井関斗真 二
「ねえ、トーマス」
「おい、そのあだ名やめろ。嫌いなんだよそれ」
「なんでよーかわいいじゃん」
「うるせえ。次その名前で呼んだら別れるぞ」
「やだ! じゃあ言わない! 絶対言わない!」
とか言いながらこの女、これまでに三度もトーマス呼ばわりしてくれてやがる。だから俺の言葉は今回ばかりは脅してはなく本気だった。
「とーま君みたいな彼氏、きっとこの先絶対出来ないもん。だから別れるなんて絶対やだ」
そう言いながらベッドの上で裸のままの加菜実は俺の腕に絡みつく。
「それもやめろ。終わった後はそんな気分になれねえって何度も教えたろ」
言いながら俺は加菜実の腕を払い、風呂場へと歩き。後ろでふくれっ面をしている加菜実の顔が浮かぶ。どうせそんな自分もかわいいとか思ってるんだろうが、さすがにこいつにも飽きてきた。
――そろそろ捨て頃だな。
言っている間に卒業だ。大学が決まった頃には消えてもらうつもりだ。もちろん加菜実はそんな事知る由もないだろう。もう一つ言えば、自分が俺にとって唯一無二の存在であると思い上がっているだろうが、俺が付き合っている女はお前一人じゃない。こんな女一人に時間を捧げるなんて馬鹿げている。世の中には俺もまだ見たことないような女がまだまだいるんだ。こいつは俺の中の歴史の一人に過ぎない。そこに刻まれただけでも感謝してもらいたいぐらいだ。
――つまんねえ女。
街をぶらついてたまたま見つけた他校の加菜実は声をかけると目をキラキラさせていとも簡単についてきた。その時加菜実の他にも周りに二、三人女はいたが、その中では加菜実が一番マシだった。顔はイマイチだが、スタイルはなかなか見どころがあった。
初めて同じベッドに入った時は正直アタリを引いた気分だった。ベッドでは申し分のない女だったが、やはりというかこういう簡単な女特有の依存性みたいなものが面倒で俺をよくイライラさせた。
どうして女ってのは、こう面倒くさいんだろうか。
『サッカー続けましょうよ! 絶対いけますって俺達!』
受験を控え、いよいよ自分達の進路に向き合う場面を迎えた時、俺は冷静に自分の目指す大学に向けての準備にさっさと本腰を入れ始めた。俺と同じく進学の道を目指す者達もいたが、そんな中でまだ夢見る間抜けピーターパンは少なくなかった。
あまりにしつこいメンバーに対して、俺はただ冷ややかな目線を浴びせ、部活では見せた事のなかった冷酷な声音で「てめぇのしょうもない夢に巻き込むな」と言ってやったら、突然別れを切り出された女みたいに何も言えず呆然とした顔を見せた。サッカーなんてあくまで女にモテる為の道具に過ぎない。大学に入ってまで続ける気はまるでなかった。
自分のレベルをわきまえない人間に構っている時間なんてない。
――あーだりぃ。
イライラする。ムシャクシャする。
俺はスマホを取り出し、LINEの画面を開く。
『暇か?』
手慣れた動作でいつものようにメッセージを送る。
『うん』
ほどなくして返事が来る。
『遊ぼうぜ』
『分かった』
息抜きってのはどんな人間にも必要だ。やりたいようにやっていても、くだらない事でストレスがたまる。
持つべきものは、信頼出来る友達だ。