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楽しい我が家?

 「話としちゃあこんなモンか。他に聞きたいことはあるか? まぁ、いっぺんに覚えろってのも無理があっから、おいおいと覚えていきゃいいが」


 そこまで言って、ハーフオークの村長はコップに残った果実酢を飲みほした。

 みつるもまた、からになったコップの底を見つめていたが、聞きたいことが多すぎて正直頭が追いついていない。ただ、思ったよりも安全と余裕は確保出来そうな感じだったので、一旦落ち着いてから聞きたいことを整理することにした。

 パートナーである真琴まことに視線を送ると、相方も同じ考えに至ったようで、うなずき返してくれる。

 そんな二人を見て、村長の奥方である英麻はくすくすと楽しそうに笑っていた。


「あなた達、本当に高校生? 昔の歌じゃないけど、目と目で通じ合うなんて、うらやましいくらいお互いのことがわかるのね」


 その言葉に、二人は顔を真っ赤にしてうつむく。周囲に付き合いがばれないようにと、相手が何を考えているのか思いやり、忖度そんたくしあってきた結果がこれだ。思考も似かよってくるのか、相手が何を考えているのかおよそわかる。アイコンタクトなど慣れたものだ。

 もっとも光の場合、女心には鈍いところがあるので、完璧にとはいかない。むしろその不足分は、真琴の方で気づかい補ってくれている節があるため、将来的に尻に敷かれる未来が見えてきそうだが、それはそれでいいかと、光は今の若さで達観していた。


 その時、窓の外から鐘の音が流れ込んできた。


「ん? おお、もうこんな時間か。お前ら、昼メシはどうする? よかったら、ウチで食ってくか?」


 どうやら正午の合図かなにかだったらしい。

 そう言われて、腹が減っている事に今更ながらに気がつく。この世界に転移させられて2時間余り。元の世界で夕食をとったのが夜の7時頃だったから、4時間余り経っている計算になる。

 光も食べ盛りの上大食らいなので、普段だったら夜食の一つも口にしている頃合いだった。お言葉に甘えようかどうしようかと、真琴と再び目配せしあった、その時。

 敬太がおずおずといった感じでこんなことを言い出してきた。


「あのぅ……よ、よかったら、ウチで一緒にお食事いかがですか? 実は美久みくちゃんが、新しい人が来るって知って、朝から準備してまして」

「あら、美久ちゃんが? そう……ふふっ。きっとお姉ちゃんになりたいのね。先輩として、なんとかしてあげなくちゃ、って」


 どうやら敬太の彼女(?)である少女が、すでに昼食の準備をしているらしい。

 今まで最年少の上、新参者の立場だったから先輩風でも吹かせたいのか、純粋に「おもてなし」したいと言う好意なのか。

 美久に関する話を聞いた印象だと、後者の可能性が高そうだが、そうであればなんとも微笑ましい話だし、せっかくの好意を無下にするのも悪いので、二人は敬太の話に乗ることにした。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「お呼ばれしちゃおかな」


 それを聞いた敬太は、心底といった感じでほっと安堵のため息をついている。

 よほど嫁からせがまれていたのだろう。なんとなくだが、敬太の家は意外にカカア天下なのかもしれない。

 まぁ、村長夫妻の微笑ましそうな笑顔を見れば、意外にそれがうまくいっているみたいだが。


「あ、でも。食事にお呼ばれされて、パジャマのまま、っていうのも失礼かな?」


 真琴がボーイッシュな外見には微妙に似合わない、甘めのデザインの自分のパジャマを見回して、そんなことを言い出してきた。

 光もTシャツにゆったりとした半ズボンというラフなスタイルなので、確かに自宅ならともかく他人の家に食事に呼ばれる格好ではない。なにせ、親しくなったとは言え出会ってまだ間もない相手である。この格好では失礼にもほどがあった。


「確かになぁ」


 どうしたものかと、真琴と顔を見合わせて考え込んでいると──


「じゃあ、まずはお二人の家にご案内しますよ。そこで着がえて、それから僕の家でお食事というのはいかがですか?」


 当の敬太が助け船を出してくれたので、それに乗って甘えることに決めた。他に手が無いことでもあるし。

 とはいえ疑問は残る。


ウチがあるってのは聞いたけどさ、それ以外にもなんかあるの?」

「あー……まぁ。行けばわかります」


 真琴の問いに、なぜか疲れたような笑顔を浮かべた敬太を見て、光はイヤな予感を覚えた。

 金はある。敬太の姿を見てると、装備品などもありそうだ。

 となると衣服は?

