増えてきたもの
-7月-
「文化祭って言うのは一応の名前で、メインでやるのは合唱コンクールですね」
体育大会、中間テストが終わると、今度は文化祭と言うものがあるらしい。
「合唱コンクールって、クラス対抗ですか?」
啓ちゃんが手をあげて質問する。
「はい!もちろんです」
今日は、坂本先生が出張のため、学活は由東先生が進行している。
「それで、実行委員さんを決めたいんですけど……」
合唱コンクール。ということは歌。
歌は好きだし、音楽は得意だけど、ここは吹奏楽部をたてるべきだよなぁ。
「あーと…誰も、いませんか?」
由東先生が頭をかいた。
え?いないの?
クラスの吹奏楽部員を見回してみる。
私の席は一番前だから、後ろを見るとなんか目立つ。けど、見回さずにはいられなかった。
吹部さんは5人ほど。
だけど皆、下を向いて誰も手を挙げなさそうだった。
う~ん……
「先生、私やるよ」
手を挙げると、先生の顔がパァッと輝いた。
最近分かってきたこと。
由東先生は私が前に出ると言うと、すごく嬉しそうな顔をする。
今回も例に漏れず。
「じゃあ、女子はゆ…羽山さんでいいですか?」
意義なし。
腹の中で何を思ってるかは人によってそれぞれだろうけど、まあ、誰もやらないならいいよね。
「男子の方は…」
と先生が言ったとき、後ろの方で耳によく馴染んだ
「はい」
が聞こえた。
啓ちゃん。
「やります、実行委員」
「では、男子は吉原くんで」
拍手。
また、私の隣はやりやすい人だ。
「羽山が前に出るなんて珍しいな」
休み時間、話しかけてきたのは榛原賢登だった。
彼は中学に入ってから仲良くなった。
まあ、今の友達のほとんどがそうなんだけど。
元々は啓ちゃんの友達。
そこから繋がって、私ともよく喋るようになった。
「賢ちゃん」
「その呼び方やめてくれる?」
賢ちゃんはちゃん付けされることを拒む。
啓ちゃんは大丈夫なのに。男の子ってよくわからない。
「珍しくもないよ」
やって来た啓ちゃんが口を挟んだ。
「そーなの?」
「うん。小学校の時も、学級委員とか実行委員とかよくやってたよ」
「マジでか」
「マジマジ」
確かに小学校の頃は、啓ちゃんや明宏と一緒に色んな重役をこなした。
面倒臭がりで、人前に出るのはあまり得意でない私だけど、実は人を動かす仕事は楽しいから好きだったりする。
「そんな風に見えないでしょ?」
自嘲気味に言った。
重役をこなして上の先生方に気に入られていた分、担任の若い女の先生からは少し嫌われていた。
理由、グレていたから。
若い人って苦手だ。
結構色んなところで自分の感情を押し付けてくるし、何よりも怒り方が理不尽。
その担任の先生はすぐ泣く癖もあったから、余計に苦手だった。
きっと向こうも、完璧主義な上に自分を鼻で笑う小学生は嫌だったのだろう。
「ま、俺、啓介と柚子がやるんならついていくわ」
からっとした笑顔で賢ちゃんは言った。
「たまには嬉しいこと言うじゃない」
「いつもだろ~」
受け入れてくれる人がいるなら、それは、幸せ。
「ひーめっ!」
廊下で私を独特な名前で呼ぶのは、学年で1人、決まっている。
「莉保ちゃん」
荒川莉保ちゃん。
由東先生の紹介からすぐに仲良くなり、その日のうちからなぜか彼女は私のことを"姫"と呼ぶようになった。
私、姫感ゼロなんですけど。
「会いたかった~!」
「う、うん」
距離感。近い。
私の恋愛対象は女の子。
それを自覚したのは小学校5年生で、以降1年と少し、誰からも隠して生きている。
もちろん、女の子なら誰でもいいってわけじゃない。
それは普通に恋愛をする人たちと一緒で、好みもあるし、苦手もある。
だけどまあ、女子が男子に抱きつくことなんてないでしょう?
あったら皆緊張しちゃうよね?
私が女の子に抱きつかれるのって、それと同じ感覚だと思う。
自分から行くのはOK、でも急に来られるとドギマギする。
不思議だ。同性なのに、どうして私はこんな風になったんだろう?
「姫~?」
目の前で莉保ちゃんがブンブンと手を振った。
また、考え事をしていた。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫」
今度は自分から、彼女と手を繋いだ。
「も~ヤだなぁ姫は。それ、恋人繋ぎだよ」
莉保ちゃんが照れ笑いをした。
恋人繋ぎ?何それ。
私、この繋ぎ方しか知らないよ。
「夏休みよ、柚子ちゃん」
「まだ後1週間ありますけd」
「夏休みよ!柚子ちゃん」
夏休み目前、今日から午前授業になる。
「先生、すごい楽しそうですね」
「夏はそこそこに好きなの」
「私はあまり好きじゃないです」
「何で??」
「暑いし、人多いし、スイカ嫌いなので」
「わ~」
お昼ご飯を食べた後の、いつもの倍長い部活時間。
吹奏楽部の顧問なのに、なぜか美術部に遊びに来ている彼女と話をした。
「ていうか柚子ちゃん、福原先生がここに来てることに関しては何も言わないんだね」
あかりさんが突っ込みをいれる。
「いいのよ、戸間先生もなかなか来ないでしょ?」
「いいんだ……」
私が答える前になぜか彼女が悪戯っぽく言って、話は流されてしまった。
まあ別に、私は彼女と話せるならそれでいい。
「じゃあ柚子ちゃんは、夏休み何するの?ずーっと勉強??」
「まさか。遊びに行きますよ」
「私と柚子ちゃんとあかりさんで、聖地巡礼行くんですよ!」
愛が元気よく言った。
「聖地巡礼?」
「今年春に放映されたアニメで、この近辺がモデルになってるやつがあるんですよ」
「へえ。で、そのモデルになった場所をまわるってこと?」
「そういうことです」
友達とそういう風に出かけるのは初めてで、すごく楽しみだ。
「後は?」
「部活とバイオリン」
「あー」
5歳から始めたバイオリン。
私にとっては人生そのもので、どんな時も離すことなんて出来ない。
今は、12月にあるコンクールに向けて、課題曲を練習している。
「ま、頑張ってね」
最後にまた、私の頭をポンポンとなでてから、彼女は部室を後にした。
不意討ちなんてずるいですよ、先生。
机に突っ伏した私に、あかりさんや愛が心配そうに声をかけてくれる。
あーいや、体調が悪いんじゃなくて。
今見ないでください。
きっと、耳まで真っ赤だから。