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都庁感嘆

 伊刈のチームはくるみ興業の立入検査を実施した。警視庁から都庁の産業廃棄物課に出向している門前警部と都庁プロパーの妙地指導係長の二人が立ち会ってくれることになった。くるみ興業は首都高の世田谷インターを降りてすぐの胡桃公園と目と鼻の先だった。

 「班長ここは」長嶋が眉をひそめた。

 「うん、以前布袋産業の調査で来たよね」

 「班長は写真撮ってましたね」

 「そうだったかもしれない。なんとなく胡散臭い気がしたのかな」

 くるみ興業の積替保管場は驚くほど狭くダンプ五十台も入れたら満杯になりそうな規模だった。産廃はそれほど高くは積み上げられておらず、重機で踏み潰しもしないで入るそばからそのままどこかに持ち出していた。

 「喜多さんどう思う」

 「意外ときれいなんじゃないですか」伊刈に不意をつかれた喜多が曖昧に答えた。

 「そういうことじゃなく会計的にだよ。帳簿を見る前に帳簿を予想するのも大事だと思うよ」査察の教習にでも来たような口ぶりだった。

 「それならそうですね、在庫回転率が高そうじゃないですか」

 「たぶん正解かな。それじゃ資産はどう」

 「建屋は平屋のプレハブだけですね。事務員は見た感じ二人しかいない。重機も小さいし資産らしい資産は土地だけです。自社所有ならですけど」喜多も税務の査察に来たつもりで答えた。

 「つまりどういうこと」

 「資産が軽いってことは固定費が小さく変動費が大きい。つまり損益分岐点が低いってこと、小回りが利くってことですね」

 「事業規模はどれくらいだと思う」

 「見た感じは二億円くらいです。目一杯回して五億円です」

 「いいね。もう明日から税理士でも査察官にもなれるよ」

 「おだてないでください。最近勉強してなくて親父にどやされっぱなしなんです。受験は一年先送りですよ」

 「試験なんてどうでもいい。大事なのは経験だよ」

 「資格あっての経験ですけど」喜多も負けずに言い返した。

 「ごくろうさまです」新津が出てきたのを見て伊刈は喜多との問答を切り上げた。

 「ああ新津さん今日はよろしく」

 「こんなちっちゃな会社で驚かれたでしょう。ほんとにお手柔らかに願いますよ。都の方もご一緒ですか」新津は都の妙地係長を見て顔色を変えた。

 「地元の自治体に立会いをお願いするのがルールですから」いつもは無視しているルールを伊刈があえて持ち出すのを聞いて喜多は笑いを堪えた。

 「立ち話もなんですから事務所でお茶でもどうぞ」

 「その前に保管場の大きさを測らせてください」

 「それでしたら表に容量を書いた許可の看板があります。保管量は守っていますよ」都の係長を見ながら新津が強気に言った。

 「すぐに済みますから」

 遠鐘が車から巻尺を持ってきて廃棄物が置かれている部分の大きさを実測した。「間口二十メートル、奥行き十メートル、高さ五メートル、ちょうど千立方メートルです。許可の容量は四百五十立方メートルなので二倍積んでいます。オーバーフローしているようには見えませんでしたけど意外と入っているようです」

 「なるほどわかった。二倍ならまあまあか。周辺が住宅地なんで積み方を加減しているみたいだな」そう言いながら伊刈が先頭になって事務所に入った。

 くるみ興業のプレハブの事務室は十畳ほどの大きさで間仕切りはなく社長のデスクも社員の机と向かい合わせだった。小さな応接に折りたたみの椅子を加えても検査員四人と都庁の二人が座ると新津のいる席がなかった。

 「書類検査をしたいんですが部屋はここだけですか」

 「悪いねえ、事務所を建てる土地も金もないもんだからね、こんなところだけど我慢してよ」

 「帳簿がわかる方に立ち会っていただけますか。社長は結果が出るまで外で待っていてくださってもかまいません」

 「俺も立ち会うよ。何から見せればいいんだい」

 「最初に決算書を見せてください」

 「ほう決算書ねえ」

 最初からそう言われるとたいていの社長は驚く。契約書とマニフェスト、施設の検査記録と運転記録しか検査しないのが通例だからである。しかし都が同席している手前もあって新津は決算書を出すように中年の女性事務員に指示した。

