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異変の予兆

 「まさかとは思ってましたけど、みつるさん。女装そんな趣味があったんですか?」


 敬太の家の門をくぐって、顔を見合わせて開口一発。出てきた台詞がこれだった。


「ねぇから、赤くなるのめろ。男色そっちはまるっきりなんだからよ」


 そう言い返してみても、まるで説得力が無いのもまた事実。光はそんな格好で来訪していた。

 袖を肩口からばっさりと切った黒のチュニックに、同じく黒のニーハイソックスを身につけ、白と黒のツートンカラーのジャケットをまとったその姿は、どう見てもいきな女性冒険者にしか見えない。

 元が女顔なので余計に違和感がないのだ。本人にとっては大変│遺憾いかんな事に。


「まー、素材がいいしねー。ウチの旦那様の場合。無理もないよ、うん」


 で、事の元凶である妻(?)の真琴まことは、そんな敬太の反応にご満悦だった。

 全くゲームの中だけならまだしも、リアルの生活まで自分の彼氏を女装させて楽しむなど、悪趣味にもほどがある。

 とは言え、それに律儀に付き合っている自分も大概だ。実際、真琴の趣味であるコスプレにも付き合っている時点で、異を唱える権利などない。

 真琴辺りに言わせれば、「恥ずかしいと思うより、楽しいと思え」とのことで、こういうのは普段と違う自分を楽しむのが秘訣なのだとか。

 まぁ、あまり知りたく無い境地ではある。というか、知ったら男として何か大切なものを失ってしまいそうな光であった。──そういう趣味の人々には申し訳ないが。


「ところで敬太君。美久みくちゃんだっけ? 奥さんの。紹介してくれない?」

「あ、今呼びますね。美久ちゃーん!」

「はぁーい! 今行きまーす!!」

 

 建物の奥から元気いっぱいの声が聞こえて来て、一人の少女がぴょこんと顔を出してきた。

 明るい髪をツーサイドアップにした、リスを思わせる可愛い子で、敬太が写真で見せてくれた少女に間違いない。


「いらっしゃいませ!」


 少女ははつらつとした態度で勢いよくお辞儀をすると、満面に笑みを浮かべて名乗った。


「ケイちゃんの奥さんの、長谷川 美久です! よろしくお願いします!」


 何やら「奥さん」を強調してくる辺り、ずいぶん幼さの残る印象であるが、元気が良いのには好感が持てる少女だ。少女らしくフリル付きのコスチュームを羽織っていて実に愛らしい。


「はじめまして。日高 光だ。光って呼んでくれ」

「はじめまして。あたしは日向 真琴。真琴って呼んでちょうだい」

「んーと……みつるさんに、まことさん、ですね! 分かりました!」


 ハキハキと応える少女の反応は、幼いながら芯の強さを感じさせる。

 そんな少女に思わず口元もほころんだ。


「で。どっちが男の子で、どっちが女の子ですか!?」


 ──その口元が引きつるのに、そう時間はかからなかったが。



「なんかもぅ……ウチの美久ちゃんが失礼なことを」

「あうあう。だって、名前も見た目も男の子か女の子分からなかったし……ごめんなさい」

「ま、まぁまぁ。あたしたち、怒ってないからさ。ね? 先輩」


 すっかり意気消沈した二人を、真琴は必死になだめていたが、光はと言うと難しい顔をしてあさっての方を向いていた。

 すねているのではない。実は笑いをこらえているのだ。

 そもそも子供の時からしょっちゅう女の子に間違えられた身の上だ。他の人間ならともかく、幼さをたっぷり残した少女相手では怒る気もなれない。

 それよりも、真琴が男の子だと思われたのが可笑しくて、笑いをこらえている為に顔が不機嫌そうに見えるのだ。

 とはいえ、このままでいる訳にもいかず、光は咳払い一つすると、笑いをかみ殺しながら努めて優しく返事をしてみる。


「あー、うん。気にしてねぇから。そもそも原因はこっちにもあるわけだけだし」

「そうそうっ!! これも先輩が男か女か分からない格好してたせいなんだからっ! ねっ!?」

「そうそう──って待てやコラ。そんな格好させたのは誰だ、おい」

「いや、それはそうだけどさ。あたしだって男か女か、美久ちゃん分からないでいたんだから、そこはお互い様って奴じゃない?」


 意外なことに、真琴はあまり気にしてないようだった。いつぞや聞いた話だが、何人か同性の後輩からラブレターをもらったことがあったらしいので、本人も自分があまり女っぽく見えないと言う自覚があるのだろう。根っこの部分は極めて乙女で母性的ということは、光だけが知っていればいいと思っている節さえある。

