*2* 可愛い配達人仲間。
本業のメールサービスとしての面とは別に、箱庭ゲームの世界を強く意識しているここには、いくつものフィールドが用意されている。配達人達はそこで主人達にお土産の花を摘んだり、魚釣りやキノコや木の実を採取して、それらをマイルームで調理する姿を見せ、主人達と食事の時間を共有する気分を味わうのだ。
今メルバとビアがいるのは、そんな中でも人気の高い春を司るフィールド【ディアマント】。温暖そうな気候の色使いで、配達人達のデートスポットの定番だが、何よりも獣人タイプの配達人達が一番好むモフモフスポットでもある。
咲き乱れる色とりどりの花々に、温かそうな陽射しの降り注ぐフィールドは、今日も今日とて日溜まりをこよなく愛する獣人タイプの配達人達で賑わっていた。
「今回も災難だったな、チャラ」
「私はさっき一緒にリュックを持ち上げる手伝いをしたから知ってるけど、今度こそどうにかなるんじゃないかって心配したのよ?」
「うん、あの……心配してくれるのはありがたいんですがニャ、二人とも。あんまり行動と発言が伴ってない気がするニャよ」
そんな鋭い子猫の指摘に「そんなことないぞ」「そんなはずないじゃない」と、白々しくも即座に返答した二人の目は、やはりと言うべきかどうにも疑わざるを得ない怪しい光を宿している。
ビアとメルバが並んで座るベンチでは、両人の膝に上半身と下半身を半分ずつ載せられた猫獣人が揉みくちゃにされている。光が反射するほど毛質の良い真っ黒な身体に、白い足袋を四足履いた子猫で、その腹は真っ白なシルクの肌触り。
二人に好き勝手にされているこの可愛らしい子猫が、常ならベンチの隣に立てかけられた大型の山岳リュックを背負っているとは到底信じられない。
そして彼は猫でありながらとても勤勉な配達人だ。後付外装装備からもその仕事量の多さが分かる。
通常時は百四十センチある身長は、悪戯で仕掛けられていたプログラムのせいで小さくなってしまったものの、中身は人格プログラムに影響が出なかったために元のまま。リュックの上には愛用のゴーグルとショートブーツ、真っ赤なオーバーオールに共色のスカーフが所在なさげに置かれている。
「絶対うそニャ。こうやって二人してチャラのこと撫で回してる時点で、絶対うそニャ。チャラはもう仕事に戻るんニャー!」
「駄目に決まってるだろ。そんな状態でおかしな手紙を受け取ったりしたら、次は人格に障害が出る可能性がある。お前の飼い主が異変に気付いて回収にくるまでこうしてるぞ」
「そうそう、第一こんな状態でお仕事してたらまたリュックに潰されちゃうわ。良い子だからここで私達と遊んでましょうね~?」
しかし見上げた仕事猫根性を見せる子猫に対して、二人の言葉はにべもない。転がされてもがく子猫は「止ーめーろーニャー!」と尻尾を膨らませて叫ぶも、むしろ可愛らしさが増しただけで逆効果にも思える。
ちなみにここ菩提樹では昨今多いペット禁止な住宅事情からか、獣人タイプのキャラクターが人気で、猫獣人の他にも犬獣人も選べ各々の毛色や種類も豊富に選べるため、彼ら彼女らのマスター同士で懇親会が開かれたりもするほどだ。
基本的に獣人タイプはこの二種族だけとなっているが、ただたまに兎や熊やリスといった獣人タイプがいるのは、期間限定で子供の玩具メーカーとコラボして作られる“森のお家シリーズ”のキャラクター達である。
しかしこれらのコラボキャラクター達は毎回かなりな数の申し込みがあるので、実際には猫獣人と犬獣人の二種族のくくりなどあってないようなものだ。それに洋服の種類も“森のお家シリーズ”とのコラボの反響からか、思いのほか色々とある。
ベンチのすぐ傍を兎タイプの獣人達が通り過ぎる際、メルバ達の方を見て手を振ってくれた。そのまん丸な尻尾の後ろ姿は、女性の配達人達にとって飛びかかりたいほど暴力的な魅力に満ちており、遠ざかるの彼女等を見つめるメルバの視線に、ビアやチャラが「「変質者の目だ」ニャ」と声をそろえて溜息をつく。
不名誉な指摘を受けた彼女がそんな二人の頭を無言で小突くと、それまで良いように撫で回されていたチャラは、ふとビア達を見上げたまま「それじゃ、手紙を受け取らない仕事ならしてもいいですかニャ?」と訊ねる。
