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*1* お届けに参りました。



 どっしりとした太い幹を持ち、天を頂くように青々とした葉を生い茂らせ、このネットワークシステムを支える巨大な根を張った菩提樹(リンデンバウム)


 その下で多種多様な種族の配達人達が、主人から預かった“手紙(メッセージ)”をポシェットから取り出して、それを受け取る配達人仲間を探してウロウロと歩き回ったり、ソワソワとしながら相手のログインを待っている。


 今や電話やスカイプは既に過去の連絡ツールと呼ばれて久しい時代。色々な連絡アプリが登場した中でレトロな連絡ツールが再注目された。それがメトロノーム社が配信し出した新サービス、ここ【菩提樹の下で】。


 コンセプトは“もう一度、手紙の温度と喜びを感じてみませんか?”という、如何にもシンプルなものだ。


 世界観はネットゲームというよりも、使用者達が上空から見下ろすテラリウムのようなものであり、システムの複雑さから利用できる国は少ないものの、映像の美しさから世界で幾つかの賞も受賞している。


 美しい箱庭世界に数多いる創造主として、自分の分身を生み出し送り出す。この箱庭での会話はネットゲームとは違いログとして残らず、マスター達は聞きたければ自キャラをマイルームに引き上げさせて、その口から直接言葉として引き出す必要がある。


 そこでもう一つのコンセプト“人工知能の成長”を体感出来るというというわけだ。そんな世界の中で菩提樹を見上げながら、コツコツとヒールのついたショートブーツの踵を打ち鳴らす耳の尖った美少女が一人。十七、八歳の外観年齢をした、白いショルダーポシェットに赤い花のコサージュをつけた配達人だ。


 様々な姿と種族の配達人達は、各々の主人達から手紙の配達量に応じた大きさの鞄を持たされている。だから例えばの話、ごく親しい相手にしか手紙を送らない主人を持つ配達人の鞄は小さく、交友関係が広くて手紙をたくさん送る主人を持つ配達人の鞄は大きい。


 特に鞄に後付外装装備(アクセサリー)を多くつけている配達人は、その分だけ通信量を多く持っている。以下のことからも、鞄の大きさや装備品で配達人である彼等、彼女等の主人の姿が思い描けることもあるだろう。


 以上のことからエルフの少女の主人は、通信量は多く持っているが、どちらかと言えば親しい人間との手紙を主にしているようだ。


 外観的な特徴はサラサラのプラチナブロンドに、菫色のつり目。若い女性の好みそうな可愛らしさと、人形のような美しさの調和が取れている姿から、彼女の主人は同年代の女性かもしれない。


 そんな彼女は現在浮かない表情をしたまま時折周辺をグルリと見回し、つい先程目の前に現れた主人から配達人宛てに送られてくる、業務連絡メッセージを凝視している。書かれていた内容はよくないものだったのか、その表情は固い。


 しかし――……配達人達で賑わう雑踏の中から「メルバ!」と、男性が誰かを呼ぶ声が聞こえたかと思うと、エルフの少女はその長い耳をピクリと動かし、弾かれたように顔を上げた。


「遅い。いつまで待たせるのよビア。あと十分遅かったら帰って来るように言われていたのよ?」


 ようやく現れた待ち人に向かい、彼女は形のいい眉をしかめて苦情を口にしたその瞳が一瞬だけ和らいだことに、鈍い相手は気付かない。


 他の配達人達の間を縫ってやってきた相手は、開口一番の少女の文句にも気を悪くした様子もなく、自分よりも外観年齢が低い彼女の言葉に苦笑しながら「顔を合わせるなり随分なご挨拶だな。この間はお前のところの主の方が返信が遅かっただろ?」と言った。


 メルバと呼ばれたエルフの少女がビアと呼んだ相手は、どうやら龍人(ドラゴニュート)のようだ。黒い短髪から覗く捻れた角と、暗紺色と呼ばれる緑青に近い色の尻尾。肌色に混じって所々鎧っぽく見える暗紺色の部分は鱗で、首の辺りなどはほぼ鱗で覆われている。


 しかし華奢な美少女と並ぶには少々異様な見た目でも、メルバを見下ろすビアの赤い瞳は意外なほど理性的で穏やかだ。そんなビアに対し、ちょっとだけ唇を尖らせたメルバが「その前はそっちでしょう? 私のマスターは忙しいのよ」と言えば、彼はまたも苦笑を深める。


