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第六話 国王陛下の招き

 王宮からの使者を名乗る男がやってきたのは、俺達が丘を下り、厩舎から馬をだして帰り支度をしている時だった。


 いわく、

「国王陛下は勇者殿と親しくお言葉を交わしたいと仰せです。

 つきましては昼食にお招きするので、王宮までお戻りいただきたい」

 とのことだった。招かれたのは俺だけだ。


 振り返り、丘の上を仰ぐ。

 急斜面のはるか上に難攻不落の要塞が鎮座していた。

 お誘いはありがたいけれど、丘を降りる前にお誘い願いたかった。

 勇者の強化された身体とはいえ、面倒なものはやはり面倒なのだ。


 俺の表情を察してか、使者が言った。


「あちらに、物資運搬用の昇降機がございます。

 もしよろしければ、そちらをご利用ください」


 素敵な提案だった。

 そんなものがあるなら最初から使わせてほしいものだ。

 俺は使者に頷き、その案内に従って歩き出した。


 それは城の裏手、断崖絶壁に設置されていた。

 その上に建つ倉庫と思われる石造りの建物から木製の大きな構造がこちらの頭上に危なっかしく張り出していた。

 そこから太い鎖が4本、これまた危なっかしく垂れ下がっていた。

 その鎖は、荷車が一台まるごと乗せられそうな大きな筏の四隅につなげられている。


「こちらが昇降機になります」


 案内係となった使者が言った。もう一度崖の上を見上げてみる。

 たしか、清水の舞台を見上げた時にあれぐらいの高さだったな。

 強めの風が吹くたびに鎖の間を抜けてピーピーと悲鳴のような音を上げ、目の前の筏がギーギーと鈍く軋んだ。

 もしかして、歩いて登ったほうがましだったんじゃなかろうか。

 勇者にふさわしい振る舞いを、というのが国王陛下からの要望だったが、あれはどこまで適用されるんだ?