確かにせっかくログインしてきた以上、あれもこれも駄目だと拗ねるだろうと思った二人が耳を傾けてやると、チャラは我が意を得たりとばかりにダラリと四肢を投げ出したまま口を開いた。
「今夜のご主人の晩ご飯はアジフライなんですニャ。だからチャラも同じ物を食べたいから、海に行って釣りがしたいですニャよ」
***
意地らしいチャラの発言から移動してきた夏のフィールドである【ペレル】は、年がら年中極彩色だ。
さっきまでいたディアマントとは違い、燦々と降り注ぐ白い陽射しと、陽射しを容赦なく照り返してくる砂浜、時折ヤシの葉を揺らす海風が吹き付ける。人間であれば急激な気温差で倒れそうな季節感の違いも、配達人達には関係が――……。
「もー、相変わらず暑すぎるわよ……このフィールド」
「ホントに……製作者側の悪意を感じる造りニャ~」
「俺はあまりそう感じないが、二人には暑いだろうな」
……大ありだった。配達人達はAIとはいえ、自らの主人達との会話に合わせられるようにとのことで、疑似体験として“暑さ”や“寒さ”といったものを感じられるように設定されている。
それ故に種族的に得て不得手となるフィールドも存在し、ここペレルは森の種族であるエルフや、全身を体毛に覆われている獣人達にはやや不人気なエリアだ。しかしそれでもチャラ同様に主人達を喜ばせようという配達人達が、暑さに辟易しながらも大物を狙って釣り糸を垂れている。
何となく猫獣人が多いのは、自らの主人に“猫だからお魚が好きアピールを”と、あざと可愛い演出を目論んでのことだろう。大変な労力ではあるが、その努力が報われると信じている背中は可愛らしい。
そこに新たに参戦するため、チャラとメルバがペレルでの釣り竿管理をするNPCに話かけに行く間に、ビアがちょうど良い釣りスポットを探す。
釣りスポットは当然のように日陰から埋まっていくので、残された場所となると結構な距離を歩く。しかしこのフィールドを好んで足を運ぶビアには、いつも釣り糸を垂らす穴場があるのでその程度では焦らない。
結局ビアの行き着けでペレルの端にある、半洞窟といった場所で三人仲良く釣り糸を垂らすことになった。一応ゲーム世界らしく、釣り上げられる魚の種類にはマグロなどの大型魚もいるが、ここではそこまで大きな魚が上がることはない。
しばらくは三人で季節感を無視した魚達を釣り上げ、自分達の主人が好む種類をマイルームの道具入れに転送し続ける。
「おっ……と、何だ、今度のはサバか。うちの主はあんまりこの魚好きじゃないんだよな」
「確かに模様がちょっとアレだけど、栄養価は高いわよ。そっちのマスターは不規則な食生活をしてそうだし、ビアが美味しそうに食べればつられて食べてくれるんじゃない?」
「そうニャよ。ご主人の健康を守るのも大切な役目ニャ。何ならチャラの知ってる中から何か良い居酒屋レシピでも送ろうかニャ?」
「いや、気持ちはありがたいんだがなチャラ。居酒屋レシピなら、同じバイト先だったうちの主も知ってるものじゃないのか?」
「ふふん、これだから途中で就職した組は駄目なんニャよ。あれからどれだけレシピが増えたか……今度食べに行ってみると良いニャ!」
眉根を寄せるビアと、得意気に尻尾をピンと立てるチャラを真ん中に挟んでそんなやりとりをしていると、メルバが不意に「あら」と呟く。
すると彼女の頭上がホワリと輝き、その淡い輝きが薄れて消えた後には業務連絡用のメッセージが膝に乗っていた。
「チャラのマスターからのメッセージがまだだだけど、残念ながら時間切れ。今日はもう帰るわね」
メッセージにサッと目を通したメルバがそう苦笑してその場で手を振ると、直後に光の粒子が彼女に纏わりついて。徐々に輪郭が怪しくなっていく彼女に「あぁ、またな」「今度はもっとゆっくり遊ぶニャ」と声をかけたところで、光の粒子と共に彼女の姿も解けて消えた。
二人は使用者を失った釣り竿がNPCの元へと自動転送されるのを見届け、再び海面に見え隠れする浮きへと視線を戻す。
「そういえばメルバと遊ぶようになってから、もうどれくらいでしたかニャ?」
浮きの動きと身体の動きが連動している子猫にそう訊ねられ、ビアは一瞬だけ記録を遡る。彼の記録がヒットしたのとチャラの釣り竿がヒットしたのは、ほぼ同時のことだった。