3章 剣の舞姫-1
◆ 第三章 ◆
王立学校入学初日。
支給された制服に袖を通し、ガイダンスを終えた新入学生達はクラスごとに小講堂へと分けられた。オレ達Aクラスの二十人が集められたのは、百人は入れそうな広めの部屋だ。
学生達が思い思いの席に着いてまもなく、やってきたのはベルリーナだ。
「Aクラスのみなさんガイダンスお疲れ様。あなた達の担任となるベルリーナです。担任といっても、各授業は専門の先生が担当するけどね。ちなみに私の専門は魔法戦闘だからよろしくね」
ベルリーナは講堂内を見回してから続けた。
「キミ達Aクラスは、国を背負って立つエリート候補です。同年代の若者の中でも、トップクラスの才能を持つということ。今頃他のクラスでは、これから戦うことになる魔物の話をしているはずだけど、このクラスだけは別です。あなた達が最終的に戦うことになるであろう相手について話します。ゴールを見据えて自分を磨いて欲しいということね」
「魔族……」
誰かのつぶやきに、ベルリーナが短く頷いた。
「そう、魔族です。魔族について何か知っていることは?」
ベルリーナの問いに真っ先に手を上げたのは、フレッドだ。
「魔族とは、人間に比べ強大な魔力を持つ、人間の敵です。魔族と人間は長い歴史の中で、ずっと敵対してきました。肉体の作りは人間と変わらないと言われていますが、魔力による自己強化で、一流の剣士でも物理攻撃だけで倒すのは不可能に近いと言われています」
「フレッドでしたか、模範的な回答ですね」
褒められたフレッドは、ドヤ顔でオレの方を見て「どうだ」と口を動かした。ライバル視されているようである。
「ではなぜ彼らが強大な魔力を持っていると思う? そうね、これはディータに答えてもらおうかしら。私の推薦枠らしい回答を期待しているわ」
ベルリーナの一言で室内がざわつきだした。
「推薦枠ってマジかよ。超優秀ってことだろ?」
「各先生、数年に一回しか出さないって話だぞ」
「ベルリーナ先生は確か初めてじゃないか?」
「くそっ! 俺に話がこないと思ったら、アイツのところに行ってたのか」
「でも主席ってシストラちゃんだろ? なんでアイツなんだ?」
「魔法戦闘が専門のベルリーナ先生のことだから、きっとそのあたりの才能があったんだろ」
「実技試験でシストラちゃんと一緒にすごい炎を出してた奴だよな。ディータか、覚えておこう」
余計な注目を浴びることになってしまったが、いずれ知られることだ。ざわつく彼らは放っておいて、問いに答えよう。
「魔族が強大な魔力を持つ理由は、彼らの生まれ方に寄っています。彼らは精霊を核として、人間の悪意が固まり具現化したものです。肉だけでできた心臓で動いている人間と比べ、核を持っている分、そこを中心に多くの魔力を扱うことができます」
「核ってなんだ?」
「魔族ってのは、人の形をしたモンスターだろ?」
「てきとうなこと言ってるんじゃないか?」
「ベルリーナ先生の推薦を受けているくらいなんだから、当たってるんじゃないか?」
オレの回答に他の学生がざわつく。
「みなさんが魔族について詳しくないのは仕方ありません」
ベルリーナは学生達を見回し、彼らが静かになるのを待って続ける。
「人間と世界を二分して、長い戦いを続けている魔族ですが、彼らのことはあまり知られていません。何故だと思いますか?」
「見た目が人間に酷似しているから?」
シストラの答えにベルリーナが頷く。
「それも大きな要因ですね。魔族と出会っても、それだと気付けません。人間側としては、彼らを研究したいのですが、個体の能力差が大きいせいでそれがなかなか進まないというのもありますね」
「じゃあなんでディータは、核のことを知ってたんだ?」
そう言ってオレを睨んできたのはフレッドだ。つっかかってくるなあ。
「魔族と戦ったことがあるからだよ」
「はあ? いくらなんでもふかしすぎだろ」
「ディータはそんな嘘つかないよ!」
シストラがかばってくれたことで、フレッドは言葉を詰まらせ、引き下がった。
コイツ、まだシストラのこと狙ってるのか。
「ディータの実力なら、あながち嘘とも言えないと思いますが、核を始め、これから授業で話す魔族の情報は国家機密です。入学手続きで魔法契約を結んだかと思いますが、今日の授業についての口外は禁じられているので注意してくださいね。うかつに話すと死にますよ」
怖いことをさらりと言うベルリーナである。
「なぜ内緒なんですか? みんなにも知ってもらった方が、魔族と戦えるんじゃないですか?」
そんな質問をした学生がいた。
「それはいくつか理由があります。わかる人」
ベルリーナの問いに、いくつかの答えが上がった。
対魔族戦で他の国にアドバンテージを取るため、情報を知ったところで魔族に対抗できる人間は僅かであるためなどが主な理由だ。
授業では話題に上がらなかったが、もっと大きな理由もある。
魔族の情報を得るには、彼らを解剖する必要があるということだ。より多くの情報を得るための解剖には生きた魔族が必要だし、彼らを傷つければ周囲を腐食させる魔瘴気を出す。解剖する側も無事では済まない。
魔族の情報をもっているということは、非人道的なその行為が行われたと知らせることになる。
ベルリーナによる、魔族がいかに驚異であるかの授業は続いた。
そして最後に彼女はこう問いかけた。
「ここまでの話を聞いて、みなさんは魔族とどう付き合っていくべきだと思いますか?」
その問いに、多くの学生は「断固戦うべき」と声を上げた。
しかし、オレの考えは違う。
「魔族とは確かに長年戦ってきたかもしれないが、それは人間どうしだって同じだ。最初から人間の敵として神に作られたわけじゃない。魔族もまた、この世界にいるただの一種族だ。毎年ドラゴンに殺される人間がいるからと言って、ドラゴンを人間の敵だとはしないだろう? それと同じだ」
「バカな! 何を言っているんだ。魔族は敵だ!」
声を上げたのはフレッドだ。
「確かに今は敵だ。だが、滅ぼすべき相手じゃない」
これまでの人生で、オレは数え切れないほどの魔族と戦ってきた。そうして得た結論だ。
「ユニークな考え方ね」
そんなオレの回答にベルリーナは目を細めた。その表情が、ポジティブなのかネガティブなのかは読み取れない。
その後は、魔族に対してどう戦えばよいのか、今後どのように自分を鍛えていくのかの議論となった。
議論の的となった、人間の数倍強い程度の魔族なら、戦いようはいくらでもある。魔族の一番やっかいな点は、人間の数百、数千倍の力を持つ者がいることだが、それはおいおいということだろう。
かつての人生でそういった高位魔族とは何度も戦ったが、オレ以外の人間がまともに戦うためには、伝説級の武具でもそろえないかぎり、一万人の軍勢でも太刀打ちできないのだ。オレが単独で魔族を倒したのは六回目の人生、高位魔族を倒したのは一万二百六十一回目だった。
そんな魔族からシストラを護るのもオレの役目だ。
最も良いのは、彼らと関わらない人生を送らせることだがな。
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