(8)追憶
「昔も今も、友人だと思っているが?」
特に気負う事無く述べた春日に対し、陽菜は盛大に舌打ちした。
「そこで即答するのが、胡散臭くて仕方がないわね。少しは動揺したり、躊躇いなさいよ。可愛いげが無さ過ぎるわ」
「無理だな。三十過ぎの男に可愛いげを求めるな」
「そうね。一歩間違えるとストーカーの粘着質男に、そんなのを求める方が間違っているわね」
「随分な言われようだ」
あっさり切り捨てられて春日は苦笑したが、陽菜は容赦しなかった。
「だって玲が桐谷君と結婚する前から、あなたは彼女の事が好きだったじゃない。面には出さなかったけど、あなたか玲と親しかった人間にはバレバレだったわよ。桐谷君の手前微妙過ぎるし、玲自身が全く気がついていなかったから、誰も口に出さなかったけど」
「だから? 俺は別に違法行為はしていないし、誰にも迷惑をかけていない」
「そうね。おとなし過ぎるのよね。いつまで玲を一人にしておくつもり? 横からどこぞの馬の骨にかっさらわれても知らないわよ? 最近職場で、顧客に言い寄られたそうだし」
「……それは初耳だ」
少々意外そうに応じた春日に、どうやら多少は相手の意表を衝けたらしいと、陽菜が機嫌良く話を続ける。
「ところで、確認がすっかり後回しになったけど、どうせまだ独身だし、玲以外の決まった相手もいないんでしょう?」
「それこそ人の勝手だな。他人にどうこう言われる筋合いは無い」
「それなら結構。桐谷君が死んでから、何年経つと思ってるのよ。いい加減にそろそろ動いたら? 話はそれだけよ。邪魔したわね」
そこで陽菜はいきなり通話を終わらせたが、春日は怒り出したりはしなかった。
「本当に、相変わらずだな。言いたい事だけ言って問答無用で切るとは。彼女らしいが」
ひとりごちながら受話器を戻した春日は、何気なくリビングボードに飾ってある集合写真を眺めた。
「今思えば若造のくせに、随分と説教臭い事を言ったな」
そんな事を呟きながら、彼は七年程前のやり取りを思い返した。
※※※
「失敗したな……」
その時、友人の入院先に見舞いに出向いていた春日は、話が途切れたタイミングで真吾が何やら呟いたのを聞き逃し、怪訝な顔で尋ね返した。
「真吾? 今、何か言ったか?」
「失敗したな、と言ったんだ。こうなるのが分かっていれば、玲と結婚しなかったのに……」
自嘲気味に笑いながらそんな事を口にした相手を、春日は反射的に叱り飛ばした。
「お前! 佐倉と結婚した事を、後悔しているとでも言う気か!?」
「だってそうだろう? こんなに早く置いていく事になるなんて」
「ふざけるな! 最初から彼女を不幸にするつもりで、結婚したわけでは無いだろう! お前はこれまでの彼女との全てを、全否定するつもりか!?」
相手の怒りの程が分かったのか、真吾はすぐに神妙に俯きながら謝罪してくる。
「……そうだな。今のは、ちょっと口が滑った。聞かなかった事にしてくれるか?」
それを聞いた春日は表情を和らげ、溜め息を吐いてから静かに確認を入れる。
「俺は何も聞いていない。他の奴にも言っていないよな?」
「ああ、誰にも言っていない」
「それなら良い」
そして何事も無かったかのようにいつもの顔に戻った春日を見た真吾は、鬱屈した表情から一転して楽しそうに笑った。
「お前のそういう所、俺は好きだな」
「男に好かれても嬉しくは無い」
「正直な奴」
そっけなく言い返された真吾は失笑し、釣られて春日も笑い出して、その日は互いに笑顔で別れたのだった。