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1章 100億と1回目の旅立ち-1

◆ 第一章 ◆ 


 最初の人生では魔族に殺された。

 次の人生では、シストラの生まれ変わりと出会えた。

 しかし、彼女はまたオレのために命を使った。

 それでもオレはまた同じことを願った。

 次も、その次も、その次もその次もその次も――


 彼女の魂が持っていたのは『神の心』。

 おとぎ話に出てくる、なんでも願いを叶える何かだ。

 彼女の魂になぜそんな力があるのかはわからない。何度生まれ変わっても、それは決して彼女から離れることはなかった。


 シストラに幸せな一生を送ってほしい。

 その一心で、彼女を護れるよう、人生を繰り返すたびに、オレは自分を鍛え続けた。

 だが、どんなに強くなっても結果を変えることはできなかった。


 ――運命。


 そんな言葉が何度も頭をよぎる。

 たとえ運命だとしても、百億回繰り返された転生において、オレは一切あきらめなかった。

 しかし、人間の魂には限界というものがあるらしい。

 度重なる転生ですり減ったオレの魂は、もう転生に耐えられなくなっていた。

 百億と一回目。これが最後の人生だ。

 ここで必ず、シストラに幸せな人生を送らせてみせる。

 それが、彼女に百億回命を救われた者の責任なのだから。


◇◆◇


 百億と一回目となる最後の人生は、何の因果か最初の自分への転生だった。

 これまで、数々の異世界や、最初の人生と同じ世界の別時代に転生したことはあった。

 だが、同じ人間として転生したのは、初めてのことだ。


 最初の人生では虚弱なオレだったが、百億回分の知識をもってすれば、己の肉体改造などお手のものだ。

 後遺症が出るギリギリの量での薬物と魔力による肉体強化。この見極めだけで人生数十回は使った。

 最初の願いのせいなのか、オレだけは転生しても前世までの記憶を持ったままだ。肉体的には鍛え直しだが、積み重ねた知識は裏切らない。


 最初の人生とは打って変わって、森で死んだ歳――十二歳にしてオレは、村で一番の戦力となっていた。

 今日も狩りのため、森へとやってきている。

 子供だけで進入禁止だった森の奥も、オレがいれば子供達だけで狩りに入ることが許されていた。


「ねえディータ。今日は何を狩るの?」


 今日の狩りは村の子供三人で行動している。その一人はシストラ。


「ちっ、今日こそは負けねえからな」


 もう一人は、村で三人しかいない同年代のジャンだ。


「春は色々出るからな。狩れそうな動物を狩るさ。あと、これは競争じゃないからな」


「気取りやがって」


 森を守護する役割を国から頂いているものの、村人以外には名も知られぬ小さな村だ。

 ジャンも決して狩りの腕が悪いわけではないが、比べる相手がオレとシストラしかいないのでは、毒づきたくなるのもしかたないだろう。


「二人ともなかよくね」


 いつもの調子でのんびり注意をするシストラにだけは、ジャンもバツが悪そうにそっぽを向くだけだ。

 シストラは実にかわいく育ったからな。うっかり王族に見初められてもおかしくないくらいだ。

 そんな無駄話をしていると、


「いたぞ。獲物だ」


 魔法で強化したオレの五感が、遙か遠くの動物を捉えた。


「どっちどっち?」


 きらきらした瞳で周囲を見回すシストラに、視線で方向を示してやる。

 聴覚強化の呪文を唱えたシストラがじっと耳を澄ます。


「足音からすると、六……ううん、七匹の狼かな?」

「おしい。九匹だな。少し後方で群全体を見ているヤツがいる」

「ん~~~~。だめ。わかんないよ」


 シストラは、ぷはっと息を吐いた。


「七匹見つけられただけでも上出来だ」

「やっぱりディータはすごいなあ。あたしもがんばらなきゃ」


 シストラがそうしたいなら協力するが、焦る必要はないと思うがね。


「くそっ、二人とも獣かよ。なんにも見えねえし、聞こえねえぞ」


 地面を蹴って悔しがるジャンだが、それが普通だ。シストラが優秀なのである。もちろん、オレが小さな頃から少しずつ訓練を施したのも大きいが。

 これまで繰り返してきた人生で、幼少の頃にシストラの転生体と出会えたことは何度もあった。

 彼女を鍛えすぎれば、ともに世界の危機を救うことになり、彼女は『神の心』を使って死んだ。

 全く鍛えなければ、自分自身を守れないことで、結果としてオレに『神の心』を使うことになった。

 そんな中でも、比較的良い結果になりそうだったのは、彼女をほどよく鍛えることだった。

 今回の彼女は、のんびりしているようでいて好奇心が強く、ついつい色々と教えてしまった。そのため、こうして男に混ざって狩りに出るまでになってしまったが……伝説クラスの戦いをした人生に比べれば、誤差の範囲だろう。


