僕 1/25
教室の席に座る。静かな教室。
僕は確か、ここに来るのが嫌だった。ここに来ると嫌な思いをするから。
苦痛。牢獄。地獄。嫌な単語ばかり頭に浮かぶ。
でも別に今はどうとも思わない。どうとも思えない。
自分の選んだ答えに後悔もないが納得もない。
あの夜、老紳士に見せられたもの。
僕がイジメられた日々の映像。イジメを苦に死を選ぶ瞬間。
大きく心が動く事はもうなかった。
それは僕が不完全な状態だからだ。
不完全に蘇らされてしまったからだ。
でもその事に特に怒りも覚えない。
『すまない』
老紳士は深々と頭を下げた。
老紳士はこの世とは別の存在だと言う。所謂、”あの世”の存在。
あの世の中にもいろんな存在がある。そこで、僕をイジメたあいつらのような思慮のない存在が、悪戯にこの世に干渉した。そして事もあろうに、僕をイジメていた主犯格の人間に声をかけ、挙句僕を生き返らせた。
結果、彼らの心配の種は払拭された。木崎昇を殺してしまったという罪を。
しかし、僕の蘇りは老紳士から言わせると”杜撰かつ未熟で愚かで冒涜的”だと言う。
一人の死んだはずの人間が蘇るというのは、単純に命を戻すだけの作業ではない。
死ぬという事は消滅ではない。生きていた痕跡は必ず残る。死んだという痕跡は必ず残る。
絶対的に覆るはずのない死という痕跡を無理矢理戻すという事は、全ての辻褄を正確に完璧に戻す必要がある。
乱暴に時間そのものを戻す、僕がまだ生きていた頃に戻すならば、矛盾なく全てを元に戻せるが、そんな事は彼らにも出来ないという。
つまり何が起きたか。
僕は生き返った。ただし、峰山高校3-3組限定の命として。
僕の存在は3-3組のクラスメイトにしか見えない。
そして彼らは僕が死んだという事実を記憶したまま、僕の存在を認識した。
しかしそれ以外の人間は、木崎昇という存在そのものすら記憶しておらず、認識する事も出来ない。
半身人間、半身幽霊状態。
僕の蘇りは、とんでもなく歪で不完全なものだった。
『だが我々よりも、君の周りの方がよっぽど鬼畜だな』
それだけでも酷い話なのだろう。
しかしあろう事か、生き返った僕を、彼らはまたイジメようとしたのだ。そしてイジメに加担しなかった者も、前回同様見ているだけで助けようともしない者がほとんどだった。
ただ幸い、もう一つ僕の不完全な点があった。それが感情だ。
僕はもう、イジメられても何も感じなくなっていた。
喜びも、悲しみ、苦しみも、何もほとんど感じる事がなくなっていた。それは僕自身が感情を封じ込めた影響からだと言う。絶望の淵で、感情さえなければと自分自身を呪った結果が招いたものだという。
惨い。惨い、のだろう。それすら、今の僕にはピンと来ない。
全てを知り、僕は答えを出した。
3-3組。クラスメイト、元25名。
『承知した。君に幸があらん事を、心より祈る』
ガラガラっと扉が開いた。
担任の宮野が入ってきた。宮野が驚愕の顔を浮かべる。
僕の答え。
僕の存在を、感情はそのままに完全に戻す事。
僕のイジメに関与した者の排除。
その上で、世界の辻褄を合わせる事。
「木崎、これは――」
宮野が僕だけを見る。
宮野は排除対象外にした。もとより期待もしていなかったし、彼は全てを見ていない。見過ごしたわけでもない。彼に罪はない。でも、それ以外は別だ。ずっと同じ空間にいて、いろんな僕を見てきた
感情をそのままにしたのは、何が起きても動じない精神でいたかったから。
生きるなら、またどこかで悪意に晒されるかもしれない。それは記憶の限り、恐らく辛い事のはずだ。だからこの自分自身への呪いはそのままにした。
3-3組。クラスメイト、現1名。
このクラスからの唯一の卒業生。
自分が出した答えに、納得も後悔もない。
それでも生きる事を選んだのは、一体何故だろう。
「他の皆は、死にました」
その意味は、生き続ければ分かるのかもしれない。




