4章 討伐実習-6
エルデはギリギリ間合いの外からサイクロプスの隙をうかがっている。
巨体に似合わぬスピードを持っているのは、先ほど見た通りだ。
どんな攻撃でも一撃食らえば致命傷である以上、無理はできないし、しないのが正解だ。
とはいえ、このままというわけにもいかない。こんなときは魔道士のサポートが鍵になる。
シストラにとっては、連携を学ぶ良い機会だろう。
「氷結槍!」
シストラの放った氷の槍が、サイクロプスに突き進む。
「ウガアッ!」
しかし、サイクロプスの振った大木に防がれた槍は、大木を氷の棍棒へと変えた。
敵に武器を与えただけに見えるが、その一振りだけでエルデが踏み込むのには十分な隙だった。
エルデは一瞬にしてサイクロプスの足下に飛び込んだ。
「秘剣・跳舞!」
サイクロプスの股下から飛び上がるようにして切り上げたエルデの一撃は、サイクロプスの股間から胸元までを真っ二つに切り裂いた。
どう見ても致命傷である。
しかし、サイクロプスは空中にいるエルデを鷲掴みにした。
「エルデちゃん!」
シストラが慌てて詠唱に入る。
「大丈夫、すぐに力尽きるはずぐぁっ!」
絶命するかの思われたサイクロプスだが、エルデの予想に反し、彼女を握る手から力が抜ける気配はない。
それどころか、エルデがつけた傷がみるみるうちに再生していく。
サイクロプスは自己治癒力の高い種族だが、当然ながらこれほど瞬時に再生するようなことはない。
それに傷口から一瞬見えたのは魔瘴気だ。
ここでも魔族以外から魔瘴気だと?
王都に向かう途中で見たワイバーンといい、何かが起きているのは間違いない。
これまでの人生で、魔族以外から魔瘴気が出るのを見たことは数え切れないほどある。そうなった原因の候補も数多くあり、今回がどのパターンか見極めるのは情報が足りない。
「岩石柱!」
シストラの放った魔法により、サイクロプスの足下から、先端の尖った石柱が出現。サイクロプスの足を串刺しにする。柱に押し上げられたサイクロプスはバランスを崩し、その場に尻餅をついた。
「げほっげほっ……」
投げ出されたエルデは咳き込みながらも、捕まった際に取り落とした剣を拾いつつ、サイクロプスから間合いを取る。
「グルルルル……」
サイクロプスの一つ目が、ぎょろりとシストラに向く。ターゲットをシストラに切り替えたらしい。
巨大なその手が、素早くシストラを掴む。
「く、苦しい……」
戦いが始まる前に身体強化魔法を使っていたシストラだが、それでもサイクロプスの力をもってすれば握りつぶされてしまうだろう。
ここまでか……。
オレが割り込もうとしたその時――
サイクロプスの頭部に、爆発系の魔法が着弾した。
「シ、シストラを……はなせ!」
木の陰から現れたのはフレッドである。
逃げずに隠れていたのは把握していたが、シストラのピンチに飛び出してくるとは、思ったよりもシストラに本気なのかもしれない。
「だめ……逃げて……」
「そうよ! 逃げなさい!」
シストラとエルデが叫ぶも、それは逆効果だ。
「いいや! 僕が助けないといけないんだ!」
追い詰められた表情でフレッドが次の呪文を唱える。
だが、そんなことを許すほどサイクロプスもバカではない。
サイクロプスは握っていたシストラをフレッドに向かって投げつけた。
「なっ!?」
驚いて詠唱を中断するフレッド。
シストラがフレッドに衝突する直前、地面を蹴ったオレは、彼女を抱きかかえ、サイクロプスの死角へと着地した。
「氷結槍!」
その時、目標を見失ってあたりを見回すサイクロプスの両肩に、空から降ってきた氷の槍が突き刺さった。
「ぐあああ!」
サイクロプスが痛みに暴れ出す。
「ディータさん!」
空中から声をかけてきたのは、腰までの銀髪を輝かせた幼い天才少女、ロミだった。
両手に一本ずつ、短い片手杖を持っている。二発の魔法を同時に放てるのか。なかなかの高等技術である。十歳で入学を許された天才というのは伊達ではないらしい。
オレは剣を抜くと、武器強化の魔法をかけた。
柄から刃を這うように伸びた光は、刀身を超え、身長の三倍はあろうかという長い光の剣になった。
「なんですその魔法!?」
オレの隣に着地したロミの驚愕はいったん無視し、サイクロプスへと突っ込んでいく。
両腕が動かなくなっているサイクロプスが、地面の土ごと足を振り上げた。
オレはそれを難なく横によけつつ、蹴り上げられた土から背後にいるシストラ達を護るように、魔法で防壁を展開。
そのまま、剣を振るう。
サイクロプスは脳天から股まで真っ二つになるも、傷口から魔瘴気による触手が伸び、切断面を繋げ始めた。魔族級の再生能力だ。
ならば――
オレは周囲の人間を傷つけないよう気をつけながら、剣を高速で振るった。
「光の網? いえ……もしかして、今の一瞬で斬ったの……?」
エルデだけが、かろうじてオレの剣筋が見えたようだ。
サイクロプスがオレに向かって一歩を踏み出そうとすると、その体がばらばらと綺麗なダイスサイズの肉片となって崩れた。
「あの一瞬で何回斬ったの……?」
「千回ほどだ」
「せん……え……?」
エルデに技の解説をしたいところだが、まだ詰めが必要そうだ。
サイクロプスの肉片が地面をはいずり、肉の山となり、もとの姿に戻ろうとしている。肉塊から広がる魔瘴気による浸食も激しい。周囲の木が既に枯れ始めている。
「な、なんだあの靄!」
フレッドが尻餅をついて後ずさる。魔瘴気を見るのは初めてか。
情けない姿だが、逃げるのは正しい。
「みんな下がれ!」
オレの号令で、シストラ達も大きく飛び退る。エルデは腰を抜かしたフレッドの後ろ襟を掴み、ぶん投げた。ナイスフォローだエルデ!
全員が範囲外に退避できたことを確認したオレは、魔法を発動。
サイクロプスの肉塊と魔瘴気を包み込むように、炎の柱で焼き尽くした。
「なんだあの炎……実技試験の何倍もあるじゃないか……」
フレッドが尻餅をついたまま、雲の上まで炎を見上げている。
「これだけの炎なのに全く熱くないです。断熱魔法を同時にかけているんです……?」
炎の近くに寄って手をかざし、オレの魔法を必死で解析しているのはロミだ。
サイクロプスの全てを焼き尽くした後には、高熱によりガラス質となった地面だけが残った。
「すごいわディータ。強いとは思っていたけど、ここまでだなんて」
かけよって来たエルデがぎゅっとオレの手を握る。
「これくらい、シストラとエルデならすぐできるようになるさ」
「道のりは遠そうな気がするよ……」
シストラは目をまん丸にして、オレを見上げている。
本当なんだけどな。シストラにはそれだけの才能がある。無宣言発動を除けばだが。
オレが黙ってシストラの頭を撫でてやると、彼女は猫のように目を細めた。
そうして場の雰囲気が緩み始めた瞬間――。
ここからさらに森の奥、大木を超える高さの土煙と共に、サイクロプスよりも強力なモンスターの気配が二体出現した。
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