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*5* 得手不得手の法則。



 菩提樹の下でぼんやりと待ち人を探す。すると手紙の受け渡しをする配達人達の中に、子猫から元の大きさに戻ったチャラを見つけて手を振る。


 するとチャラは他の配達人と会話をしながら、ビアに向かってピンク色の肉球を見せつけるように手を振り返した。パッと見は後付外装装備(アクセサリー)も相まって、まるで遊園地で目にする着ぐるみのようだ。


 見たところ猫獣人(ケットシー)同士で寄り集まっていることから、おそらく猫獣人愛好家の会合日なのだろう。菩提樹では同族同士での交流も盛んで、龍人のコミュニティーもちゃんとある。


 しかし龍人のコミュニティーは大抵ネットゲームからの繋がりであることが多く、集まっているのもゲームのクエスト関連のやり取りが主だ。ビアの主人もその例に漏れずネットゲーム仲間繋がりで菩提樹へ流れてきた。


 それは他の亜人や人間の配達人達も同じようなものだ。そんな配達人達が手紙を受け渡しながら相手と交わす賑やかな会話に、ビアが目蓋を閉ざして長期戦の構えに入ったその時――。


「あら、ビアが先にいるだなんて珍しい。明日はここの長時間メンテでも入るかもしれないわ」


 聞き覚えのある声に彼が目蓋を持ち上げると、そこにはようやく現れた待ち人の姿。ビアは歯切れの良い物言いをする人物に向かい「成程。前回は俺が待せたから先に待っていたらそうきたか」と、犬歯を覗かせて笑った。


「冗談よ。マスターが貴男に“テスト期間中待たせてしまってごめんなさい”って。改めまして、二週間前の返信を受け取りに来ました」


 そう言うやピョコンと頭を下げる彼女の肩から、目映いプラチナブロンドが一房流れ落ちる。


「ご丁寧な挨拶をどうも。久し振りだが、そちらの主人ともども変わりないか?」


「ええ、変わりないわ。マスターと一緒に英単語の問題を出題し合ったり、リスニングしたり、化学の元素記号の結び付けての変化を見たり。それもマスターのご両親がいる時間帯は遊んでいないか監視されるから、あんまり長くはできなかったけどね」


「何というか……そっちは相変わらずの監視家庭環境だな」


 手紙の受け渡しをしながら苦い表情を浮かべるビアにそう指摘され、メルバは少しだけ憂いのある表情のまま肩をすくめる。


「まぁ、ね。だけどこれでも以前までよりはマシなのよ? 前はテスト期間の間は勿論、期間の一週間前から私との交流は一切禁止で、ログインできないようにロックまでかけられてたもの。ビアのマスターと知り合って、唆されて、勇気を出してご両親に掛け合って、私との勉強時間を作ってくれた」


 その時のことを思い出したのか、少しだけ誇らしげに胸を反らせるメルバを見て、ビアの表情も和らぐ。二人は気付いていないが、端から聞いている分には歳下の姉弟か、子供の教育方針に悩む若い夫婦のようだ。


 どちらにしても自分達の主人の話をしているようには聞こえない。それほどこの菩提樹にいる配達人達は独自の思考を持ち、活動している。これはたかがメールサービスの領域を越えていると言っても過言ではない。


 ――ともあれ、


「マスターが《今日は学校の用事で帰りが遅くなるから、メルバは菩提樹でゆっくりしてきて》って言ってくれたの。だからこの間よりは長い時間いられるんだけど……チャラは会合日だから遊べないわね」