 万事大雑把に見えるが、それも相手に余計な気遣いをさせないための、彼女なりの配慮なのだ。だから美久を慰めるために、光を巻き込んで夫婦漫才じみたことをしているのだろう。

 なんともできた嫁だと光は思う。──これで亭主を着せ替え人形扱いさえしなければ。


「それはそれとして。何ごちそうしてくれるのかな? お姉さん、楽しみだなー」

「あ、ごちそうっていうほどのものじゃないんですけど、鶏肉と子羊のいい肉もらったんで、一生懸命お料理しました! ケイちゃん、ならべるの手伝ってー」

「はいはい」


 甲斐甲斐しく昼食を並べていく幼い夫婦の姿に、思わず相好を崩しそうになったが、なんだかここで笑うのも失礼かと思い、光は澄ました顔で並べられていく料理に視線を向ける。

 そこには、意外といっていいほど本格的な料理が、美味そうな香りを放って並べられていた。

 子羊のあばら肉のソテーに、野菜のスープ。更には豪華な事にローストチキンまででんと置かれている。とても小学生が作ったものとは思えない。


「こりゃ大したもんだ。美久ちゃん、料理が好きなのか?」

「はい! お料理つくるの好きです! 私のパパ、コックさんなんです。それで教えてもらって、色々作れるようになりました。でも本当に好きなのは、お菓子つくりです!」

「お菓子つくり?」

「じゃ、美久ちゃんのジョブってもしかしたらパテシエなの?」

「わっ、まことさんすごい。そうです、美久はパテシエなのです!」


 えっへん、とばかりに美久は自慢げにふくらみかけの胸を反らす。そんな美久に敬太は苦笑いをうかべていたが。


「だから、デザートも楽しみにして下さいね!」

「ま、まぁ。とりあえず食事にしましょう。遠慮なく召し上がって下さいね」

「んじゃま、お言葉に甘えて」

「いっただきまーす♪」


 こうして4人は、少し遅めの昼食を摂ったのだった。



「あーっ、美味しかった! ごちそうさまでしたっ」

「それにしても驚いたな。この料理、香辛料が結構使われているじゃねぇか。無理したんじゃねぇだろうな?」


 食後のフルーツパイをいただきながら、光がそんな心配をしたら、美久が不思議そうな顔をして、敬太の顔を覗きこむ。歴史的に香辛料は西洋では高価なものであることを、美久は知らないらしい。


「ケイちゃん。どういうこと?」

「あれ? 教えたでしょ。こういう世界は本当なら胡椒とかものすごく高価だって」

「そだっけ?」

「その口ぶりだと、敬太。もしかして、香辛料って意外に手に入りやすいのか?」

「多分僕らが思うほどにはむずかしくないと思いますよ? この地方、気候が南方に近いんで、色んな香辛料が手に入るんです。それこそカレーが作れるくらいの種類はあるんじゃないんですかね。とはいえそこまで安くもないですけど」


 意外と食文化は発達してるらしい。そういえば、ゲームでも色々なメニューがあった。ゲーム的には料理によって様々な効果が得られ、一定時間内パラメータが上昇したり、経験値が数%多く得られたりと、その効果は多彩だ。妙な所でゲーム臭い世界だから、似た効果がある料理もあるのかもしれない。


 ──それにしてもなぁ、と思う。この世界は一体どうなっているのだろう。ゲーム世界そっくりの世界に、ゲームキャラと同じ能力。まるっきりゲームそのものだが、その反面死は確かに存在する。リアルに比べたら不死に近いのだろうが、敬太の話しではもう少なくない人々が、このわけの分からない世界で命を落としているのだ。

