テスト結果
「う~」
「柚子ちゃん、どうしたの?」
「あ~と……」
机に突っ伏して呻く私の隣で、愛と啓ちゃんが話している。
「多分、国語の点数が思わしくなかったんじゃないかな…」
アハハ、と乾いた笑いで啓ちゃんが言う。
図星だ。
「だって国語……好きなのにぃ…」
「ま、まあまあ。先生もよく頑張ったって言ってましたし、そんなに気にすることもないんじゃ」
「決めた!私死ぬ!」
「早まらないで!」
ガタッと立ち上がった私を、愛が必死に止める。
「吉原くんも止めてくださいよ!」
「いや、多分野村さんが傷付くよ…」
一方で、一切私を止めようとしない啓ちゃん。
「どうして私が傷つくんですか??」
「柚子の脳内、おかしいから」
「といいますと?」
首を傾げる愛。
啓ちゃんは少しだけ息を吐くと、私の目をまっすぐ見て、言った。
「柚子、国語のテスト、何点だった?」
「………98……」
思い出すだけでも悲しくなる。
忌まわしい2点。
「98!?」
愛は驚いてるみたいだった。
「その点数で死ぬとか言ったらダメです!怒りますよ!」
「だろ?だからほら柚子、死ぬのは諦めな」
「嫌よ!だって100点じゃなかったのよ!」
国語で100点とれなかったら、明宏にも勝てないし。勝てるわけないし。
「だから死ぬの!」
廊下に出ようとする私を愛が必死に止めているその時、一番聞きたくない声が背後から聞こえた。
「ゆーこー」
うんざりと、振り返る。
「井山くん…」
「明宏…」
「何だよ、人を汚いものでも見るかのような目で見るのやめてくれるか?」
明宏はヒラヒラと手を振った。
「で?どーだったんだよ、国語は」
「最悪だったわ。悔しいけど、今回は、過去15回の引き分けをついに破って、あなたの勝ちね」
「でもまだ、国語だけしか返ってきてないですし…」
「いい?愛。私と明宏の勝負は、得意教科でどれだけ引き離すかが大切なの。こいつが絶対とれない国語の100点を私が逃した時点で、もう、私の負けは決まっているのよ」
「そーいうもんですかぁ?」
「ええ」
愛に説明をしている間も、明宏はずっと黙ったままだった。
いつもだったら、うざったいぐらいに弄ってくるのに。
嬉しすぎて、呆然としてるのかしら?
放課後には、初の委員会があった。
明宏との勝負に関しては、社会がまだ返されていないため保留となっている。
「由東先生」
放送委員が集まる教室に入ると、私が一番乗りだった。
「柚子ちゃん!来ましたね~」
由東先生はニコニコと、私を迎え入れてくれた。
「1年生はその列に座ってくださいね」
「はーい」
指定された列の、一番前に座る。
皆が嫌いなこの一番前の席、私は結構好きだ。
先生の顔がよく見れるから。
「そう言えば、僕、C組に君と似たような感じの子を見つけたんですよ」
「C組?」
と言うと、あかりさんのクラスだ。
私と似たような感じの子って、どんな子だろう。
「ちょうど放送委員なので、今日会うかもしれませんね」
「ふーん」
大して興味がなさそうに私が相槌をうつと、
「あ、由東先生!」
少し乱雑に扉を開けて、女の子が入ってきた。
「なーんだ~ボク、一番乗りじゃなかったのかぁ」
「残念でしたね、荒川さん」
由東先生と親しげに喋るこの感じ、もしかして…
「あ、柚子ちゃん。彼女がさっき言っていた子です」
ああ、やっぱり。
「え?何々?ボク、どんな風に紹介されたの?」
「私とよく似てる子」
私が答えると、
「え~?ボクが?君と?ないない、それはないよ!」
と、女の子は言った。
思わずムッとする。
それ、どういう意味?
「やだなぁ、由東先生は。ボクが、こんな可愛い子と似ているわけないじゃない」
最後に女の子は、アハハと笑った。
誰かに可愛いと言われた事なんてなかったから、少しだけ、照れくさかった。
「私、羽山柚子よ。あなたは?」
「ボクは荒川莉保だよ。よろしくね!」
ボクっ娘の荒川さん――もとい、莉保ちゃんは、満面の笑みを向けてくれた。
「よろしく」
私が右手を差し出すと、彼女は少しだけ躊躇してから己の左手を出した。
なるほど、確かにまあ、私と似てるかもね。
次の日。
「社会のテスト返ってきましたね!」
点数が良かったのかうきうきとした様子の愛が、私に話しかけてきた。
「ああ、うん」
生返事で返す。
「井山くんのところへは行かないのですか?」
「あいつから来るでしょ」
小さい頃からずっとそうだ。
吹っ掛けてくるのは明宏だから、私はそれに悪ノリするだけ。
そう思っていたのに、明宏はなかなか来なかった。
しゃあない、賭けをしている以上、どちらかが動かなくちゃいけないわね。
「あーきひろ」
昼休み、啓ちゃんと話している明宏を捕まえた。
思えば私からやつに話しかけるのは久々だった。
「「柚子」」
啓ちゃんと明宏の声が重なる。
「何であんた、私に話しかけに来ないのよ。勝負、するんでしょ?」
「あーそれなんだけど……」
口ごもる2人に違和感を覚える。
「まさか今更、ナシとかないわよね?」
自分でも思う。すごい威圧だ。
でもちょっとこの勝負楽しんでるんだけど、私。
「廊下で他のクラスのやつらが噂してたんだ」
黙った明宏の代わりに啓ちゃんが言う。
「今回のテスト、3教科で100点取ったのはA組のやつ1人だけだって」
「だから、勝てるわけねぇよなって」
明宏も口を挟む。
「そんなので落ち込んで勝負降りるようじゃ、男じゃないわ」
思わず口走った。
ちょっと待て、羽山柚子。
あんた女でしょ。
言ってから自分で突っ込んだけど、口に出てしまったものはしょうがない。
「柚子…」
啓ちゃんが何か言いかけて黙る。
気まずい、実に気まずいわ。
「そうだよなぁ」
気まずさをぶち破ったのは、あっけらかんと笑った明宏だった。
「なんか、ちょっとビビったわ。お前国語の時散々とか言うからさ。100点取ってんじゃん!って」
「98よ」
「それでも負けてんだよ!」
いつものように、私の背中を思い切り叩いて大笑いする明宏。
私も啓ちゃんも拍子抜けしてしまって、笑いが込み上げてきた。
「私だってビックリしたわよ!個人情報さらっと流出されてるし!」
「ほんとだな~。柚子可哀想」
結局、私が数学、理科、英語で満点、国語が98、社会が95の合計493点。
明宏は数学と社会で満点、国語は94、理科と英語で99点の合計492点。
総合は1点差で私が勝ったけれど、周りがドン引く点数を叩きだし、2人で学年の1位、2位となった。