完全に別人だ。その上で黒装束を着せ、マスクで顔を隠す。服も魔力で生成したものなので、瞬時に変更可能なのだ。

 さらに視覚と聴覚を分身体と同期させ、分身体を窓からケイノインの部屋へとすべりこませる。

 室内は暗く、家具は部屋の隅に一人がけのソファ。その他には、剣や鎧などの武具が置かれているだけだ。ソファにはケイノインが座ったまま眠っている。片手はむき出しのショートソードにかけられている。

 オレは分身体の手にダガーをかまえさせ、ケイノインへと忍び寄る。


 ケイノインまであと二歩に迫ったその時、彼を中心とした円上に、床がぼんやりと光った。

 瞬時に目を覚ましたケイノインが、剣を手に分身体へと斬りかかってきた。

 侵入者の感知と同時に、自身の体に微量の電流を流して目を覚ますトラップか!

 これならば、睡眠の魔法をかけられても、目覚めることができる。

 ここまで暗殺を気にするのは、狙われる心当たりがあるのか、それとも誰かに強制されているのか。

 分身体はダガーでケイノインの斬撃を受け流しつつ、懐へと踏み込んだ。

 ケイノインは僅かに身を引いて、ダガーの間合いから外す。踏み込みたい分身体と、離したいケイノイン。狭い部屋を回るようにして、間合いの取り合いは続く。

 やはりできる。最初は寮から分身体だけを送り込もうかと考えていたが、近くに来てよかった。分身体の操作は魔力で行っている。距離が離れれば、魔力による通信にどうしてもラグが生じる。それは一流の剣士でやっと知覚できる程度のラグだが、ケイノインほどの相手を罠にかけるには、致命傷となりうる。

 先に動いたのはケイノインだ。


酸粘液(アシツドミユーカス)


 ケイノインの足下から、分身体に向かって強酸性の粘液が迫って来る。本来は手から放出する魔法なのだが、アレンジがかかっている。

 分身体にかまわず粘液に踏み込ませる。

 酸によって靴が溶け、足首より下の肉が焼けただれる。魔力でできた体が酸で焼けるはずもないので、そう見せているだけだ。


「!?」


 分身体の動きに一瞬の動揺を見せ、大きく下がるケイノイン。


「ぐあっ!?」


 しかし、そのケイノインの肩に()ろ(・)か(・)ら(・)不可視の刃が突き刺さった。

 間合いの取り合いをしていると見せかけて仕込んだものだ。ケイノインは怪我を恐れてか、状況が少しでも悪くなると後ろに下がる癖がある。それを読んでの罠だ。

 ケイノインの傷口からは、赤い血と共に魔瘴気が流れ出ている。

 右足首から先が骨まで溶けかかった分身体は、さらに一歩を踏み出したところでバランスを崩し、強酸性粘液の中へと倒れ込んだ。

 上からケイノインの剣が突き刺さる。剣は分身体の心臓を貫通。これが人間であれば即死だろう。


 このあたりでいいか。

 オレは分身体をその場で爆発させた。

 ちょうど部屋の内部が焼け焦げ、死体の肉片がなくなっても疑われないような爆発でありつつ、爆発の直前に発生する魔力の増大をあえて隠蔽しないことで、ケイノインが逃げる時間も作った。

 轟音とともに屋敷が揺れる。


「何事だ!」


 屋敷の十人が集まってくる。その中にはフレッドの父もいる。


「族が来ました」


 ケイノインは肩から血を流しながら、いつものように淡々と答える。


「なんだと!? どこだ!?」

「自爆しました」

「そ、そうか……。ケイノイン、怪我をしたのか」

「申し訳ありません」

「さっさと治療してこい」

「はい」


 短くそう答えたケイノインは、手近にあった布で傷口を乱暴に縛ると、その場を後にした。



 ケイノインは人目を避けるようにフードで顔を隠し、夜の街を駆ける。

 オレは魔法で姿と気配を隠し、その後を追っていた。夜中であれば、空から追跡すればそうそう見つかるものではない。

 ケイノインが入って行ったのは、貧民街にあるボロ屋だった。。

 見失わないよう、ここまではオレ自身が着いてきたが、屋内は魔力球で十分だ。


 オレは近くにある丈夫そうな屋根に登り、視覚と聴覚を共有した魔力球に、裏口から中に入るケイノインの後を追わせる。

 外見とは裏腹にこぎれいにされた屋内に家紋は掲げられていないが、家具のいくつかには、フレッドの実家と同じ家紋が彫られている。何かしらの関係があると見て間違いないだろう。

