4章 討伐実習-7
「ふ、封印されてたのは一体じゃないのか……」
フレッドのつぶやきを聞き逃すオレではない。
「何を知っている!? 言え!」
オレは少し離れたところにいるフレッドの胸ぐらを締め上げた。
直接触れられてもいないフレッドの体が空中に浮く。
「くっ……僕が……祠の封印を解いた……」
情報はそれだけで十分だった。
おおかた、実習のポイントでオレ達に勝てないと思ったフレッドが、強力なモンスターで一発逆転を狙ったのだろう。
魔族が封印されているというのは噂だとなめていたが、思ったよりも強力なモンスターが現れたということだ。
フレッドの取り巻きが既に逃げている中、一人だけ残っていたのは、彼なりの責任の取り方なのかもしれない。
「まだ学生がいたのか! 早く逃げろ! あとはキミ達だけだぞ!」
「サイクロプスはどこだ!?」
そこへ十人ほどの教員達がやってきた。その半数ほどの装備がボロボロになっている。
サイクロプスと戦いつつ、学生達を避難させたのだろう。
「ディータが倒しました」
「は? 学生がアレを倒したと?」
「バカな、我々ですら撤退せざるをえなかった相手だぞ。騎士団一個中隊クラスを派遣するレベルだったはずだ」
「まさか……さっきの炎はキミがやったのか……?」
シストラの言葉を信じ切れない教員達だったが、事の真偽を確かめている余裕はないと判断したのだろう。
すぐにモンスターの気配へと意識を向けた。
「行けそうか?」
「いや……全員束になってかかっても厳しいな……他の先生達を待とう」
「くっ……ベルリーナ先生はまだか!」
さすが、教員達は彼我の能力をしっかり把握している。
だがモンスターの気配はこちらに近づいてくる。森の入口から向かってくる教員達の気配は間に合いそうにない。オレ達が撤退するのも問題外だ。逃げた学生と王都がやられては元も子もない。
壁や砲台でモンスター用の対策がなされている王都だが、サイクロプス一体で限界だろう。強大すぎるモンスターの出現には、面での防衛ではなく、討伐であたるのが鉄則だ。
「あなたたち! 早く逃げなさい!」
緊張が走る中、ベルリーナが空から降りてきた。他の教員を置いて飛んできたのだろう。
「オレも行きます」
ベルリーナの実力がどこまでかは見たことがないが、普通の人間が敵うような相手ではないことだけは確かだ。
「いくら貴男でも危険よ!」
「少なくとも足手まといにはなりませんよ。もめてる時間はないのでは?」
「くっ……わかったわ。着いてきて! 他の先生方は学生を避難させてください! 私とディータで食い止めます!」
「死ぬなよ!」
教員達がそれぞれに、この場にいる学生の手を取る。
「あたしも残ります!」
そう主張するシストラだったが、オレが首を横に振ると、事態を理解したのだろう。渋々、教員と共に逃げることを選択したようだ。
「あ……あれはなんだ?」
一人の教員が空を指さした。
まだ何か来るのかよ。
遙か上空に黒い点が見える。
オレも含め、視覚強化を使える者が空を凝視する。
「黒い……ドラゴン……?」
「まさか魔王の使いか!?」
教員達が騒ぐのも無理はない。
――黒竜。
魔王のみが駆ることのできるドラゴンだ。個体数は極めて少なく、ドラゴン族の中でも最強の一種である。
なぜこんなところに!?
大きく開かれた口の前に、漆黒の闇が収束する。
「ブレスが来るぞ!」
オレが注意を促すまでもなく、全員が防御呪文の詠唱に入った。
詠唱内容から発動する魔法はわかるが、ベルリーナ以外の魔法はダークドラゴンの一撃を防ぐほどの効果はない。
ベルリーナの魔法も効果範囲は狭く、近くにいるシストラを護るのが精一杯だろう。
ダークドラゴンのブレスは、着弾地点から周囲に闇の爆風をばらまく。爆風に触れた生物は衝撃で砕かれた後、魔瘴気に当てられたように生気を失ってボロボロに崩れ去る。その爆風範囲は個体差があるものの、最低で街の数区画から最大で街をまるごと飲み込むほど。その一息で、一国の騎士団を全滅させるのを何度も見た。
オレは眼前に直径が身長ほどの魔方陣を展開。それを十万個ほど複製し、巨大で横に長い魔方陣の壁を生成する。
「なにこの魔方陣の数……個人用の完全遮断魔法を複製したと言うの……?」
魔法の特性を瞬時に理解するとは、さすがベルリーナだ。
ダークドラゴンは口から真下に向かって、闇色の閃光を放った。
狙いはこちらではない……? 着弾地点はちょうど強力なモンスターの気配のあるあたりだ。ダークドラゴンが気まぐれにブレスを放つはずがない。わざわざ狙いに来た?
ブレスの着弾地点からドーム状に闇が広がる。押し寄せてくる闇は木々をなぎ倒し、腐食させる。
「ディータ……」
傍にやってきたシストラが、不安そうにオレの手を握る。
「大丈夫だ。この魔法はダークドラゴンのブレスでも破れない」
何度も経験のある、確かな手段だ。
闇と爆風が消えた後、眼前に広がるのは一面の荒野だった。
ダークドラゴンの姿も既に消えている。
「た、たすかった……」
「ベルリーナ先生が推薦を取ると聞いた時は、筆記試験があんな結果の学生に……と思ったが、彼はすごいな」
教員達が安堵のため息をついているが、全員が助かることはわかっていた。
問題はなぜ祠から出てきたと思われるモンスター二体を狙ったのかといういうことだ。
何かが起こっているのは間違いない。
百億回の人生で同じ状況は三百二十三種、五千六十一回。状況を考えれば、当てはまるパターンはもっと絞れるが、情報が少ない今、それは逆に視野を狭めることになる。
シストラに危険が及ぶ要素は摘み取っておかねば。
実習が終わったら、こっそり調べてみる必要がありそうだ。
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