4章 討伐実習-3
「じゃあ次はシストラ、行ってみようか」
「おっけー! あたしも負けてられないなあ。ムーンベアーがいいよ! ムーンベアー!」
シストラは探知魔法で周囲を探る。
「むむむ~、この大きさと魔力量からして、アレがそうかなあ?」
ちらっとこちらを見てくるシストラだが、オレは肩をすくめてみせる。ここで正解を言ってしまっては修行にならない。
シストラを先頭に、探知された方向へと走る。
「ベアーはベアーだけど、なんかちがう……」
そこにいたのは、全身を岩で覆われた熊だ。ムーンベアーよりも一回り小さいが、人間よりも圧倒的に大きいことに変わりはなく、なによりその身に纏う岩による防御力は、未対策の傭兵にとっては驚異となる。正確には硬質化した皮膚なのだが、細かいことは今はどうでもいい。
「いけるか?」
「うーん……やってみる」
剣士にとっては厳しいシールドベアーだが、ある程度腕のある魔道士にとっては、それほど苦戦する相手ではない。
距離をとれさえすれば、炎系の魔法で蒸し焼きにできるからだ。問題は火事防止のため炎系魔法が禁止されていることである。さあ、どうするのかお手並み拝見といこう。
森中に散らばる学生達の殺気に当てられ、気の立っているシールドベアーは、こちらを認識すると、まっすぐ突っ込んできた。
既にシストラの呪文は完成している。
しかし、シストラはすぐに魔法を放たず、ギリギリでシールドベアーの突進を横に避けた。
シールドベアーは地面を滑りながら、上体を無理矢理シストラへと向ける。
「氷結槍!」
シストラが投げた氷の槍が、シールドベアーの前足をその付け根まで地面に縫い付けた。
上手い! 突進中のシールドベアーに魔法を放てば、避けられる可能性があった。近接戦闘の苦手な魔道士にとって、その後に待っているのは死だ。そこで、方向転換の硬直を狙ったのである。
――バキキッ!
シールドベアーは、力任せに前足を氷から引き抜こうとしている。氷にはヒビが入り、今にも砕けそうだ。ものすごい力である。
「氷結槍!」
空に掲げたシストラの手に、再び氷の槍が出現する。
「研刃!」
さらにシストラは、氷の槍に切れ味強化の魔法をかけた。
「いっけえ!」
そうして放たれた氷の槍が、シールドベアーへ突き進む。
――バキンッ!
前足が自由になったシールドベアーが立ち上がるのと同時に、氷の槍はその腹を貫いた。
「凍てつけ!」
シストラの声に応えるように、腹に刺さった氷の槍を中心に、シールドベアーの胴体とその内部が凍りつく。
「ぐおおおおお!」
シールドベアーはしばらくのたうち回り、やがて動かなくなった。
「今の……アイスジャベリンに切れ味が上昇する魔法を重ねがけしたの? そんなことが可能なんて、考えたこともなかった……」
エルデはぴくりとも動かなくなったシールドベアーを呆然と眺めている。
シールドベアーの堅い皮膚を破るには、アイスジャベリンでは不十分だ。表面だけを凍らせても、次の一手を撃つ前に、氷から抜け出したシールドベアーに近づかれる恐れがあった。そこで魔法の重ねがけである。
魔道士に必要なのは、基礎をしっかり理解した上での、自由な発想なのである。
「前にディータがワイバーンを倒した時にやってたのを見て、あたしにもできるかなって」
シストラは、えへへと照れ笑い。
「ぶっつけ本番だったの? 実技試験から気にはなっていたけど、シストラもすごかったのね……」
「失敗してもディータが助けてくれるから、思いっきりやってみようと思ったんだよ」
その思い切りの良さがシストラの強みだ。
オレがいないときにも実力を発揮できるかが課題だが、それはもう少し後回しにしよう。
「さてと、オレも少しは活躍しておかないとな」
いくらグループでの採点とはいえ、個人の評価もされているだろう。
オレだけさぼって、シストラと引き離されるようなことになっては目も当てられない。
「ちょうどよく獲物が来たな」
オレ達をぐるりと囲むように、多数の気配が迫って来る。その数二十。
茂みから現れたのは、ムーンベアーとシールドベアーの群れだった。
先ほどの二体よりはやや小ぶりだが、それでも人間より大きいことに変わりはない。
「ちょ、ちょっとディータ! すごい数よ」
さすがに慌てるエルデだが、一方のシストラは落ち着いたものだ。こういった場面は、故郷の狩りで何度も経験している。
ボスを倒されて怒ったモンスター達は、一斉にオレ達へと飛びかかってきた。
オレはまず、自分を中心にドーム状の魔力波を展開する。
それに触れたモンスター達が、時間が止まったかのうように、その場に縫い止められた。飛びかかってきているモンスターも空中で静止している。
行動阻害だけではなく、完全に対象をその場に停止させる魔法だ。
シストラは防御魔法を展開し、オレの魔法から自身とエルデを護っている。さすがシストラ、狩りで何度か使った連携を覚えていたらしい。息ぴったりである。
次にオレがとる行動は、左手の人差し指と中指を『くいっ』と立てるだけだ。
その瞬間、二十匹のモンスターの真下から、土でできた一抱えほどの錐が隆起した。
空中に縫い止められたモンスター達は、その威力を殺すことができず串刺しになり、ほどなく絶命した。
「すご……なに今の? 戦略級魔法を使わずに、二十体も同時に……? そもそも、魔法を使う気配すらなかったわ」
「エルダは魔法を放つ気配を読めるのか」
魔法を放つ瞬間、術者は独特の集中から来る気配が生じる。まあ、殺気の一種と言っても良い。
エルダは剣士だけあって、そのあたりに敏感なのだろう。
「へっへー。ディータの動作記憶発動はすごいでしょ。特定の動作をするだけで、勝手に魔法が発動するんだよ」
なぜそこでシストラが得意げなのか。
「集中もなしに? そんなことが可能なの……?」
無宣言発動のその先にある技術だ。これを扱える人間には、今まで出会ったことがないが。意識を色々なことに割かねばならない高位魔族との戦いでは、とても便利なのだ。魔力は通常の発動よりも多めに消費するけどな。
「な……なんだこれ……シールドベアーにムーンベアーだと……? うそだろ……お前らがやったのか?」
そこに現れたのはフレッドとそのオトモ達だ。驚愕にわなわなと震えている。
「まあな」
「くっ……バカな……このままじゃ……」
フレッドは横たわるモンスター達を見回すと、唇を噛みしめ、走り去っていった。
これを見て戦意を失わないのは彼の美点だろう。
めんどくさい奴だということに変わりは無いけどな。
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