(9)区切り
前々から有休を入れていた日曜日の午前中、玲は真吾の故郷に足を運んだ。そしてこれまでに何回も出向いた桐谷家菩提寺の山門で、義理の姉である白瀬優奈にメールを送ると、数分後に自分と同様に黒一色の出で立ちの優奈が寺の中から現れる。
「すみません、優奈さん。そろそろ始まる時間なのに、わざわざここまで出て来て貰いまして」
開口一番深々と頭を下げた玲に、彼女は困惑しながら応じた。
「良いのよ、中にいたんだし。それより、法事が始まる前に二人だけで話しておきたい内容って何かしら? 終わってからでは駄目なの?」
この日は本堂で真吾の7回忌を行ってから、隣接する法要殿で会食をする予定になっており、その前に折り入って二人だけで話したい事があると連絡を貰っていた優奈が首を傾げながら問いかけると、玲はかなり躊躇いながらもショルダーバッグの中から不祝儀袋に入れた香典を差し出した。
「いえ、その……、それはそうなのですが……。今日はここで帰ろうかと思っておりまして、これを受け取って貰いたいのですが……」
まさかそんな話とは夢にも思っていなかった優奈は、動揺しながら玲とその手にある不祝儀袋を交互に見やった。
「玲さん!? ここまで来て、帰るってどうして!?」
「本当にすみません。会食の準備もありますし、事前に連絡しておくべきだと分かっていたのですが。そちらの分も含めて、香典を入れてありますので」
「それは良いのよ! 妻の玲さんを蔑ろにして、毎回色々こちらで勝手に進めてしまっていて気を悪くしたかしら?」
どこか申し訳なさそうにそんな事を言われた玲は、慌てて首を振りながら否定した。
「そんな事はありません! 真吾の位牌はご実家で管理されていますし、お墓もこちらで全て取り計らって貰って、とても感謝しています!」
「それならどうして?」
「その……。最近、これらがお義母さんから郵送されたものですから。迷ったのですが必要事項を記載の上、署名捺印しましたので、不祝儀袋と一緒にお義母さんにお渡しして貰えませんか?」
申し訳なさそうに、玲が続けてバッグから取り出した封筒を見た優奈は、慎重に確認を入れる。
「私が中を見ても構わないかしら?」
「はい、構いません」
そして取り敢えず封筒を受け取った優奈は、中から引っ張り出した用紙を広げて確認した途端、驚きで目を見開いた。
「え!? ちょっと、これって!?」
「…………」
狼狽しながら手にしている用紙と、無言のまま俯いている玲を交互に見てから、優奈は疲れたように溜め息を吐いた。そして用紙を元通り封筒にしまってから、落ち着き払った声で話しかける。
「……分かったわ、玲さん。郵送でも良かったのに、わざわざ足を運んで貰って悪かったわね。それからこれは……、母が勝手に出すとかできないのじゃない?」
「はい。どのみち私自身が提出しなければいけませんが、お義母さんから送られた物なので、一応お見せして確認して貰おうと思いまして。そうしないと、何回も送られて来そうでしたから」
「それなら母には私から、今日の法要を欠席する事に加えて、そう伝えるわ。安心して頂戴」
「はい、優奈さんには何から何までご面倒をおかけして、申し訳ありませんでした」
改めて玲は深々と頭を下げたが、これまでの法要の度に自分の母が目の前の義妹に難癖をつけていびり倒していたのを目の当たりにしていた優奈は、本心から玲に同情しながら優しく声をかけた。
「良いのよ。これまで毎回、母のせいで居心地の悪いを思いをさせて、本当に申し訳なかったわ。義理の姉妹の関係が解消しても、気が向いたら近況くらいは知らせてくれるかしら?ちょっとした知り合いの、お姉さん位の感覚でね。やっぱり玲さんの事が心配だし」
これまで何かと庇ってくれた義姉の好意を嬉しく思いつつ、同様に労ってくれた義父にきちんと挨拶できなかった事を心苦しく思いながら、玲は三度頭を下げた。
「ありがとうございます。何かの折りにはお知らせします。今まで本当に、ありがとうございました」
「お墓には行くのよね? 気を付けて帰ってね」
「はい、失礼します」
片手に仏花を抱えてきた義妹に優奈は頷きながら言葉を返し、玲が表情を和らげつつ寺の敷地内にある墓地に向かうのを見送ってから、本堂に戻って行った。