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双葉 千奈(ふたば ちな)

「ったり」


 勉強なんて意味のないものに一日の大半が奪われるぐらいなら、そんなものに縛られずに楽しい事をただひたすらしていたい。だから授業を抜け出して、友達と遊んだり、男と遊んだり、毎日毎日騒ぎまくって、腹抱えて転がり回って。

 そんな毎日がひたすらに楽しかったのに、受験と卒業という言葉が三年になっていよいよリアルになってきた瞬間に、皆今まで目を背けてきた罪に向き合うかのように、机に向かってカリカリとペンを走らせた。



 ――くっだらな。

 

 楽しい日々を奪っていく受験だなんてもの、なくなっちまえばいいのに。


「それがお前の筋なら、それでいいんじゃねえか」


 斗真はどうでも良さそうにファミレスでジュースをすする。

 彼氏、なんだろうな。一応。

 斗真は私の事を彼女だと周りに宣言しているようだし。でも斗真が私を彼女に置きながら他の女の子と遊び散らしている事も私は知っているし、私がそれを知っている事を斗真も知っている。斗真はそんな“理解ある彼女”が出来る私だからこそ、私を彼女に置いているのだろう。

 理解じゃない。それが楽しいならそれでいいと思う。単純に価値観が近しい部分があるだけだ。でも斗真は私より現実に縛られている。自分の力量に収まっている。それが、ひどくおもしろくないなと感じる事は多い。


 ぶらぶらと夜を歩く。最近夜の散歩が増えた。こんな時間に夜の街を歩くといらぬ蠅がたかってくる。それは鬱陶しくもあるが、どこかで現実というつまらないものに引っ張られていく周囲から離れていく私にとっての、別の居場所の可能性を感じさせてくれる瞬間でもあった。


「お」


 そんな夜を歩いていると、公園のベンチに座る木崎の姿を見つけた。


「何してんの?」


 私は遠慮の欠片も見せずに木崎の横にどかっと座る。そんな私の態度に動揺する事もなく、木崎は私の方を見た。


「何もする事なくて」

「そ。近いね、私と」

「そんな事ないでしょ。受験とか、いろいろ」

「するタイプに見える?」

「見えない」

「はっきり言うようになったね」

「今は言えるよ」

「そ」


 自分で言うのもなんだが、派手でいかにも夜遊びしそうな自分と、およそ非行とは無縁な純朴真面目少年の模範生のような木崎とこうして二人で並んでいると違和感が凄まじい。


「正直さ、どうなの?」

「どうって?」

「今のあんた」

「わからない。ほんとに」

「そんなもんか」

「逆に教えて欲しいぐらいだよ」

「私は知らないよ。私だってびっくりしたんだから。ってか斗真に聞けば?」

「聞いたよ。でも詳しい事は誰にも分からない」

「そっか。まいったね」

「他人事だなあ」

「他人事だもん」

「変わらないよね、そういうとこ」

「楽しい事しかしないから。それ以外は興味なし」

「清々しいね」

「でしょ?」

「褒めてはないよ」

「うっそー!?」


 木崎が少し笑った。そんな事今まで一度もなかった。木崎の気持ちなんて分からないし考えようともしてなかったけど、今この場にいる気分は、悪い物ではなかった。


「ねえ、やりたい事とかないの?」

「ないかな、特には」

「してないよ。純粋に。今だからこそ、みたいな」

「いや、ないね」

「木崎ってさ、童貞?」


 木崎が私の方を見た。無表情だが、答えははっきりと出ていて私は噴き出した。


「だよね」

「悪い?」

「悪くないし、馬鹿にもしてない」

「間に合わなかったからね」

「間に合うかもって言ったら?」

「どういうこと?」

「いいよ、私別に」


 今の木崎は悪くない。言葉に嘘はなかった。たまには童貞とするのも楽しいかなって。それ以上に、多分こんな機会は今後一生ないだろうからという気持ちと。


「何もやる事ないし、別にいいよ」


 木崎の顔に羞恥の感情は見られない。前までならきょどってあたふたして、まさに満点の童貞ボーイの振舞いを見せてくれたかもしれないが、今の木崎にそんな素振りは一切ない。それが少しつまらなく感じたけど、木崎はもうベンチから立ち上がっていた。


「やる気満々じゃん」

「どうせこの世界で何をしたって、何も残らない気がするし」


 木崎の言葉を、これは退廃的?って言えば良いのだろうか。

 絶望、に近い響き。私はこの世界にいる。木崎も。

 私と木崎には、絶対的な距離と違いがある。そう思っていた。

 けど、そうでもないのかもしれない。

 私がこの世界でした事は、ちゃんとこの世界に残るのだろうか。


「そだね」


 木崎の手を握った。びっくりするぐらい冷たかった。


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