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刑務所訪問

 上野屋の二階を借り切って小磯工業団地裏現場の火災を鎮圧した打ち上げが開催された。保全班も参加し東部環境事務所総員の催しとなった。

 「みなさんほんとうにご苦労様」安垣所長が乾杯前の挨拶の口火を切った。「消防署長も驚くような前代未聞の工事だったと聞いています。私のところにはあちこちから現場を見たという電話がかかっています。土木事務所長は公共事業なら数億円はかかる覆土工事だったと言っていましたよ。市の予算は一円も使わなかった。これは画期的なことです。小磯区長も最初は完全撤去でないのに不満でしたが、結果としてガスの発生が収まり安心したと褒めていただきました。何よりやる気になればこれだけのことができると実証したことは市の環境行政に大きなインパクトを与えたでしょう。この工事の後、県下全域で不法投棄現場の活動が沈静化していると聞いています。みなさんの偉業だと自慢していいのじゃないでしょうか」所長の褒め言葉が延々と続き、所員はいったん持ち上げていたグラスを下においてしまった。もちろん褒められて悪い気はしなかった。

 「嵐山の仮出所の予定が決まったそうすよ」乾杯が終わるや否や待ちきれないように長嶋が伊刈に耳打ちした。

 「まだ一年にならないじゃないか」

 「産廃の処分場と同じで、どこの刑務所も満杯っすからね」

 「せっかくいい流れになってるのに嵐山が復活するのは困るなあ」

 「会ってプレッシャーかけてきたらどうだ」仙道が二人の会話に割り込んできた。

 「刑務所にですか」伊刈が仙道を見返した。

 「刑務所なら逃げも隠れもできまい。手土産に撤去命令でも作って持って行け」

 「なるほどその手がありますね。措置命令不履行で告発すればもう一度収監できますね。長嶋さん行きましょうか」

 「俺はいいっすよ。ムショにぶちこんだらもう警察は用済みっすから。遠鐘と喜多を連れてってやってください。勉強になると思いますよ」

 「嵐山は静岡、アランは栃木の刑務所だったね。刑務所までこっちから会いに行ったら驚くだろうね」

 さっそく翌週、伊刈は静岡の刑務所に収監された嵐山に撤去命令書を手渡すため喜多と共に日帰り出張に出かけた。刑務所としては小さな規模の支所が東海道新幹線浜松駅から路面電車で十五分の市街地の只中にあった。よく手入れされた木造の建物の外見は古い療養所のようだった。

 「お電話した犬咬市の者です。公文書を手交しに参りました」喜多が窓口で挨拶した。

 「渡すのは文書だけですね。それでは差し入れの届出をしてください」

 「えっ差し入れですか」喜多にとっては思いがけなかったのか、ちょっと頓狂な声で聞き返した。

 「公文書でも手紙の差し入れになります」

 一般人と同じ面会の手続きが終わると、さすがに公務に配慮してくれたのか、スリット越しにしか受刑者と話せない一般の面会室ではなく机の置かれた取調室に案内された。しばらく待っていると工場の作業服とあまり変らない白っぽい刑務服を着た嵐山が刑務官に案内されてやってきた。だいぶ痩せたように見えた。刑務作業でしごかれて毒を抜かれた様子も伺えた。初犯を収監する刑務所は規律が厳しく、リンチ死亡事故が問題になったこともあった。刑務官が安全のためだといってそのまま面談に立ち会った。

