*7* 異種族ダブルデート①
ここ菩提樹で時間の流れを知りたければ、ログインしている配達人達の姿が割と目安になることがある……というのは通説だ。配達人達の外見年齢や鞄の大きさで推し量ることができるのは、有名ではあるが確実ではない。
お色気たっぷりな女吸血鬼が公務員であることもあれば、某ウサギの獣人が夜の蝶々だったりすることもざらである。そうして、表の生活では決して交流の糸口のなさそうな業種同士であっても、自ら考えることのできる配達人達の交流関係に、主人の意向は全く関わりのないことだった。
しかし時には配達人達の仲が表の世界の主人達に影響を及ぼすこともある。マイルームに戻った配達人達が、菩提樹でその日あった出来事や交流関係を話たりするからだ。そこから主人達が相手のことをもっと知りたくなり、手紙をやり取りするに至ることも……。
実際にネットの婚活関連の記事を検索すれば“菩提樹婚”などと出てくる。おそらく感覚的には、大昔に新聞や雑誌の端に載っていた“文通相手募集”の新時代版といったところだろう。
そしてそんな菩提樹の下では、今日も今日とて様々な種族の配達人達が待ち合わせをしている真っ最中だ。
「ふむぅ……会社勤め人は休日の朝が遅いですニャね~……」
「チャラったら楽しみなのは分かるけど、こればかりは仕方がないわよ。学校がない日は、私のマスターも起きるのがゆっくりめだもの」
「でもそんなこと言ってもメルバ、もうすぐお昼になるニャよぅ」
今日は深緑色のオーバーオールに身を包み、同色のスカーフを巻いているチャラが不満顔で尻尾の毛を弄る。チャラを慰めたメルバもつられて何となく髪飾りを弄っていた。
どこかソワソワと浮き足だった一人と一匹の姿は、周辺の配達人達の一部から何やら微笑ましく見守られている。初々しくも懐かしい感覚。そんな一人と一匹のすぐ傍の空間が、不意に石を投げ込まれた川面のように波紋を作る。そして――。
「チャラくん、お待たせですの~」
「二人ともすまん。主が昨夜自動ログインのアラームを入れ忘れていてな。おかげで約束の時間よりもだいぶ遅れてしまった」
「実はワタシも姉様が寝坊助さんで遅れましたの~。でもお仕事でお疲れだったから、なかなか起こせなくて……。お二人とは初めましてですのに、ごめんなさい~」
波紋の揺らぎが収まったそこに現れたのは、見慣れたシルエットの龍人の青年と、全身が見事に真っ白な犬獣人の女の子だった。
彼女はその見事な巻き尾と三角形の耳、真っ黒なアーモンド型の涼やかな目元から、犬獣人で人気の高い“柴犬”タイプのレアカラーだと分かる。鞄は柳行李で作られた小さめのトランクと、やや和風な見た目だ。
「あ、謝らなくても全然大丈夫ニャよ小梅ちゃん! チャラ達もたった今ここについたところニャ!」
赤地に白の麻の葉模様のワンピースに身を包み、同色の水引の髪飾りをつけた犬獣人……もとい、見た目通り和風な名前の小梅に対し、猫の代名詞である猫背も忘れて直立するチャラ。
舞い上がっているのだろうが、ピンと立った尻尾と今にも敬礼をしそうなその姿に、一緒に待っていたメルバも苦笑して……いなかった。
エルフという美麗な種族でありながら、手をワキワキと怪しく動かすメルバは真顔で、いつぞやウサギの獣人を見た時のような目をしている。聞き間違いでなければ、その桜の花弁のように儚げな唇がボソリと「姉様呼び……良い」と呟いた。
「――メルバ、その目は止めろ。はっきり言ってまるきり危険人物だ。今のお前が彼女に触れば黄鳩が飛んでくるぞ」
「そこの変質者。小梅ちゃんに何かおかしなことしたら、もう金輪際肉球触らせてやならいからニャ?」
「ちょっと、二人して何なのよ。まだ何もしてないでしょう? それをあたかもこれから私が何かするみたいに……」
「「しそうだから先に言ってるんだ」ニャ」
ビアとチャラからの絶大な信頼感のなさにメルバが頬を膨らませていると、そんな三人を見ていた小梅が、パタパタと尻尾を振りながら「仲が良いですの~」とはしゃぐ。その瞬間チャラの青い目が彼女に釘付けになり、少し萎んでいた尻尾がまたピンと張りを取り戻す。
美醜の捉え方は種族によってマチマチなのだが、こと小梅においてはほぼどの犬獣人も、下手をすればチャラのように猫獣人までもが魅了される美少女のようだった。現にチャラには、犬獣人や猫獣人の男性からのやっかみの視線がモロに突き刺さっている。
「ええと……改めて自己紹介をするわね。初めまして小梅さん。私はメルバ。見ての通りエルフよ。チャラとは三ヶ月前から仲良くしてもらっているの」
「俺とチャラは主同士が友人だから、その延長の友人関係だ。種族は見ての通り龍人だな。初めまして、小梅」
「まぁまぁ、お二人ともご丁寧にありがとう~。メルバさんはどうぞ小梅とお呼びになって? ワタシとチャラくんは、半年くらい前からのお友達ですの~。これから仲良くして下さいませ」
「分かったわ小梅。それなら貴女も私のことはメルバって呼んで頂戴ね」
やや間の抜けた自己紹介を無事に終えると、チャラを除く三人の主人達の元へ、運営側から【お友達申請を受けますか? YES\NO】という手紙が届く。この手紙のYESを丸で囲めば、今後お互いの配達人達を介して手紙のやり取りが出来るようになる。
三人の主人達が気付くまでしばらく時間がかかるだろう。
けれどその間チャラは瞬きも忘れて直立不動で。見かねたビアが「あー……遅れた奴が仕切るのも何だが、そろそろ移動しないか」と言葉をかける。かくしてここにエルフ、龍人、猫獣人、犬獣人という異種族合同カップルが誕生したのだった。