 やや残念そうに猫獣人達の方を見やるメルバ。せっかくのテスト期間明けだ。彼女も主人同様に羽根を伸ばしたいところだろう。


「なら俺とどこかそっちの好きなフィールドでアイテム収集でもしながら、二週間前メルバが帰ったあとに発生したボーナスステージの話でも聞くか?」


 軽い調子で口にしたビアの言葉に、主人への土産話ならいくらあっても困らないメルバが愛想良く微笑み、頷く。


「それなら【ジルコン】で水晶の採掘をしながらが良いわ。マスターへのお土産にしたいの」


「……俺が寒いの苦手だって分かってて選んでるんじゃないだろうな?」


「考え過ぎよ。私だって寒いのはチャラほどじゃないけど得意じゃないわ。だけど確かにビアには酷だったわね。やっぱりディアマンテで花束でも――、」


「いや、違うなら構わない。テストを頑張った主に何か持ち帰りたい気持ちも分かるからな。俺も動きは通常の場所より鈍くなるが、出来うる限り手伝おう」


 メルバの返答に胡乱気だったビアが気を取り直してそう言うと、彼女はさっきとは比べ物にならないような、花が綻ぶように甘やかな微笑みを零した。



***


 

 四つの季節を表した菩提樹の中でも、ここほど特定の種族が好んで利用する場所も珍しい。極寒の冬を司るフィールド【ジルコン】。


 採取されるアイテムも他のフィールドとは違った無機物が多く、鉄材や半貴石が主な採取アイテムだ。周囲を見渡すとドワーフや犬獣人(コボルト)など、手先が器用で素材加工に熱意を燃やす配達人の種族が目立つ。


 皆ここで採取した半貴石や鉄材で、主人への贈り物を作って渡すことを至上の喜びとしている。彼等や彼女等のマイルームは一種独特の空間だとの噂だ。


 そんなちょっと特殊なフィールドの中で、


 ――カツーン、カツーン!


 ――カン、キン、パキン!


 と小気味よい音を立てながら、フィールドの入口で管理NPCから借りたピッケルで凍った洞窟の壁面を懸命に細腕で砕くエルフと、その隣で寒さに震えながら類い希な膂力(りょりょく)で壁を抉り取る龍人の姿。


 言わずもがなメルバと、彼女に付き合わされたビアである。


「ああ……前回そんな面白いことがあったんなら、マスターを少し待たせることになったとしても残っていれば良かったわ! そうしたらもっと臨場感のある釣りの話ができたし、もっと粘っていたらもう一匹くらいヌシが釣れたかもなのに!」


 モコモコの帽子の中に収まりきらなかった長耳の先を赤く染め、同じくモコモコのマフラーから鼻だけ出したメルバが、悔しさをバネに渾身の力で凍った壁面にヒビを入れる。


 隣で「流石に二人分の面倒は見れなかったと思うぞ?」と言うビアは、目の部分しか見えない完全武装ぶりだ。尻尾にはマフラーが隙間なく巻かれている。


 しかし見た目こそ情けないが、一度ピッケルを壁面に振り下ろしただけで、メルバが二十回ほど振り下ろしてもまだ足りないほどのヒビを入れた。


 大抵二撃目で壁が砕け散り、拳大に抉り取った石を今度は細心の注意を払って叩けば、中から小さなルビーが三粒現れる。ちなみに通常はメルバのように小さなメノウや水晶を掘ることしかできないのだが、嘘か本当か種族によってはビアのように宝石を取れるらしい。


 一部では寒いのが苦手な種族は宝石を採掘でき、暑いのが苦手な種族は釣りで大物を出しやすいのでは、との説まであるのだが――……。


「気合いが入っているところすまんがメルバ。今日のところは、これで勘弁してくれるとありがたい。もう……限界だ」


 結局のところAIである彼等や彼女等が、苦手な場所に好んで赴くかと問われれば答えは勿論“否”で。


「あ、やだ、ごめんなさいビア。私ったらすっかり時間の感覚がなくなってて。これだけ採取できれば充分だわ」


 華奢なエルフの少女に「付き合ってくれてありがとう」と労われ、その言葉に力なく「……どういたしまして」と答えた大柄な龍人の青年が引きずられて帰る姿も、そうそう珍しくはないのがこの菩提樹という世界だ。

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