 予想がついて頭が痛くなってきた。


「あのぅー……じゃあ、行きましょうか?」


 敬太の誘いがなぜか遠くに聞こえ、光は村長夫妻に頭を下げて村長宅をあとにするのだった。



「んじゃ、夕方にまたな」

「二人とも、楽しみにしていてね。ふふっ」


 なぜか楽しそうな村長夫妻の言葉を背に、光と真琴は首をひねりながらも礼を言い、敬太の後についていった。

 道はレンガやタイルで舗装され、暖かみのある色彩が存分に目を楽しませてくれる。通りかかった家もまた、基本的な造りは同じだが、それぞれに独自の意匠が施されており、手入れの行きとどいた庭とあいまって異国情緒にあふれた風景だった。そんな町並みを楽しんでいたら──


「つきましたよ」


 敬太の言葉で我に返った。


「ここがお二人の家です」


 敬太が示した先には、なんの変哲も無い2階建ての家がでんと建っている。多分ゲーム的にはこれがデフォルトで、これに手を加えて今見てきたような個性的な家になっていくのだろう。


「あ、ちなみに。僕の家、お向かいです。これからよろしくお願いしますね」


 新しい隣人を歓迎するかのように、敬太の家は道を挟んで建っていた。淡く明るいパステルカラーの色彩の建物に、意外と丁寧に手入れされた庭には羊と鶏が放し飼いにされている、ちょっと子供っぽい印象の家だった。

 だが、敬太自慢の家なのだろう。その表情はどこか誇らしげに見える。

 そんな敬太に、妙な保護欲を覚えたその時。


 ドンっ


「んきゃーっ!?」


 絹を切り裂く──というにはあまりに幼く、間の抜けた叫び声と爆発音がとどろき渡り、敬太の家の一角からもくもくと煙が立ちのぼってきた。


「ちょっ── け、敬太っ!?」

「だ、大丈夫なの!?」


 慌てる二人の気遣いに、変わらず笑顔を浮かべていた敬太だが、その笑顔が引きつり、額に汗と血管を浮かばせたものへ変わるのに、そう時間はかからなかった。

 そして震える声で一言。


「み、美久ちゃん……!? あれほど横着して魔法で火をつけるなと……っ!!」


 そう言うや否や、敬太はくるりと二人に背を向けると、のしのしと自宅に突き進んで行く。

 心配になってついて行こうとしたが、それは敬太がずいと差し出した手によって遮られた。


「すみません……これ、僕の家の事情ですんで。30分程時間もらえます? お食事はその時。じゃ、そういうことで」


 なんだか拒絶された感じがして良い気はしなかったが、まぁ敬太にだって見栄はあるだろうし、確かに他人の家庭の事情である。

 ここは一つ少年の顔を立てておくのが得策か、と思いながら光は敬太の背中を見送るのだった。



「で、これが俺達のマイホームってわけか」


 意外に立派な玄関を前に、光は呆れたような安堵したような、妙なため息をもらしていた。


「どうしたのさ、先輩? 変なため息ついちゃって」

「──あのな? 真琴。同じ境遇の人達がいるたぁいえ、俺達はこれから異世界で二人暮らしていかなきゃならんわけだ」

「うん? そだね」


 今更なにを言うのかと、真琴が小首をかしげて光を見つめ返してくる。


「でな? 帰る家があるってことが、どれだけ安心出来るか分かるか?」

「まぁ……分かる気はするけどさ。その割に先輩、妙に浮かない顔してない?」

「そりゃそうだろ。異世界に放り出されて、これからなにをさせられるか分かったモンじゃねぇんだぞ? ため息のひとつもでるわ。そんな状況の中で帰る家があるって事が、どれだけ拠り所になるか」


