4章 討伐実習-2
実習の会場となる森は、王都の正門と逆側にある。
王都のすぐ側にありながら、焼き払われない理由はシンプルだ。
有用な素材が多く取れるからである。
森には一般人には到底倒せないモンスターも多く、傭兵業が盛んになる。そうなれば、街ではより多くのお金が動くことになるのだ。
ついでに、強い傭兵が街に多く駐留することとなり、有事の際にも役に立つおまけつきだ。
そんな森の前に、九十名近い一年生が集まっていた。
学生達はみな、思い思いに武装している。さすが王立学校に合格しただけあって、装備もしっかりしている者がほとんどだ。
一方、オレとシストラをはいつもの制服姿である。オレの武器はロングソード、シストラは魔力増幅器付きの両手杖だ。
そんな学生達を前に、ベルリーナがあらためて注意事項を伝達している。
「最後に、森の奥にある祠について色々と噂が流れているようだけど、絶対触れないこと。あそこは学校側が調査中です」
ベルリーナの言う『祠』とは、凶悪な魔族が封印されているという噂のある小さな遺跡だ。遺跡と言っても、タンス程度の大きさらしい。
最近の地震がきっかけで見つかって以来、近づくことも禁止されている。
本当に魔族が封印されているとは思えないが、調査が終わるまでは念のためということなのだろう。
「それでは始め!」
ベルリーナの号令で学生達が一斉に森へと入っていく。
そんな中、フレッドのチームだけがこちらを睨んでいる。
「絶対勝つからな!」
そう言い残すと、フレッドは森へと入って行った。
「実力差がわからないとは、哀れね」
「エルデちゃん……それはちょっと辛辣じゃあ……。フレ……フロ……? 彼もがんばってるんだから」
「シストラこそ、名前も覚えてないじゃない……」
女子二人の会話を聞いたら、フレッドは泣くんじゃなかろうか。
それはさておき、オレ達もそろそろ行こう。
一位を取るのは簡単だ。オレ一人で森中のモンスターを狩り尽くすことすら難しくない。
だがそれではシストラの思い出を奪ってしまうことになる。
「せっかくだから、この実習を二人の修行に使おう。負けそうになるまでオレは手を出さない。他のチームより戦力は一人分少なくなるが、問題ないだろ?」
「もちろんよ」
「がんばってみる~」
ここで引くような二人じゃないだろう。
「じゃあまずはエルデからだ。対人戦で十分に強いことは知ってるが、モンスター相手の動きを見ておきたい。そうだな……少し走るぞ」
オレはそれなりに強力なモンスターの気配に向かって移動を始めた。
走りにくい森の中を二人ともぴったりついてくる。
そこでは既に、別チームとモンスターとの戦いが始まっていた。
相手はムーンベアー。
立ち上がると頭部が二階の窓にも届くほどの巨体を持つ熊である。気性は荒く、その腕による一撃は、軽く人間の大人を吹き飛ばす。獣にしては頭も悪くなく、駆け出し傭兵の多くが命を落とす相手である。
オレ達の位置からは、ムンベアーの背中が見える。その先には三人の学生達。
「火炎槍!」
学生の一人が呪文を放った。
おいおい、森の中で火炎魔法なんて使ったら火事になるだろ。
ベルリーナから火炎魔法の使用禁止は言い渡されていたのだが、既に彼らはパニクっているのだろう。最も使い慣れた魔法を放ってしまったようだ。
ムーンベアーは飛来する炎の槍をその巨体に似合わぬ速度で横に避けつつ、四つ足で学生達に突進していく。
結果としてこちらに飛んで来る炎の槍。
「任せて」
言いつつ前に出たエルデは、剣の一振りで炎の槍を斬り散らした。
言葉だと簡単だが、誰にでもできるような芸当ではない。
魔剣でもない限り、炎の槍を斬ったところで刃が素通りして終わりだ。多少炎は散らされるものの、消滅したりはしない。
刃で切るのではなく、角度をつけて剣の腹で叩く必要がある。しかし、真正面から叩いても逆に弾かれてしまう。適切な速度と角度、それをあの一瞬で見極める力量が必要なのだ。
「やるじゃないか」
「剣だけで魔道士と戦うには必要な技術だもの」
ここまで対魔道士用に腕を磨いている剣士はそういない。剣士の相手は剣士。戦場で剣士が魔道士に挑むのは、数で押し込むか、隙を突く場合が主で、まともに戦闘技術を競い合うような場面は少ない。それにしても、彼女の腕前は既に国内でもトップクラスではなかろうか。
「く、来るなぁ!」
オレがエルデの腕前に感心している間にも、先に戦っていたチームは追い詰められている。
散発的に魔法を撃ちながら逃げるものの、捕まるのは時間の問題だ。
そんな彼らを、木の上から助けようとする気配がある。
彼らを監視している評価担当の教員だろう。学生の身が危険になった場合の救助役もかねているということか。
ムーンベアーが出るような森なら、当然の予防策と言える。
教員に助けられるくらいなら、オレ達が助けても良いだろう。
「オレ達が手伝ってもいいか?」
「た、頼む! 殺されちまう!」
よし、これで「手柄を横取りされた」などとイチャモンをつけられることもない。
ポイント制である以上、後でごちゃごちゃ言われるのは面倒だ。
「エルダ、一人でいけるか?」
「もちろんよ」
口の端を不敵に持ち上げたエルダは、ムーンベアーの背後に向かって駆ける。
背後からの接近に気付いたムーンベアーは、振り向きざまにその腕を振るう。
すでに肉薄していたエルデは、大人の脚三本分はありそうな腕を、一刀のもとに斬り飛ばした。
「ぐあああああ!」
痛みに咆哮し、立ち上がったムーンベアーは、大口を開け、エルデの頭にかぶりついてくる。
「秘剣・跳舞!」
そこでエルデはムーンベアーをすり抜けるかのように飛び上がった。
すり抜けざま、跳躍による勢いの乗った斬撃が、大人二人でやっと抱えられそうなほど太い首を切り落とす。
ズズン――
首から血を吹き出しながら、地響きを立てて、ムーンベアーの巨体が地面に倒れた。
「やるじゃないか。モンスター相手にも殺傷力十分だな。何より、度胸がいい」
貴族の中には、対人用の剣術には長けていても、それ以外が相手になるとからっきしという者も多い。
「ふふっ、ありがとう」
剣についた血を一振りで払ったエルデが微笑んだ。
ムーンベアーを相手にしてこの余裕とは、実に頼もしい。先に戦っていた学生達はとっくに逃げ出している。
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