「どうぞご安心ください。毎日荷物を満載した荷車を運び上げておりますから、人一人が乗ったところでどうということはありません」


 使者はそういって、俺に筏に乗るように促した。

 そう、人一人、である。


「上につきましたら、別な者が控えておりますので、その者の案内に従ってください」


 俺が筏に乗り込むと、使者はそういった。

 事前に人を配置しているとは何とも手回しがいい。

 安全と言いながら、自身が乗り込む気は最初からなかったらしい。


 万が一のために、と渡されたロープで筏と俺をしっかり結びつけたのを確認すると、使者は備え付けられていた鐘をカンカンと叩いた。

 少し間を開けて頭上から同じように鐘の音が響き、ガラガラと鎖を巻き取り始める音が聞こえてきた。

 同時に筏は軋みながらゆっくりと昇り始める。

 速度に微妙な緩急があるのは、おそらく人力で巻き上げているせいだろう。

 なんだか悪いことをしたかもしれない。


 風が吹くたびに不気味なきしみを上げながら筏は大きく揺れ動いた。

 何も掴まらずにバランスを取り続けるのは不可能だった。体を支えるのは不安定な鎖だけ。

 だが、その鎖は筏の隅に結ばれている。

 必然的に、俺の体も筏の隅に位置することになる。

 そこは地上を見下ろす特等席だ。

 使者はしばらくの間、地面から遠ざかっていく俺を見上げていたが、半ばまで昇った辺りで俺に一礼し、背を向けて歩き去っていった。


 昇りついた先は予想通り食糧庫だった。

 待ち受けていた小姓に従い倉庫の奥にある階段を上る。

 倉庫の上階は厨房で、竃の熱気の中、料理人や給仕が怒号を上げながら忙しく立ち回っていた。

 その間を邪魔にならないように通り抜けると、今度は薄暗い廊下に出た。

 廊下を挟んで反対側にいくつか設けられている扉は、どれも先程〈奏上の儀〉があった大広間に通じているらしい。

 給仕たちが出入りするたびに大勢の賑やかな声が扉から漏れてくる。

 小姓によると、先ほど集まっていた貴族たちに食事がふるまわれているのだそうだ。


 廊下のさらに奥にある階段から二階分上のフロアへ上がった。

 ここが、王とその家族のためのフロアだと小姓が説明する。

 いくつかの部屋に仕切られていたが、衛兵が配置されているのはそのうちの一部屋だけだった。

 その部屋の前に立ち、小姓が大声で告げる。


「国王陛下!勇者様をお連れいたしました!」


 音もなく扉が開いた。

 この部屋は他の部屋に比べてずっと明るかった。窓が大きくとられているせいだろう。

 部屋の左手には暖炉があり、少年王はその傍らに二人の衛兵を従えてたたずんでいた。

 そのさらに後ろには老人。


「よくぞ参った。こちらの椅子に掛けられよ」


 そういって国王陛下は暖炉の前の椅子を俺に勧めた。

 言葉づかいこそ王としてのものだが、口調は大広間でみた時と比べて随分と柔らかく、穏やかなものに変わっていた。

 こちらの方が素顔に近そうな印象を受けた。

 俺が椅子に座ると、彼はいたずらっぽくたずねた。


「さて、昇降機の乗り心地はいかがでしたかな?」


「勇者としていくつもの異世界で戦いに身を投じてまいりましたが、その中でも屈指の恐ろしい体験でした。

 もう二度と御免こうむりたいところです」


 大変楽しかった! 等と勇者らしく見栄を張ろうかとも思ったのだが、誤解されて何度も載せられるのはたまらないので正直に答えた。

 この答えは彼のお気に召したらしく、少し笑顔が浮かんだ。


「ははは、勇者といえどもあれは恐ろしいか」


 それから彼は寂しげな表情で続ける。


「申し訳ないことをした。

 たとえ勇者殿とはいえ、余の私室に招くとなると口うるさく申す者が大勢いてな。

 こうして人目を避けておいで願わざるをえなかったのだ」


 なるほど。

 それであんな勝手口みたいなルートを通ってきたのか。

 あの使者、うまく俺を誘導したな。大したものだ。


「お察しいたします。ところで、本日のはいかなるご用件でしょうか?」


 どうせ元帥就任についての件だろう。

 もしそうなら、俺はこの場で断るつもりだった。

 大勢の人間をまとめ上げるには、俺はこの世界の情勢について無知すぎるからだ。

 そうでなくとも、俺には人をまとめる資質がない。


 だが、彼の答えはそれとは違っていた。


「姉上の話を聞きたいのだ」

「それでしたら、既に奏上した通り……」

「そういう意味ではない。

 そなたは、姉上と一番最後に言葉を交わした人物だ。

 そなたの話を聞きながら姉上を偲びたいと思ってな。

 そなたであれば、余がまだ知らない姉上を見出しておるかもしれぬ」


 そういう意味か。

 俺は政治的な無理難題を押し付けられるのではないかと身構えていた己を恥じた。

 目の前のこの男は、王であると同時に、最後の肉親を失ったばかりの少年でもあるのだ。

 少しでも故人の記憶をかき集め、その存在を感じたいという気持ちはよくわかる。


 食事が運び込まれると、陛下自らが肉を切り分けて俺の皿にのせてくれた。

 俺はそれを食べながらリアナ姫について思い出せる限りの話を聞かせた。


「姉上と剣の手合わせはしたか?」

「はい、私が呼び出された次の日に申し込まれました」

「どちらが勝った?」

「無論、私でした」


 俺はその時の様子を詳しく話した。

 幾合か打ち合った後、本気を出せと叱られたので次の一撃で仕留めだったのだった。

 王は目を丸くしていった。


「姉上に勝ったのか!大したものだ」

「我が剣は、剣聖オーウェン直伝ですから」

「誰だそれは」

「最初に救った異世界での師です」


 剣の腕を褒められたら、俺は必ずこの名を出すことにしている。

 異世界までその名が轟くとあれば、あの目立ちたがりにはいい供養になるだろう。


「なるほど。しかし、姉上はしつこかったろう」

「えぇ、その日は日が暮れるまで打ち合いました」

「ははは、姉上は負けん気が強いからな」


 話は思いのほか弾んだ。ごく短い付き合いだったにもかかわらず、彼女について語れば不思議と話題が尽きなかった。

 それだけ魅力的な人物だったんだろう。惜しい人物を亡くしたと、改めて思い知らされた。

 時間はたちまち過ぎ、とうとう話はあの会戦まで進んだ。


 王はそこで話を遮って言った。


「そこまででよい。後はもう聞いておる」


 穏やかだが、愁いを含んだ声だった。

 そのまま少しの間うなだれていたが、やがて振り返り、衛兵たちにいった。


「……この者と二人だけで話がしたい」


 衛兵たちは何も言わず扉の向こうへ消えていった。

 部屋には、俺と、王と、老人だけが残った。


 奇妙な老人だった。

 禿げた頭に大きな鷲鼻、それから鋭い目。

 王の側近にふさわしい見るからに高価な服をまとってはいるが、どういうわけかまるで似合っていなかった。

 何をするでもなく、ただ王の背後に気配もなく立っていて、退出の指示にも従う様子もない。


 一体何者だろうか?もしかして、俺にしか見えないとかそういうあれだろうか?