 そう言いながら、光は村長宅で交わされた会話を思い出す。

 この世界のどこかに居る、何かと戦わされるために召喚させられた人々。

 インド神話に伝わる破壊神を身に宿した自分。

 せめて安らげる場所が欲しいと願うのは、まだ少年の自分に許されてもいいだろう。

 だが、真琴は別のようだった。


「あたしは先輩と一緒なら、どこだって大丈夫だけどな」


 恥ずかしい台詞をけろりと言ってのける。


「そりゃさ、家はあるにこしたことないよ? でもさ、どんな場所だって一人よりも二人で生きていく方が拠り所になると思うんだけどなぁ」


 真琴の言葉を聞いて、頭をハンマーで殴られた思いだった。

 真琴が言ってる事は、現実が見えてない少女趣味的なロマンチズムかもしれない。

 だが、自分一人では無いということを、あらためて思い知らされることでもあった。

 ただ、言って恥ずかしくなったらしい。真琴はプイッとそっぽを向くと、光の袖を引っ張り、頬を桜色に染めてもじもじと身をくねらせている。


「ほ、ほらっ! そんなことより、さっさと中入って着がえよ? 30分程度っていうけど、意外とあっという間だしね」


 だが光はそれに救われた気がして、あらためてドアノブに手を伸ばすのだった。


 ──中は意外に広かった。玄関をくぐると右手に階段。左手に台所と食堂を兼ねたリビングキッチンが広がっている。

 リビングキッチンには最低限の調理器具や食器、それと簡素なテーブルと椅子が置いてある。これなら今日からでも自炊は可能のようだ。ただあまりにお粗末なので、そのうち買い換える必要はありそうだが。

 他にざっと見た限り、生活に必要な設備は一通りあるようだ。風呂もあれば暖炉付きの居間もある。当然便所もあった。例の豚便所仕様なのはご愛嬌だ。

 南側には庭が広がり、やはり羊や鶏が放し飼いになっている。


「それにしてもさ、どこから来たんだろうね? この子達」


 草を食んでいる子羊の頭を撫でながら、

真琴がそんな疑問を口にする。

 確かに不思議と言えば不思議だ。転移者が現れる度、家がいつのまにか建っているという。それだけなく家畜の類まで現れるとなれば、それはもう奇跡の領域である。


「つか、こいつら食えるのかな?」


 実はオブジェ扱いの人形でした、なんてことになれば笑うしかない。

 だが光の言葉を聞いて、真琴の表情がくるりと変わった。


「食べるって、この子達を?」

「他に何がある」

「やだ、駄目ったら駄目」

「子羊──ラムとかうまいぞ? 柔らかくて臭みもねぇし。脳も食えるし、骨からは美味いダシが……」

「やだやだやだ。ユキちゃん食べちゃ駄目!」

「なんだ、ユキちゃんって」

「この子の名前」


 そう言いながら、真琴は子羊をぎゅっと抱きしめる。


「お前な? それ、家畜だぞ? 育てて毛を取ったり、乳絞ったりしなくてどうする」

「でも、食べちゃ駄目」

「なんで?」

「可愛いから」


 メェと鳴くユキちゃんを抱きしめ、真琴は母性丸出しで拒否する。

 もうこうなると、下手な事言えば「別れる」くらいの事を言いかねないので、光はさっさと降参する事にした。惚れた弱味で何とやらである。

 もとより、鶏はともかく豚だの羊だのの解体方法なぞ知らないので、自分で試すことなど出来はしないのだが。

 光は「参りました」という意味を込めて肩をすくめるのであった。



「……ねぇ」

「なんだよ」

「これ、何かな?」


 2階へとやって来た二人を待っていたのは、彼らにとって試練とも呼べるような数々の品々であった。

 その中でも、二人を困惑させているのが今眼前に鎮座ましましている、柔らかく暖かそうな布団が敷いてある、四角く大きな『それ』。

 