「そうは言うがなこっちだって忙しいぞ。むしろ学生のお前の主人よりも、社会人の俺の主の方が忙しいだろう?」


「すぐにそうやって“学生だから暇”だと思うのは止めて頂戴。私のマスターは試験勉強や生徒会の仕事で忙しいのよ? それに“元”バイト仲間にはすぐに手紙を送っているじゃない。チャラが教えてくれたわよ」


 彼が背を屈めて言葉を返せば、すぐに素直でない少女の言葉が返ってくる。周囲にいた配達人達のうち何人かが振り返って「またやってるのか」「相変わらず仲が良いね~」と、手紙の受け渡しをしながら冷やかしてくるも、ビアはそれを尻尾の上下で軽く流し、メルバの方は「違います!」と白い頬をほんのり朱色に染めて否定した。


 ビアの主人は本人の発言通り社会人なせいか、メルバとは違い比較的大きな鞄を肩からかけているが、見た目は質実剛健で面白味の欠片もない。外側には大小のポケットがいくつかあり、内側はポケットも仕切りもないタイプだ。


 冷やかされてまだ赤い頬をしているメルバの方にビアが手を伸ばせば、少女は慌てて自分の仕事を思い出したのかポシェットを開く。そしてその中から白地にレースの縁取が施された手紙を取り出し、可愛らしい手紙を受け取った彼は、外側の大きなポケットに大切そうにそれをしまう。


 ポケットの金具を留めたビアが「それにしても……チャラの奴は本当に内容秘匿システムが甘いな」と笑えば、メルバは胸を逸らして「私とチャラの友情の前に“元”バイト先の先輩なんてカテゴリーは無意味なのよ!」と豪語する。


 見た目のわりに歯切れの良い言葉を口にする少女に言われっぱなしではあるものの、穏やかな気質の龍人は尻尾を揺らすだけだ。すると直後に若い娘特有の脈絡のなさで会話が飛ぶ。 


「それよりね、チャラのご主人ったらまた差出人の怪しい【お友達申請メッセージ】を開けちゃったのよ」


「またか? これで今月に入ってもう三回目だぞ。チャラのところは主からしてセキュリティー管理が甘いからな……。それで今回はどうなったんだ?」


「百四十センチから膝の上に乗れるくらいの子猫になっちゃった。これがもうフワフワでとんでもなく可愛いのよ。だけどそのせいでいつも使ってるリュックが背負えなくなっちゃって……もう、押し潰されてもがいてる姿が本当に可愛かったのよ」


 本来この菩提樹では、人工知能を搭載した配達人同士での手紙の受け渡しが推奨されているが、中には人工知能を有していない企業のDMを持った配達人がいたりもする。


 大半は普通の企業広告や商品の宣伝だったりするのだが、これの受け取りは各配達人達の主人の手によって決められ、受け取りを拒否する配達人達も少なくない。それというのも、たまに今回のように悪戯が仕掛けられていることがあるからだ。


 しかし中にはこの悪戯を楽しみにしていたり、取り敢えず受け取れるものは受け取ってしまう主人を持っていたりすると、配達人達はその命令に従うしかない。稀に自我が勝った配達人が受け取りを拒否したり職場を放棄することもあるが、一応罰則があるうえに、よほど悪質であると菩提樹の運営本社であるメトロノーム社から【鳩】が飛んでくるのだ。


 【鳩】には軽い警告の“白鳩”、やや重い警告の“黄鳩”、即日アカウント凍結の“赤鳩”がいる。水商売関連のDMなどであれば、二度で“黄鳩”が飛んでくるが、システムに影響するハッキングやなりすましの依頼などは、一度で“赤鳩”が飛んできて、その後二度とこの世界にはログインできなくなる……という話だ。


 ――とはいえ二人の知り合いである主人と配達人は、よくよくこの手のことに会うらしく、二人の反応もどこか慣れたものだった。


「子猫に……って、外装に影響が出ただけで済んだのか? 人格プログラムに欠損はなかったんだろうな?」 


「ええ、それはなかったみたいね。ただの面白半分のハッキングだったみたいで運が良かったわ。おまけにとっても可愛いし。せっかくだから今から一緒に見に行かない?」


 手紙を無事に受け渡せてご機嫌になったメルバが可愛らしくそう誘えば、苦い表情をしていたビアも若干表情を和らげてその誘いに頷く。


 それもそのはずで、この世界で一番ビジュアルの出来に力を注がれている獣人の配達人は、毛質の再現度が高く簡単に言えばモフモフで……とてもとても可愛らしいのだ。

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