(13)予想外の話
「……何、これ?」
「一応、結婚指輪のつもりだ。佐倉の、左手薬指のサイズに合わせてある」
視線の先にある極小サイズのユニパックに入れられた代物について、この上なく大真面目に答えた相手に、玲は頭痛を覚えながら問いを重ねた。
「突っ込みどころが満載ね……。どうして私の指のサイズを知っているのかはひとまず置いておいて、付き合ってもいないのに婚約指輪をすっ飛ばして結婚指輪が出てくる理由を聞かせて欲しいわ」
「婚約指輪は、真吾が買った物があるだろう? また欲しいならついでにそれも贈るが」
平然とそんな事を言われてしまった玲は、溜め息を吐いて項垂れた。
「春日君って一見常識的なのに、時々ものすごく個性的な発想をするのは、以前から分かっていたつもりだったけどね……。それならどうしてそんな物が小型サイズのユニパック入りで、仕事帰りのスーツの内ポケットから出てくる理由を知りたいわ」
「毎日リングケースに入れて持ち歩くとかさ張るし、かと言って剥き出して持ち歩くと無くしそうで不安だったからだ」
玲はそこまで聞いて、不審そうに尋ねた。
「『毎日』って……。具体的には、どれ位持ち歩いていたのよ?」
「もう、五年位にはなるか? 我ながら、諦めの悪い事だ」
そう言って自嘲気味に笑った春日を見て、玲は唖然としながら無意識に呟く。
「……馬鹿なの?」
しかし彼はその正直な感想に気を悪くしたりせず、寧ろ同意するように頷く。
「ああ。十分、馬鹿の部類に入るな。三十過ぎで独り身だと、男だと男好きなのかとあらぬ疑いをかけられるのに、女だとそんな事が無いのが理不尽過ぎる」
そんな事を真顔で言われてしまった玲は、思わず「ぶふっ」と小さく噴き出してしまった。
「ごめん。笑うところでは無いわよね」
すぐに苦笑しながら弁解すると、春日は軽く肩を竦めてから話を続けた。
「じめじめしているよりは良いさ。ここでこんな風に仕事を辞めたら、お前は今まで仕事を続けてきた事だけではなく、真吾と結婚した事までこれからずっと後悔しかねない。そんな事になったら、真吾が不憫過ぎる」
春日の真顔での主張を聞いた玲は、僅かに驚いたように瞬きした。
「……それで? どうして五年位持っていたそれを、今、ここで、引っ張り出す気になったわけ?」
そもそもの疑問を口にした玲に、春日は何となく少し考え込む素振りを見せてから、神妙に語り出した。
「前々から、お前が真吾との事を良い想い出に変える事ができたら、プロポーズするつもりだった。だがこれまで色々、引きずっている感じだったからな。特に、真吾の母親との事とか」
「否定はしないけどね……」
「お前に真吾との結婚生活を否定させるつもりは無いし、忘れる為の逃げ道になるのも御免だ。だが言葉は悪いが、向こうの親と縁を切る決断ができたのは、ある程度割り切る事ができたと判断した。一つ聞くが、親とは上手く付き合えなかったが、真吾との結婚自体を後悔してはいないだろう?」
「ええ、勿論よ」
「それなら良い。これからもそう思えるように、今後はつまらない事でうじうじ悩まないように、俺が面倒をみてやる」
淡々と告げられた内容に、玲は呆れ果てながら文句を言った。
「何なのよ……、その変な自信は。それにいきなりこういう物を持ち出されて、『はい、貰います』と素直に受け取ると思うの?」
その問いかけに、春日は苦笑しながら即答する。
「無理だな。だが良い機会だから、貰ってくれ。付けるつもりが無ければ、捨ててくれて良い。俺が持っていても、お前以上に使い道がないからな。そういう事だから、俺は帰る。これで清算してくれ」
「ちょっと待ってよ!」
いつの間にか取り出していた財布から、春日は話の最中に抜き出した一万円札をカウンターに置き、さりげなく立ち上がって歩き出す。その為、玲は慌てて腕を伸ばし、彼の左腕を掴まえた。しかし困り顔の春日から、微妙に懇願する口調で言われてしまう。
「この場でこれを突っ返されるのは、お前が姑に罵倒される程度には、心が折れそうなんだよ。頼むから男の心情とかプライドとか、そこら辺を少しは察してくれ」
「…………」
そこで咄嗟に言い返せなかった玲は、渋面になりながらも春日の腕から手を放し、春日は「悪いな」と苦笑いしてから悠然と歩き去った。
「言い逃げしやがったわね……」
睨み付けるようにしてバーの出入口から出て行く春日を見送った玲は、脱力したように再びカウンターのスツールに座った。
「本当に、馬鹿みたい。何なのよ、付き合うのをすっ飛ばして結婚って……。しかも指輪を準備したのが五年前って、それ以前から私の事を好きだったとでも言うつもり?」
玲は目の前のユニパック入りの指輪を凝視しながらそんな自問自答をしたが、それに対する明確な答えは当然得られなかった。