 「これでいいでしょうか」事務員が確定申告の綴りをそのまま示すのを見て伊刈はこの会社は案外無防備だと感じた。

 「喜多さんチェックお願いします」伊刈は確定申告書を受け取ると喜多にわざと丸投げした。

 「社長はっきり申し上げて悪いですが、やっぱりここは外してもらえますか」

 「そうかい、じゃあ外を片付けながら待ってるよ」新津は渋々事務室を出て行った。

 「すごい」書類を一瞥するなり喜多が小声で言った。確定申告書を持ってきた事務員が聞き耳を立てているのがわかった。伊刈は気にしなかった。

 「どうした」

 「売上高が五億円あります」

 「ビンゴか。社長の役員報酬は?」

 「わお五千万円です」

 「大企業の社長や都市銀行の頭取だって、こんなにもらっていないよな」

 「そうですね」

 「売上だけじゃなく外注費も見ておいて」

 「わかりました」

 決算書から怪しい費目をピックアップしておいて元帳や補助簿を精査し、最後には一枚ずつ領収書を確認する検査の流れはいつもと同じだった。喜多はこれまでに培った検査技術を縦横に発揮した。長嶋と遠鐘も役割を心得ていてマニフェストの積上計算を始めた。マニフェスト上の受委託量と会計帳簿上の受委託量を比較することで違法な取引が浮かび上がってくるのだ。マニフェストもなく会計伝票もない現金だけの取引など、まともな会社ならまずない。複数の観点から同じ数字を追求することで矛盾を暴きだすのが伊刈流帳簿検査だった。東京都の門前警部と妙地係長は検査の様子を無言で見守っていた。伊刈もあえて二人に声をかけなかった。

 「これ見てください」喜多が売掛簿を伊刈に示した。帳簿の右端の摘要欄に廃油と書かれていた。

 「廃油は許可なしか」

 「ええ。それから紙くずをかなり受けてます。たぶん一廃です」

 「山代商店との取引関係を洗えるか」

 「もう調べました。山代からの受託は全部が混廃(混合廃棄物)になってます。定期的に受けてますね」

 「産廃の混廃って意味かな」

 「だったらおかしいですよね。山代が扱ってるオフィスごみは全部一廃です」

 「長嶋さん」伊刈は長嶋を呼んだ。「山代から受けたマニフェストは何枚くらいありますか」

 「それが一枚もないんすよ」

 「ない?」

 「そうなんすよ」

 「一廃だからないってことか。集計途中の数字を見せて」

 「これっすけど」

 伊刈は長嶋と遠鐘が集計中のマニフェストの数量をチェックした。受注量は四トン車で毎日二十台ほどだった。最近の外注先は新津が説明したとおりトリイがほとんどで、毎日きっかり十トン車三台出ていた。それ以外の外注先はほとんどなかった。

 「喜多さん売掛帳の受注量はどう」

 「山代からは月に四トンで五十台くらい来てます。一日平均二台です。それ以外の会社からもかなりありますね」

 「わかった。つまりマニフェストがある受注が毎日四トンで二十台、マニフェストのない受注が一日平均で四トン十台、外注は十トン車三台だな」伊刈が数字を読み上げながら再確認した。比較するまでもなく受委託量がバランスしていなかった。この数字はまだほかにも外注があることを示唆していた。

 伊刈は自ら買掛帳を手に取った。最後のページから逆に一枚ずつ戻っていくと喜多が言ったとおり取引先としてトリイが載っていた。十トンダンプで毎日三便出していた。買掛帳のページを半年前まで戻すと田丸という個人名がずらりと並んでいる箇所があった。田丸、田丸、田丸…、一度に三十行以上ある箇所もある。後から請求書がまとめて届いたのでまとめて記帳したと思われた。金額はどれも全部九万円。その前の月をみると今度は大月という個人名が四十行以上並んでいる箇所があった。金額はどれもきっかり十一万円だった。一行一台と仮定して数えてみると、田丸と大月だけで半年に二百八十台になった。一年前から二人との取引が始まり、半年前に突然二人の名前が買掛帳から消え、それと同期するようにトリイへの委託量が増えていた。

 「長嶋さんちょっと」伊刈は長嶋に帳簿を見せた。「この名前に見覚えないですか」

 「ああ田丸だったら最近検挙した一発屋かもしれないすね」

 「ビンゴだな。不法投棄二百八十台の裏が取れたよ。あとは請求書か領収書があれば確定だ」

 「領収証綴りを出してください」やり取りを聞いていた喜多が事務員に言った。

 「班長すごいすね」いつものこととはいえ長嶋は感服したように首を振った。このやり取りを門前警部がじっと見ていた。

 すっかり結果が出るのを待って伊刈は新津を呼んだ。

 「新津さん、くるみ興業が持っている自社ダンプは十トンが一台だけですね」伊刈の攻勢が始まった。

 「ええそうですけど」

 「それは搬出用に使っているんですね」

 「そうです」

 「マニフェストを見ると自社ダンプを使った搬出は全部トリイが委託先ですね。それでトリイにしか出していないとおっしゃったんですね」

 「はい」

 「入荷のほうは山代さんが持ってくる以外は解体業者か同業者の持ち込みが多いですね。こっちから取りに行ってるのはないですね」

 「はい」

 「全部持ち込みってことでいいですね」

 「来月から山代さんの荷はなくなりますよ。おたくらのおかげで仕事が半分なくなったわ」

 「ヤードの面積は千ヘイベくらいです。入荷量から計算すると一か月にヤードが五回満杯になるくらいの量ですね。つまり回転数は月五回です。どうですか」

 「まあそんなものかもしれないね」

 「ところがですね、マニフェストで確認できるトリイへの搬出量から計算すると一か月でヤードを一回転させる量にしかならないんです。搬入は月五回転、搬出は月一回転、この回転数の違いはなんですか」

