江波 千草 二
本の世界に浸る人生の中で、唯一家族以外にまともに交わりを持ったのが木崎君だった。まともと言っても、話題はやはり本中心なのだが、それでも学校で誰かと事務的な事以外で会話する人物は他にいなかった。
初めて彼と喋るきっかけになったのも、今と全く同じシチュエーションだった。その時も私に本を譲ってくれた。
『いつも何読んでるの?』
本ばかり読んでいる私にとって、それはありふれた質問の一つだった。いつもなら適当に答える問いにその時の私は自然と自分の好きな作家と本の名を口にしていた。
すると「僕も何冊か読んだ事あるよ」とさらさらといくつかの作品名を挙げた。そのどれもが私の好きな作品だった。心がふわっと浮くような心地よさが身体を巡った。それは父と本の話をしている時も、母と他愛もない会話をして笑っている時とも違う感覚だった。
木崎君。
同じクラスなのに、今まで一言も喋ったことはなかった。こうやって喋るまではただのクラスメイトの一人で歯牙にもかけない存在だった。関わる事なく卒業していくんだろうと思っていた。
けど気付けば私は、図書館で会う度に彼と言葉を交わすようになっていった。本を読む時間もあるから必要以上にダラダラと話すことはなかった。それでも今までの私からすると考えられない時間だった。
彼と話す一時の時間はすっかり自分の生活の中に沁み込んでいった。
不思議な感覚だった。他の人と話す時に関する煩わしさが、何故だか彼には全く感じない。相性という言葉を聞くが、これがそうなのだろうか。いや、さすがにそれは思い上がりか。彼にとっては自分などただの一人のクラスメイトに過ぎない。
特別と言ってしまえば恋人や片思いに近しい響きに感じてしまって、そういうものとはまた別ではないか半分本心、半分言い聞かせるような気持ちで彼との関わりは続いた。
あの夏を越えても。
「ねえ、木崎君」
季節は冬に差し掛かる。受験本番はもう間近だ。図書室にいる木崎君は、今日も変わらない。
――木崎君は、これからどうするの?
ずっと口にしたい質問。ずっと聞けなかった質問。そしてやっぱり聞けない質問。
それは私だけじゃなくて、皆も同じではないだろうか。実際に直接聞いた者もいるかもしれないが。
「ん?」
でも、やっぱり聞けなかった。
「木崎君の、一番のオススメの本って何?」
口から出たのはまるで違う言葉。でもきっとそれでいいのだと思う。口にしてはいけないものだと、私は思う。
だってきっとそんな事、木崎君だって分からないだろうから。
木崎君にとってそれは、一番残酷な質問だろうから。