 王が俺の視線に気が付いたらしく、振り返りながら言った。


「アレのことは気にしなくていい。ああ見えて忠義者なのだ」


 王の言葉に反応し、老人が少しだけこちらに頭を下げる。

 俺もつられて下げた。どうやら、生身の人間ではあるらしい。

 王はこちらに視線を戻しながらつぶやいた。


「姉上は、余が殺したようなものだ」

「それはどういった意味でしょうか?」

「余は子供のころから病弱でな。

 馬に乗って半日出かけるだけで翌日は寝込む有様だった。

 片や姉上はあのご気性だ。

 性別が逆であればよかったのにと何度陰口を叩かれたかわからん。

 自然、軍を率いることができぬ余の代わりに、姉上がその役割を担う流れとなっていった。

 余が丈夫に生まれついていさえすれば……」


 そこで王の言葉が途切れた。

 病弱に生まれついたのは本人の責任じゃない。

 彼が自分を責めなくてはならないことなんて、一つもないのだ。

 だが、それを言ったところで何の慰めにもならないだろう。俺は彼にかける言葉を見つけられずにいた。


「……姉上はあの気性だ。いつかこういう日が来ると覚悟はしておった」

「最後まで人類の未来を案じておられました。立派な最期でした」

「そういってもらえるとありがたい。

 だが、本音を言えば、余はそれよりも姉上に生きて帰ってきて欲しかった。

 もう、余には頼れるものが誰もおらん」


 そういって彼は顔を伏せた。細い肩が震えていた。


「そんなことはありません、陛下。私が力になります。何なりとお命じください」


 俺は立ち上がると、少年の肩に手を置いていった。

 言わずにはおれなかった。

 彼は顔を上げ、微かに充血した目でこちらを見上げてきた。


「本当か?どうしてそこまでしてくれるのだ」

「亡き殿下に陛下の力になると、お誓いいたしました。死者への誓いはどの世界でも特に神聖です」

「……そうか。では頼りにさせてもらうぞ」


 王の顔に微かに笑顔が浮かぶ。

 よかった。


「早速だが、勇者殿には元帥を引き受けてもらいたい」


 俺はむせた。


「どうした、勇者殿」

「は、はい、突然のことで、驚いてしまいまして……」


「リーゲルから、カダーンの丘がいかなる土地か聞いておらなんだか?」

「聞きました」


「ならば驚くことも無かろう。引き受けてくれるな?」

「陛下の為とあれば、この剣の及ぶ限りいかなる敵をも切り伏せて見せましょう。しかし、元帥は私に向きません」


「なぜだ」

「私のようなよそ者の下知に大貴族たちが従うとは思えません。

 そのような重要な職務は、この世界に十分な基盤を持つものにお任せになるのがよいかと」


「ガリルのような奴にか?」


 ガリル?誰だろうか?あの羆男のことかしら?


「確かにアイツは義理堅く人を裏切らん。だが、それだけに奴は様々なしがらみでがんじがらめだ」

「ではリーゲル殿などは……」


「リーゲル爺はだめだ。あれは政治的には無能だ。気軽に敵を作りすぎる」


 王は大きなため息をついた。

「多くの家が先の戦で当主や後継ぎを失った。

 状況はきわめて不安定だ。

 今、しがらみにとらわれた人間を、この世界の人間を元帥の地位に置くことはできない。

 必ずその力はそいつを縛るしがらみに従い人間に向けて振るわれる。

 かといって地位を空白にしておくこともできない。

 余が成人するまでの二年――いや、状況が安定するまでのわずかな間だけでもいい!

 どうか、引き受けてくれ!」


 必死の形相だった。脳裏にリアナ姫の最後のセリフがかすめた。


 『それから、弟のことも』


 どうやら、断れそうにない。


「謹んで引き受けさせていただきます」

「そうか!」


 陛下の顔がぱっと輝いた。

 俺は元帥になった。


次回は6/27を予定しています

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