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逃避行

 翌日事務所に出ると逸島沙織が逃亡したと柿木が通報してきた。

 「あのアマ、男がいたんだよ。嵐山が隠した金を引き出して逃げやがった。ベンツも乗っていきやがったよ」

 「隠し金はいくらですか。警察は見つけられなかったみたいですが」

 「俺もようは知らんが二億くらいじゃねえのかな」

 「どうするんですか」

 「どうもこうもアマを預かってる俺の面子は丸潰れだ。見つけたら半殺しだろう」

 「つまり女じゃなく金の番をしてたってことですか」

 「まあそういうことだ。アマは嵐山次第だが、男はただじゃすまねえな。俺もやばいよ。できることなら内緒で片を付けたいんだ」

 「もしかして彼女を探せと言うんですか」

 「お役人にケツモチはムリだろうけどよ、警察はずっと沙織をマークしてんだろう。なにか知らねえかなと思ってよ」

 「どうでしょねえ」

 「いいよ、だいたい、行き先はわかってんだよ」

 柿木は沙織の実家のある金沢か一緒に逃げた貝原の実家のある秋田が二人の逃亡先だと睨んていた。柿木は今でこそカタギだが昔馴染みをたどれば二人の消息を尋ねる程度のことはできた。着の身着のままで逃げたならともかくベンツと二億円の金を持って逃げおおせるものではなかった。数日後には金沢の実家近くのホテルの駐車場で嵐山のベンツが発見された。換金してしまえばよかったものをそのまま二人で乗っていたのだ。柿木は自ら兵隊を連れて金沢に向かいホテルに張り込んだ。男といちゃつく沙織は見違えて若返っていた。ホテル内で騒ぎを起こせば警察沙汰になる。柿木は二人がでかける機会を待った。

 張りこんで三日目、二人は嵐山のベンツで出かけた。柿木は尾行を開始した。ベンツは日本海沿いの国道を能登へと向かい外浦海岸の能登金剛で止まった。奇岩が連なる景勝地だ。二人は車を離れて遊歩道から海岸へと降りていった。

 「おまえら車をなんとかしとけ」柿木が兵隊に指示した。

 「でも盗難防止装置がついてますよ」

 「盗めとは言ってねえ。車が動けねえように何か細工をしとけ。それからほかの観光客を足止めしろ」

 柿木は若い衆を二人連れて沙織を追った。沙織と貝原が手をつないで階段を降りていくのが見えた。遊歩道の先に洞穴があった。そこで行き止まりだった。平日の午前中とあって観光客はほかにいなかった。何かを予感したのか沙織が後ろを振り返った。柿木はとっさに崖際に身を潜めた。二人は洞穴の中に消えた。

 「行け、女を傷ものにすんなよ」柿木の合図で二人の兵隊が階段を駆け下りた。柿木はそのままゆっくりと階段を歩き続けた。洞穴の中まで来ると打ちのめされた男のそばでおびえる沙織が立ち尽くしていた。

 「柿木さんだったの」得体の知れない連中に襲われて怯えきっていた沙織は柿木を見ていくらか安心したような顔になった。

 「世話かけんなよ」

 「ごめんあたし」

 「こいつにそそのかされて間がさしたってことだな」

 「うんそうかも」

 「犬咬に帰るぞ」柿木は沙織の手を引いて洞穴から引っ張り出した。二人の兵隊は気を失ったままの貝原を担ぎ上げた。

 「嵐山の金はどこだ」ベンツの後部座席に乗り込んだ柿木が隣に座らせた沙織に言った。

 「お金なんて知らない」

 「知らねえじゃすまねえよ。貝原が金目当てであんたをたぶらかしたってことはわかってんだ」

 「そんな。違うわよ」

 「それじゃ貝原が博打で五千万の借金こさえたことは知ってんのか」

 「嘘」

 「あんたが嵐山の金を持ってると思ったにちげえねえよ。金はどうした」

 「あたし騙されてたの」

 「さっきもそう言ったろう。金はどうした」

 「ちょっと考えさせて」

 「貝原にやってねえならいいんだよ」

 「大丈夫まだあたし持ってるから」

 「ならいいよ。今夜はどこの宿とるつもりだった」

 「和倉の狩野屋」

 「特別室か」

 「うん」

 「じゃせっかくだから泊まっていくか。おいケンシロー」柿木はベンツを運転している兵隊に話しかけた。

 「なんすか」

 「おめえが一番貝原に年恰好が似てっから貝原のふりして女と泊まれ」

 「そんなことしていいんすか」

 「バカ、チェックインだけだ。別の宿に部屋とるから途中で代われ」

 「そらそおっすよね」

 「柿木さん、あたしに手出したら嵐山が承知しないよ」

 「沙織ちゃん状況考えろよ。今度のこと嵐山にばらしたらどうなるかわかってるよな。俺は別にあんたに興味はねえよ。その気があんならとっくに食わせてもらってらあな。金のことはっきりさせておきたいだけだわ」

 「貝原はどうする気」

 「あいつの宿はねえよ」

 「消す気なの」

 「あんた次第だよ沙織ちゃん」

 「お金を横取りしてあたしたちのせいにする気じゃないの」

 「ほう気が回るねえ。そういうことならわかったよ。おいケンシロー運転を俺に代われ。一足先に狩野屋に行ってっからよ、おめえらはあとから女とゆっくり来いや。貝原は暴れねえようにゴミ袋でも被せとけや」

 「この女食っちまってもいいんすか」

 「おめえはもう貝原なんだからよ、そのつもりで可愛がってやれや」

 「待って」沙織が顔色を変えて取りすがったが柿木は顔色を変えなかった。

 沙織は何事もなかったかのように柿屋に連れ戻された。一緒に逃げた貝原の行方はそのまま知れなくなった。

 アランの在留許可は更新されず刑期満了まで在所した後、国外退去処分となったため嵐山に敵討ちはできなかった。アランがパキスタンに出国した直後、柿木は沙織を連れて仮出所となった嵐山を出迎えにでかけた。

 嵐山が犬咬に戻ったことを長嶋から聞いた伊刈は猿楽町の現場に呼び出し、改めて撤去命令の履行を迫った。刑務所で毒気を抜かれてしまった嵐山はもう不法投棄をやる気はなさそうだ。むしろ隠した金をなんとか守り通したことに安堵していた。

 「命令の履行をしていただけますか」

 「産廃を持ってきた業者が撤去するなら協力するよ。だけど完全撤去はムリだろうよ」

 「調査に協力してくれればいいですよ」

 「ほうかい、これっきりにしてくれるんならやってやるよ」

 伊刈と縁を切りたかったのか嵐山は約束を守って現場にユンボを回送させた。彼自身は穴屋の現役時代と同じように沙織に軽自動車を運転させてやってきた。沙織は何食わぬ顔で嵐山の愛人に復帰していた。

 「どこを掘ればいいんだい。気の済むまで掘ってやるよ」自らオペ席に座った嵐山が言った。

 伊刈は覆土の上をしばらく歩き回り爪先で土の上にマーキングした。「ここのゴミが新しそうですね。ここを掘ってみて」

 「ああわかった」

 産廃を掘り始めてしばらくすると農業用ビニールで何重にもくるまれた不審なゴミ袋が出てきた。

 「なんじゃこりゃ」嵐山が声を上げて運転席から飛び降りた。「こんなもの俺は埋めてねえぜ」

 一緒に逃げた男の成れの果てを見るなり、沙織は気絶してしまった。

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