「お、狼九匹なんて、なんとかなるのかよ」


 ジャンは口調こそ乱暴だが、腰がひけている。この反応は正しい。

 この森に出る狼は、四つ足でも頭が大人の腹から胸の高さまでくる巨体だ。

 一対一でも、それなり以上の腕がなければ、正面切って戦えば怪我ではすまないだろう。遠くから魔法か弓で狙うのがセオリーだが、九匹同時に狩るには、村の男を総動員しなければならない。普通ならな。


「大丈夫だよ。いざとなったらディータが助けてくれるから」

「そりゃコイツが強いのは知ってるけどよ……」


 オレの強さの一端を知っているシストラは全く心配していないようだが、ジャンの不安はぬぐえていないらしい。

 ジャンは、オレをライバル視しているせいか、一緒に狩りに出ることもなかったからな。村内での訓練でしかオレを見たことがない。シストラと違って、大人なしで狩りに出るのも今日が初めてだ。


「せっかくだから、オレがやろう」

「いいや、ディータばっかりに良い格好はさせられねえ! オレがやる! ちょっと大人に認められてるからって……見てろよ!」


 シストラの前で良いところを見せたいのはわかるが、戦闘関係でオレを超えるのは無理だと思うぞ。止めたところで言い争いになるだけだから譲るけど。


「わかった。いつでもバックアップするから思いっきりやってくれ」

「くっ……その余裕がまたムカツクぜ」


 そんなやり取りをしている間に、狼が一匹先行してきた。草むらからじっとこちらを見ている。風向きが変わって、狼からみてこちらが風上だ。一匹だけ先行してくるのは珍しいが、そういった役割なのか、性格なのかはわからない。


「ようし、一匹だな! それなれオレだって……で、でけえな……」


 ジャンは腰がひけつつつも、狼に向かって矢を放った。

 しかし、正面からの矢などあっさりかわされてしまう。


「ちっ! ならこれで!」


 弓を投げ捨てたジャンは腰に下げた剣を抜いた。

 しかし、その隙を逃す狼ではない。

 狼はジャンの剣が構えられる前に飛びかかった。

 ジャンには悪いが、これは助けないとやられるな。


 ――ドンッ!


 その爪と牙がジャンに突き立てられる前に、オレは掌から打ち出した圧縮空気で狼を吹き飛ばす。

 無詠唱かつ無宣言発動のオリジナル魔法だ。必要がなかったので名前はつけていない。

 木に叩きつけられ昏倒した狼に、すかさずシストラが矢を撃ち込んだ。

 一撃で急所を射貫かれた狼は、少し体をバタつかせた後、そのまま絶命する。

 最初の人生では殺されかけた狼も、簡単に狩れるようになった。

 一匹目があっさりやられたことで、後続の狼達は一斉に引き下がったようだ。今日の獲物としては十分だろう。狩りすぎても数が減ってしまうからな。


「す……すげえ……。なんだ今の……魔法か?」


 腰を抜かしたジャンは、ぐったりと動かない狼とオレを見比べている。


「まあな」

「呪文唱えてなかったよな……。『ファイアー!』みたいな発動宣言もなかったし。どうやったらこんな田舎の村でそんなもの使えるようになるんだよ!」


 ファイアーなんて魔法があるかはともかく……。オレが魔法を使えることは、村でも知られているが、あくまで街から来る商人に習った初級魔法のみということにしてある。色々詮索されても面倒だからだ。


「詠唱ならしてたぞ。緊張してて気付かなかったんじゃないか?」

「そ、そうか? そう言われると……ううむ……まあいいか……」


 いまいち納得していないジャンだが、それ以上追求してくることはなかった。


「やったねディータ!」


 一方、村で唯一オレが無詠唱を使えることを知っているシストラは、飛びつくようにして抱きついてきた。

 オレは僅かに体を引いて、それをかわす。


「つれないなあ……」


 しょんぼりするシストラを見ると、強く抱きしめたい衝動にかられる。

 だがそれはできない。

 シストラから必要以上に好かれてしまうと、彼女がオレに『神の心』を使う確率が上がるのだ。

 彼女を護れて、彼女から好かれすぎない。そんな距離感を保つ。

 彼女が幸せな一生を送ることが、人生百億回の目的なのだから。

お読み頂きありがとうございます。

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