ヤクザも惚れ込む
小磯工業団地裏の大規模現場を二日間にわたって捜索した結果、百点には届かなかったものの八十点の証拠が収集され大掛かりな証拠調査が始まった。
サンライズシティに入居しているオフィスから出た廃棄物はビル管理会社の野森不動産メンテナンスを介して埼玉県のプリンス産業に処理委託されていることが判明した。しかしプリンス産業は一般廃棄物処理業の許可を有さずオフィスビルのごみを受注できないはずだった。この点を追求したところプリンス産業は受託したオフィスごみを自社には持ち帰らず同じ埼玉県の楽田ウェイストに振り替え運搬していたことが判明した。現場で見つかったオフィスごみのベール(梱包物)は楽田ウェイストのベーラー(連続圧縮梱包機)で処理された可能性が高まった。
「楽田ウェイストは札付きのフロント企業ですよ」長嶋が言った。「社長の牧瀬は立ち入った警察官に令状を見せろと食ってかかったこともあるくらいで、ボクサー崩れのたちの悪い男だという話です」
長嶋の意見を聞いて担当していた遠鐘は電話をかけるのを躊躇した。
「僕がかけてみるよ」伊刈が笑いながら遠鐘から調査を引き継いだ。
伊刈が電話すると電話口に出た牧瀬はお決まりの逃げ口上を語り始めた。ボクサー崩れといっても軽量級だったのか予想に反して脳天に響くようなきんきん声の持ち主だった。
「俺は知んないよ。だけど死んじゃった専務がね、勝手にやったのがあるんだよ。専務は俺に内緒でゴミを切ってさ、ずいぶん稼いだんじゃないの。だけど死人に口無しだからね。専務の女房が全部知ってるはずだよ。電話番号を教えるから聞いてみてくれよ。俺も知りたいからさ」どう考えてもありえない口実を牧瀬はいけしゃあしゃあと語った。
フロント企業の社長を出し抜いて社員が勝手な商売をするなど命知らずの話だ。当然そんなデタラメに付き合わないかと思いきや、伊刈は牧瀬に言われたことを鵜呑みにして亡くなった讃岐専務の自宅に電話をかけた。電話口に出たのは元妻の虹子だった。
「ご主人の仕事をご存知でしたか」
「産廃でしょう。お役所から電話があるってことはやっぱり悪いことをしてたのね。でも仕事のことは何も話さない人だったし家には一円だって入れなかったからね。だから悪いけど教えてあげられることはないわ。今は昼はパート夜も働いてなんとかその日を過ごしてるのよ」水商売が長いのか虹子の声は酒焼けで潰れていた。それでも言葉遣いは丁寧で気品があった。
「大変ですね」
「だってしょうがないわ。甲斐性のない男と結婚しちゃったからね。死んでくれてかえってよかったわよ」虹子の身の上話は三十分以上に及んだ。伊刈は最後まで興味を失わずに付き合った。生活保護のケースワーカーをしていた新人職員のころ訪問先の家の軒先でよく聴かされた身の上話と同じだった。どの話も何度も繰り返しているうちに美化されて一代記になっていた。
「班長、案外辛抱強いすね」虹子との電話のやりとりを見守っていた長嶋が言った。
「讃岐の奥さんは旦那が借金を残して死んだと言ってたよ。なんとなく作り話ではなさそうだった」
「楽田ウェイストはどうするんですか。どっちみち指導には従わないでしょう」
「それはわからないよ」
伊刈はもう一度牧瀬に電話して虹子から聞いた話を詳しく伝えた。
「あんたほんとに電話したのか」一瞬牧瀬は電話口で絶句した。
「だって奥さんに電話してくれと社長が言ったんでしょう。奥さんは亡くなった専務さんが産廃で稼いだお金は一円ももらってないそうですよ」
「あんたすげえな」
「は?」
「わかったよ。あんたが俺の言うことを聞いてくれたから今度は俺があんたの言うことを聞くよ。どうすればいいんだ」
「撤去してくれればいいんです」
「そうか。じゃうちの常務をそっちにやるから相談してくれ」驚いたことに牧瀬はあっさりと撤去を約束した。
翌日、牧瀬から伊刈と相談するように言われたという武藤常務が環境事務所にやってきた。
「うちの会社は来月には倒産するんですよ」武藤はいきなり会社の苦境を打ち明けた。
「どうして」
「来月の手形を落とせる見込みないんです。こんな会社にもうどこだって仕事頼まないですからね。だけどうちの社長がね、伊刈さんに惚れこんじゃってね、なんでも言うことを聞けっていうんです。今のうちにやってほしいことをなんでも言ってくださいよ」武藤は伊刈をまじまじと見た。どうして社長が伊刈の言うことを聞けと命じたのか合点がいかない様子だった。
「社長にも言いましたが撤去してほしいんですよ」
「何台出せばいいですか」
「現場のベールの数からすると十台でいいですよ」
「わかりました。会社が潰れていなければ十台出します。いつでも言ってください。社長はあんな人ですけど約束したら必ず守りますから」
楽田ウェイストの牧瀬が伊刈に降参したという風聞は産廃の裏に通じる連中に驚きをもって伝えられ、いよいよもって犬咬の伊刈には逆らえないという風説が関東一円から東北にまで広まっていった。牧瀬は伊刈に降参したのではなかった。心酔したのである。その違いにはまだ誰も気付かなかった。