 夜のパートナー、ベッドであった。


 それだけならいい。ベッドくらいあっても不思議ではない。問題なのは──


「大きい……よね」

「デカイよな」

「一つしか無い……ね」

「この大きさなら、十分じゃねぇか?」


 さっきから恥ずかしオーラを放っている真琴とは対象的に、平然と構えている光との温度差にある。

 実際のところ、どこか妙に現実主義者の光からしてみれば、今更騒いだところで現状が変わるわけでなし、受け入れるか、さもなくば状況を改善していくしかない、というのがスジだと思うのだが、真琴は違うようだった。

 まぁ、気持ちは分からないではないがなと、光なりに理解はしているつもりではあったが──


「いっ、一緒に寝るの!?」

「他にどーしろと?」


 怒りなのか、羞恥心なのか。真琴は顔を真っ赤に染めて上目遣いで睨んでいる。

 そんな相方を見て


 ──たかが一緒の布団に寝るくらいで、そこまで抵抗あんのか?


 と思う辺り、光は結構ずれていた。

 まぁ、無理も無い事かもしれない。ブラコンの姉が、去年までしょっちゅうベッドに潜り込んできていたせいで、光は異性と一緒に寝ることに慣れて抵抗がなくなってしまっていたのだ。おかげで男女関係として寝る、という発想がすっぽり抜けている。無論肉欲の関係に興味がないわけではないのだが──光の中ではそれとこれとは全く別の話なのだ。真琴の心労のほどがうかがえる。


「もういい! 先輩の朴念仁!!」


 ついに真琴が切れて、光の頬にもみじを刻み込むのがトドメとなるのだった。



「まぁな? ある程度分かっちゃいたよ? うん」


 頬にもみじを刻み込んだ光がうなだれて立っていたのは、ウォークインクローゼットの前だった。

 現実主義者の自覚がある光ではあるが、だからといって、すべてを許容出来るほど悟っているわけでもない。

 ベッドでの一悶着の後、2階をちょっと探索してみた二人だが、意外に部屋数があるのに驚いた。

 寝室に書斎。倉庫に──

 

 そしてこのクローゼットルーム。


 これがなぜ光の心に影をしているのかというと。


「先ぱーい! もう着がえ終わった?」

「まだだよ! ……ったく」


 半ばやけくそ気味に返事して、自分のクローゼットに収められた衣類にうんざりした視線を送る。


 そこには光に似合いそうな、『男性用女性服』の数々が綺羅と並べられていた。

 

 村長宅で話を聞いてからまさかと思っていたのだが、やはり思った通りの展開だった。

 どういう理屈かはとりあえずおいといて、この世界には光達がゲームで獲得した通貨や装備品などが実体を持って存在しているのだ。

 そしてそれは衣装──コスチュームも例外ではなかった。しかも、光の持つコスチュームはすべて真琴からのプレゼントである。そしてそれはおよそ真っ当なものでは無かった。それがこのマニアックなコスチュームの数々なのである。ちなみに自前の男物の服なぞ片手で数えるほどしかない。

 必然的にその中から服を選ばなければならないわけで。

 そこまで考えてから思考を放棄したくなってきた。

 なにせ数少ない男物服は着られている感がハンパない。自分でも嫌になるほど似合わなかった。

 じゃあ、女物服はというと──


「何似合ってるんだよ、ドチクショウ!!」


 自分でも嫌になるほど似合っていた。これは嫁のコーディネートを褒めるべきなのか、どうなのか。

 とか考えている内に元凶が澄まし顔でやって来た。


「何やってんのさ? もう時間過ぎちゃってるよ。早くしないと」


 自分は青いチュニックに白のニーハイと清潔感のある、無難ながらセンスを感じさせるコーディネートを決めた真琴が、呆れ顔して立っている。


 一体誰のせいだと思ってやがる。


 思わず殺意を抱きそうになったが、なんだかんだで決められなかった自分にも責はあった。

 仕方ないので嫁にコーディネートを頼むことに決める。それでどうなってしまうかまでは、もはや考えたくも無い光だった。

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