井関斗真(いせきとうま)一
「パス回せー! パスー!」
グラウンドを全力で駆ける。追うのは一つの球体。黒と白斑の球体を、何人もの人間が全力で奪い合う。
くっと笑いが込み上げる。ダメだ笑える。小学校からずっとサッカーを続けてるっていうのに、年月を重ねるごとにその滑稽さがおかしくして仕方がなくなる。
「いけー、斗真!」
同じクラスメイトでもある土師の蹴ったボールが俺に向かって蹴り上げられる。
俺の走る勢いに合わせて転がされるボールは、速度、向き共に問題なし。自分でゴールを決めるタイプではないが、徹底的にアシストにパラメーターを振り切っている土師の周囲への観察眼とボールコントロールは、俺からしても匠とも言える領域に達している。
「おらよ!」
俺は導かれるままに土師から受け継いだボールを、そのまま相手ゴールに向かって思いっきり蹴り放つ。俺の動きを見切り阻止しようとするゴールキーパーの動きを更に見切った俺のボールは弧を描き、キーパーが予測した動きと逆側のゴールポストへと吸い込まれていく。
やられた、と悔しがるゴールキーパーの顔も俺は見逃さない。
見事にボールは誰にも邪魔されることなく、ゴールの網に絡み取られる。
「よっしゃー!」
ゴールを決めた俺のもとにチームメンバーが群がり俺をくしゃくしゃにする。
「はっは! はーはっはっはっは!」
俺は高らかに笑いあげる。だがそれはゴールへの喜びではない。ゴールを決められた瞬間のあのキーパーの顔。
たかが球。ただ球が止めれなかっただけで、人生の何か大事なものを失ったような絶望に崩れる表情。それがただ、たまらなく面白くて腹が痛いほど笑っているだけだ。
――くっだらねえ。
全国大会、果てはプロと夢を語る部員達の声もある。実際、俺達のチームは決して弱くはない。だが、どんな奇跡が起きようとも、まさかしてプロにまで繋がる道なんてものはあり得ない。それでもそんな叶うはずもない夢をまだ見ている者もいる。
――目ぇ覚ませよ。無理に決まってんだろ。
自分達の実力を見誤る事ほど愚かな物はない。夢に向かって走る姿は素敵なものかもしれない。輝いているかもしれない。でも、それは実際夢に向かっているわけじゃない。夢に向かおうとしている自分に酔っているだけだ。それに気付いた瞬間、その行いがどれだけ惨めで愚かしい事かなどすぐに分かる。
勇敢と無茶は別物だ。でもそれが分からない馬鹿が意外に多い。
俺はそういう熱さみたいなものをほとばしらせるものが、とにかく嫌いだった。
「さ、終わろうぜ」
そんな夢見がちなやつらにとって、俺のようなキャプテンの下にいるという事が、果たして幸か不幸か。
――あー、セックスしてえ。
球より女の方が、百億倍追う価値あるわ。