 ブラフマンと呼ばれた神の言葉によれば、自分たちはこの世界を守るために召喚させられたらしいが、冗談ではない。ひどい言い草かもしれないが、この世界の事はこの世界の人間でどうにかして欲しい。よその世界の事など知った事ではない。特に美久のような幼い少女まで巻き込むなど、言語道断だ。

 とはいえ、帰る手段も分からない今、それにごねてもしようが無いのも事実。とりあえず今は生き延びることを考えねば。

 そんな事を考えていた時──


「みつるさん。どうしたの? 美久のご飯美味しくなかった?」


 よほど難しい顔をしていたのだろう。美久が目を潤ませて顔を覗き込んでいた。

 しまったと思い慌てて首を振る。


「いや、美味かったぜ? 将来はカリスマパテシエだな」


 そういって笑顔で誤魔化したが、どこまで通用するやら。

 光はあまり腹芸が得意なほうではない。その点は自覚がある。おまけに意外とネガティブな思考に没頭してしまうクセがあった。しかもそれが割と顔に出やすい。美久を不安がらせるのも無理はなかった。

 救いはどこかネガティブなくせに、そこから問題点を洗い流し、前向きな発想に結びつける事が出来る事だ。そもそもが負けん気が強い性格なので、悲観主義に陥る事がない。

 真琴もその辺は心得たもので、すぐさまフォローに入った。


「美久ちゃん。気にしなくていいからね? 大方先輩の事だから、これからどうやって食べて行こうとか、そんな事考えているだけだから」


 それを聞いて敬太と美久は「ああ」と納得したように頷いた。おそらく自分たちにも身に覚えがあるのだろう。


「大丈夫だよ、みつるさん。美久たちも村長さんたちのおかげで、なんとか暮らしていけてるもん。お仕事とか、すぐ見つかるよ」

「だといいけどな」


 光は苦笑いを浮かべ、残りのパイを口に放り込むのだった。



「──でね? 野菜の皮には実は栄養が沢山あって、煮込んですと美味しい出汁が摂れるのよ。野菜出汁ベジタブロスって言うんだけど」


 食事の後片付けを手伝いながら、真琴が美久に豆知識を披露していた。元々料理とか好きなもの同士自然と話も弾む。美久も慣れた手つきで食器を洗いながら、あれこれと真琴を質問攻めにしていた。

 よくもまぁ話題が尽きないものだと敬太と男二人、食後の茶なぞすすりながら考えていたら──


「あれ? 村長さんからだ。なんだろ?」


 敬太のスマフォから着信音が鳴り響いて来たので、やくたいもない思考を中断した。


「はい、敬太ですけど。あ、いえ。構いませんよ。──はい、はい……」


 話しを進めていくにつれ、敬太の横顔に不安と緊張がはしる。


「──遠藤さんからの連絡が途絶えた?」


 そしてその表情が、少年から一人の男のそれへと変化した。


「こちらからも通じないんですね? はい……はい……わかりました。念のため捜査班を編成します。僕も出ますんで、村長さんは連絡係をお願いします。はい、分かってます。──それじゃ」

 敬太は電話を切ると、爪を噛んで没頭する。


「なにかあったのか?」


 ややあって、敬太は爪を噛むのを止めて光の問いに答えた。


「新しい転移者……今回の場合光さん達ですね、お二人を捜索していた人の一人に連絡がつかないそうです。何だか悪い予感がしたんで、僕捜索に出ます。本当だったらもっとゆっくり村を案内してあげたかったんですけれど……すみません」


 その後の敬太の行動は実に迅速だった。タブレットPCでなにやら操作したかと思うと、次々に電話をかけて村人から捜索隊を編制していく。その様はとても中学生とは思えない、熟練した指揮官のそれだった。


「それじゃ、美久ちゃん。後のことはよろしく」

「うん。ケイちゃんも気をつけてね」


 初々しい新妻のように、美久は身支度を整えた敬太の頬に軽く口づけして見送るのだった。


 後にはどうしようかと、途方に暮れたような顔で顔を見合わせる光と真琴が残された。

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