 「お元気そうですね」伊刈が切り出した。

 「そうでもねえけどな」嵐山は悪びれる様子もなく答えた。

 「今日は撤去の命令書をお持ちしたんですよ」

 「そんなことだろうとは思ったけどな」

 「一応読みます」伊刈は命令書を一言一句音読した。刑事処分確定のため聴聞非開催というところを強調した。

 「わかったよ」

 「措置命令に違反した場合は改めて刑事告訴が可能になります。刑罰としては不法投棄と同罪です」

 「撤去しないとまたムショ行きだって言いたいのか」

 「そうです」

 「で、どうすりゃいいんだ」

 「出所したら撤去の相談をしたいので必ず連絡をください」

 「ようくわかったよ」嵐山はすっかり従順になっていた。

 「何か地元に伝えてほしいことありますか」

 「あんたらに頼むことはなんもねえよ」嵐山から話したいことはなさそうだったので面会はあっさりと終わってしまった。

 嵐山が収監されている間、柿屋の柿木が愛人の沙織を事務員として預かっていた。仕事はなかったが家に居るより気晴らしになるのだろう。伊刈はわざわざ柿屋に寄りこんで、いつもは無視している彼女に刑務所で嵐山に面会したことを報告した。

 「なんでも知っているのね」沙織は自分の身元が割れていないと思っていたのか、びっくりした顔で伊刈を見返した。

 「面会に行ったことはあるんですか」

 「ありませんよ。静岡だったら近くにほんとの奥さんがいるでしょう」

 「奥さんは行かないでしょう。嵐山は出たらこっちに戻るでしょうから」

 「そうかもね」沙織は寂しそうな返事をした。

 「もう間もなく出てきますよ」

 「刑期は一年半よ」

 「模範囚みだいでしたから大幅短縮ですぐに仮出所になると思います」

 「そうなの。知らなかったわ。いつごろになるの」沙織は意外そうな顔で伊刈を見返した。

 アランが収監されている栃木の刑務所は電車で行くのは不便な場所だった。伊刈と遠鐘は旅費節約のためもあり車で出かけることにした。

 皮肉にも刑務所の周辺には最終処分場が多く犬咬に勝るとも劣らない産廃銀座として知られていた。田園地帯に忽然と聳える本格的な刑務所はとても目立ち、いかにも塀の中という雰囲気が漂っていた。刑務官の案内で何回も鍵のかかった扉を潜り抜けてようやく面談用の小部屋にたどりついた。一見してアラブ系だとわかる浅黒い肌と彫りの深い顔が特徴的な男が面会室で待っていた。たとえ役所からの訪問でも面会者は嬉しかったのか、アラン(ムハンマド・アッラーム)は予想外に興奮していた。

 「俺は嵐山に騙されたんだ。ちっとも儲けてないんだ」アランはいまさらに無実を訴えた。

 「刑罰が確定してしまってからそんなこと言っても遅いよ」

 「出所したら国外退去だと言われてるんだけど大丈夫かな」

 「実刑になると在留許可は出ないけど奥さんが日本人だからもしかしたら特別許可になるかもね。出所する前に弁護士さんと相談しておくことだね」

 「弁護士は嘘つきだよ。罪を認めればすぐに出られると言ってたのに刑務所に入ったよ」

 「国選弁護士だと面倒だからそう言うんだよ」

 「じゃどうすればいい」

 「いい弁護士を探して再審を請求することだね」

 「だってお金ないよ。みんな嵐山が持っていったよ」

 「とにかく出所したら事務所に挨拶に来てください」

 「嵐山も来る?」

 「来るよ」

 「じゃ行く。嵐山に全部払ってもらう。俺は金もらってないよ」

 「軽自動車で見張りをやってただろう」

 「それだけだよ。棄ててないよ。不法投棄が法律違反なんて知らないよ。許可があるって聞いたよ」アランは精一杯の訴えを続け興奮は最後まで収まらなかった。

 刑務所の駐車場の片隅に刑務で作られた革製品や陶器の売店があった。遠鐘が寄りこんだので伊刈も付き合った。遠鐘は一点一点丁寧に品定めし革靴を一足買った。

 「いいものなのか」

 「そうですねえ、いまどき底革の靴なんて半端な値段じゃ買えませんから。それにこれ馬革なんですよ」

 「わかるの?」

 「コードヴァンという馬のお尻の鞣革です。これで靴を作ると牛革とは艶が全然違うんです」

 「なんでも詳しいね」

 「とても高価な皮なんで、この刑務所で一番上手な人が作ったのかなと思って」

 「なるほど」伊刈は遠鐘の観察力の鋭さにあらためて感心した。

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