 「おっしゃっている意味がわかりません」新津苦渋の表情を浮かべた。

 「わかりやすく説明しますと搬入が搬出より五倍多いってことです。マニフェストがない車両での搬出があるんじゃないですか」

 「そんな車両はございません」新津は伊刈の追及に脂汗を浮かべた。

 「これは外注費の帳簿です。この田丸というのは個人の名前のようですが誰ですか」

 「さあちょっとわかんないね」

 「一台九万円となっています。これはどういう意味なんですか」

 「書いてあるとおりじゃないかね」

 「じゃこっちの大月というのは誰ですか」

 「事務員に聞いてみないといちいち覚えてないね」

 「田丸は九万円、大月は十一万円、金額の違いはなんですか」

 「大きさが違うからかね」

 「ダンプの大きさですね」

 「わかってて聞いてんだろう。ダンプに決まってんだろう」新津は面倒臭そうに言った。

 「最近は二人に出してませんね」

 「来なくなったんだよ」

 「田丸は逮捕されていますよ。容疑は不法投棄です」

 「なんてこった」新津は絶句した。

 「帳簿類は毎日お使いだろうから写しをいただけたらお返しします。領収書綴りはお借りしていいですか」

 「はあそうねえ」

 「領収書綴りの預かり証にサインしてください」

 「しょうがねえな」新津は青ざめながらも署名した。

 「田丸と大月の出した領収書が半年で二百八十枚です。これは全部不法投棄だと思いますよ」

 「不法投棄やってるなんて知らなかったんだよ」

 「許可がなくマニフェストを切れないダンプがどこに行くと思いました」

 「そりゃあ連中が適当に按配するってからよ」

 「受注の価格が十トン車換算でだいたい二十万円、二人に出した価格が平均して一台十万円、毎日二台出せば一年で五千万円の儲けですね。ちょうど社長の報酬額と同じです。役員報酬を不法投棄で稼ぎ出してたってことです。十年続けていたとして五億円ですよ」

 「そんなに儲けてねえよ。いろいろかかるんだよ。それでこれからどうなるんだよ」

 「うちは現場を撤去してもらえればいいんです。後は都庁と相談してください」新津はちらりと都庁の二人を見た。あざやかな検査の手際に二人はあっけにとられていた。

 「何台出せばいいんだよ」

 「山代商店とくるみ興業の共同で十台ではいかがですか。配分は両社で相談してください」二百八十台と言ってもいいところなのに伊刈は欲張らなかった。

 「それくらいならいつでもやるよ」

 「撤去の時期はまたお知らせします。今日はこれで失礼します」伊刈が立ち上がるのを待って検査チーム全員が立ち上がった。

 「お時間がおありでしたら都庁に寄っていただけませんか」事務所を出るなり都の妙地係長が言った。

 「かまいませんよ」伊刈が答えた。

 「それからその領収書綴りは都でお借りできませんか。写しを作ってお送りし原本は返却しておきます」

 「わかりました」

 長嶋が運転するXトレールは西新宿を目指した。

 建設当初「バブルの塔」と揶揄された立派な都庁舎の内部は驚くほど雑然としていた。超高層ビルはエレベーターにスペースをとられて使える床面積が狭くなってしまうのだ。低層庁舎のほうが使い勝手は数段いい。

 「びっくりしましたよ。今日みたいな検査は初めてでした。たった二時間で無許可ダンプへの委託の動かぬ証拠を揃えてしまいましたね。お見事としかいいようがありません。勉強になりました」門前警部が伊刈たちの検査手法を手放しで褒め称えた。

 「よその自治体に検査に行ったときには一発勝負で片をつけなければいけませんから、それなりに緊張しました」

 「会計学の知識がないとああはいかないでしょう。うちにはムリですなあ」

 「そんなことはないです。帳簿がわかる税務経験者が一人いればいいんです。ちなみにうちは経験者がいなくてもできてます」

 「それは指導者がいいからでしょう。うちもやってみたいですなあ」

 たいした話もせずに伊刈は都庁を辞した。なにしろ西新宿から犬咬までは直線距離で百キロもあるのだ。

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