 ケイノインが向かったのは、地下だった。地下は民家数軒分の広さがあり、地上のボロ屋がただの出入り口であるとわかる。

 そこには、大小多くのフラスコや薬品、血にまみれた手術台などが置かれていた。人が入るサイズの瓶もあれば、巨大な生物を繋いでおくための鎖まである。病院……などであるはずもなく、生物実験の研究所で間違いない。


「また怪我をしたのか」


 そう言ってケイノインの傷を診ているのは、深く窪んだ目を怪しく光らせた老人だった。この研究所の主だろう。

 老人はケイノインの傷口に魔瘴気の入った瓶を近づけると、それを傷口に流し込みながら呪文を唱えた。


「ぐっ……」


 苦悶の表情を浮かべるケイノインの傷口から入り込んだ魔瘴気が、みるみる傷口をふさいでいく。

 老人が使っている魔法は、治癒ではなく生体合成だ。

 これではっきりした。ケイノインは魔族ではなく、魔族と人間の合成体(キメラ)だ。

 魔族であれば、あの程度の傷は治癒呪文をかけたかのように自然に治る。だが、無理矢理魔族と合成された人間は、魔瘴気との拒否反応で逆に傷の治りが悪くなるのだ。その問題点を解決する方法もあるにはあるが、その技術は持っていないのだろう。

 使い捨てとしては強力な兵器たりえるが、まともな人間のすることではない。

 ここまでは計画通りだ。ケイノインが怪我をどうやって治すのか、自力で治せない場合どうするかをオレは知りたかった。

 そのためにケイノインに怪我をさせ、さらに彼に追跡者がいないと油断させるために分身体が死んだように見せたのだ。


「傷が深いな……これではまた魔瘴気を調達せねばならん。めんどうな……。魔瘴気の培養もかねていた巨大モンスターは全てダメになってしまったしな」


 老人は魔瘴気の入ったビンにちらりと視線を向ける。魔瘴気の残りは僅かなようだ。問題はまさしく老人が言ったことだ。

 普通の人間に魔瘴気を手に入れるのは困難だ。まず魔族を発見できないし、もしみつけられたとしても「あなたの魔瘴気をくれ」と言ってほいほいもらえるものではない。魔族よりも圧倒的に強ければ殺して奪うという手も使えるが……。

 普通に考えれば、彼らに魔瘴気を提供している誰かがいるはずだ。そもそも、魔族と人体の合成だって簡単な技術ではないのだ。あの老人がケイノインの治療をしていた手際を見るに、腕は悪くなさそうだが、独自にそこまでの技術を生み出せたとも思えない。


 研究所内を見回すと、あることに気がついた。

 生体実験を繰り返しているはずなのに、実験動物が一体もいないのだ。

 ドラゴンなどの大型がいないのはわかる。こんなところにおいておけば、咆哮でもあげられた日には近所の噂になるだろう。

 そこで目に入ったのが、収納魔法具だ。掌サイズから人間に近い大きさまで様々なタイプが二十個ほど。中には祠のような形状をしたものもある。中身は空のようだが、これを使って実験の終わった生物を持ち出しているのだろう。

 収納魔法具とは、一定のサイズと質量までなら、別空間に保存して持ち運べる便利アイテムである。問題はとんでもなく高価だということだ。そこに転がっている掌サイズのもので、収納できるのはムーンベアー程度。これが平民の稼ぎ一生分でも足りない値段がする。

 フレッドの実家は金に困っている様子だったし、どこからか援助が出ているのは間違いない。

 それがどこなのかを調べれば、魔瘴気の出所がわかるかもな。


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