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☆4☆ 鏡合わせの友人。

今回はメルバのマスター視点でお送りします(*´ω`*)



 学校から誰もいない自宅に戻ってすぐにわたしが向かうのは、自室にある大きな水槽型の立体映像(ホログラフ)機器の前。


 家政婦さんを信用していないわけではないものの、些細なことでも両親の耳に入れられては嫌だから、学校にいる間は電源を落としている。


 本当はすぐにでも起動させたいけれど、夕飯の時間まで“あの子”とお喋りをしていたいから、先に着替えと学校の課題を済ませてしまう。その後はいつものように家政婦さんが用意してくれるお茶菓子……今日はシュークリームと、温かいカフェオレを受け取って自室に戻った。


 そして今度こそ遊ぶためにパソコンの電源を入れて、メトロノーム社のホームページからログインし、マイルームのチャンネル解放設定を整える。待ち時間の間に可愛らしいメトロノーム社のキャラクター達が、宣伝広告を流してくれるのを見るのも楽しい。


 画面に【準備完了】の文字が表示されたことを確認してから、水槽型の立体映像機器の電源を入れると、そこにはわたしの望む“マイルーム”の姿が現れた。現実の自室はまるで病院の個室めいた白一色なのに対し、憧れをふんだんに取り入れた“あの子”の部屋は、ダークブラウンの猫足家具で統一してあり、クッションや小物は全て北欧系。


 いつ見ても思わず微笑んでしまう“マイルーム”の準備が整ったら、今度は住民の“あの子”を呼び戻すためにメッセージを送るのだけれど……パソコンから“あの子”の居場所を確認したところ、どうやら【ペレル】にいるらしい。


 普段はあまり自分から出向くような場所でもないので、きっと誰か親しい配達人の子達と遊んでいるのだろう。学校を出る前に、図書館でログインした時に送ったメッセージの返事には《送信完了しました!》と返ってきたから、それでも“マイルーム”に戻っていないということはそういうことだもの。


 他のマスターがどうしているのかは知らないけれど、わたしはなるべく“あの子”の行動を追って姿を見ることは控えている。いくらAIとは言っても、個々に考える能力があるのだとメトロノーム社のホームページにはあった。


 だとしたら両親の監視下にいることが苦痛なわたしが、同じことをするのは忍びないと思う。でも以前それを“あの人”にメッセージで送ったら、それに対して《良い子だな!》と笑顔の顔文字付きでメッセージをもらった。


 短くても、それだけで本当に嬉しくて。その後“あの子”に一時間も話に付き合ってもらってしまったから……。


 出来ればもっと長く遊ばせてあげたいと思う。だけど見上げた自室の時計は、すでに六時を回っている。


 両親が帰宅したところで、別に【菩提樹】へのログインを叱られることはないだろうけれど。問題は私が造った“あの子”の姿を見られることだ。


 厳格な二人からしてみたら、きっと浮ついた格好だと怒られる。下手をしたら解約されてしまうかもしれない。一応両親が帰宅してからも遊べるようにキグルミを購入してはいるけれど、やっぱりそのままの姿で話がしたい。


 結局身勝手だとは分かっていても、わたしは“あの子”に帰ってくるようにとメッセージを送った。自己嫌悪に陥って机に突っ伏すこと十秒ほど。水槽型の立体映像機器が入室を報せるドアベルの音を鳴らした。


 頭を机に預けたままぼんやりとそちらを向けば、姿を現した“あの子”は、そんなわたしを見て戻ったばかりなのに《どうしたのマスター、どこか体調が悪い?》と会話ログで心配してくれる。


 そのオロオロとした様子に慌てて姿勢を正し、キーボードで《大丈夫、何でもないよ。お帰りメルバ》と打ち込む。するとメルバはその場で腕組みをしたまま、こちらをジッとアメジストのような菫色の瞳で見つめて――。


《嘘ね。今朝見た時よりも疲労が溜まっているように見えるわ。また誰かの仕事を手伝ってあげたのね?》


 そんな風に、わたしの外用に取り繕った愛想笑いを看破してしまう。怒っているというよりは心配してくれている複雑なその表情に、段々と張り詰めていた心が解けていく。


 胸に広がる温かい気持ちのまま《うん、そうなの。ごめんなさい》と打ち込めば、彼女は《マスターが謝る必要なんて少しもないわ。ただ無理はしないで》と、細い腰に手を当てて苦笑する。


 メルバはわたしの憧れの女の子像だ。女子校では一際目立つ長身のくせに、はっきりとものを言えずに常に俯いてばかりのわたしとは違い、小柄で可愛らしい容貌とは違って物怖じしないメルバ。


 メトロノーム社のホームページでは、配達人達は主人の数だけ性格の違うAIとなり、預ける手紙の内容や、新しく導入された会話コマンドの言語から持ち主と対になるような人格に成長するとあった。


 そしてそれは目の前でこちらを心配そうに見つめるメルバときっちりと合致し、彼女は引っ込み思案で社交性の低い私をサポートするように、はっきりとした性格のAIに成長したのだ。


《今日も手紙を届けてくれて、ありがとうメルバ》


《ふふ、お安いご用だわ。それに私はマスターだけの配達人だもの。時間が許す限りビアが現れるのを待つだけよ》 


《ああ……メルバもビアさんに会えるの楽しみにしてるもんね》


《そんなことないわよ? ほら、だって相手は仕事仲間だし、彼は彼で自分の主人にマスターの手紙を渡さなきゃだから……》


 こちらが他意なく打ち込んだ言葉に、メルバは頬を僅かに染めてしどろもどろにログを表示する。水槽の中でブンブンと両手を振るその姿に、時々ふと彼女が人間でないことを、どうしようもなく残念に感じてしまう自分に気付く。


 机から椅子とキーボードを持って水槽の前に移動すれば、彼女は咳払いのポーズを一つ取って間を作り、何事もなかった風を装って《今日は面白いことがいくつかあったんだけど……どの話からしようかしら》と、わざとらしく思案顔を作る。


《うーん……何からでも良いよ。メルバの話はいつも楽しいものが多いから》


 膝の上で不安定なキーボードをリズミカルに叩けば、すぐに《任せて!》とメルバが親指を立てて。シュークリームとカフェオレを口に運びながら、私は彼女のフワフワな猫獣人の同僚や熱気を孕んだ海風、臨場感溢れる竿の重みを感じたのだ。

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