初めの4月 Ⅲ
登校3日目。
啓ちゃんは、明宏を含め何人か男友達ができたらしい。
元々明るい性格の彼。小学校の頃から、友達は多かったし女子にも人気だった。
一方の私はと言うと、同学年の女子に馴染めず、今は現実逃避のために由東先生と話している。
「なぁ柚子。お前、部活体験どこ行くの?」
昨日と今日の午前中、言われた通り啓ちゃんに話しかけには行かなかった。
そうしたら、お昼休みに向こうから話しかけてきた。
「行かないわ、私にはバイオリンがあるから」
素っ気なくそう言うと、啓ちゃんはため息を吐いた。
「体験は強制だろ」
「え??」
私、もうそろそろこの性格を直さないといけないわ。
5時間目の学活で、坂本先生から部活体験の説明があった。
やっぱり強制じゃないといけないらしい。
どうしよう、友達いないし。私、インドア派だし。
啓ちゃんはきっと小さい頃からやっているから、バレー部に行くんだろう。明宏は多分、陸上部だ。昔から駅伝とかよく出てたし。
本当、私はどうしようか…入る気無いんだけどなぁ…
室内部は、美術部、吹奏楽部、科学部。少ない。
吹奏楽部は無理だろう。私が入るとしたらオーケストラだろうし、夏は部活よりもバイオリンを優先したい。
だとしたら、美術部か、科学部か…
「う~ん……」
絵を描くか、実験をするか。
どっちも別に、得意じゃない。
そう言えば、"彼女"はどこの部活の顧問になっているんだろう。
ぼんやりと考えながら、廊下を歩く。
後ろの方で何かが落ちる音がした気がしたけど、気のせいだろうと振り向かなかった。
「羽山さん!」
6時間目も終わり、掃除に行こうとしたその時。
私に向かってかけてくるクラスメイトがいた。
「え~と…」
うん、多分同じクラスだ。
同じクラスの…え~と…
「愛です!野村愛!」
あ、思い出した。名簿番号が2つ前の人だ。
「野村さん、何?」
「これ、落としてませんか!?」
少し疲れた様子で近くまで来て、野村さんが目の前に差し出したものは…
「あ、キーホルダー」
私の好きなキャラクター"ダブルベア"のキーホルダーだった。
元々は、とある深夜アニメにマスコットキャラクターとして出てくる2匹のクマで、ピンクと白の"ストロベリー"、青と黒の"ブルーベリー"。
でまあ、野村さんが今手に持っているキーホルダーは、イベント限定のもので、私の筆箱についているはずなんだけど……
「そう言えばなかったなぁ」
思い返せばついてなかったような気がする。さっき何かを落とした気がしたのも、多分それか。
「ありがとう。どうして私って分かったの?」
受け取ってから訊ねると、野村さんは少しだけ照れたように微笑んだ。
「私も、そのアニメ好きなんです。羽山さん、入学式の時も筆箱につけていたでしょう?だから、同士なのかなぁって」
「ああ、なるほど」
そういえば、式の整列の時啓ちゃんに注意されてた私を、驚いた顔で見たのもこの子だっけ。
「本当にありがとね」
手を振って去ろうとしたその時だった。
「あの!」
急に、野村さんが大きな声を出した。
私は驚いて振り返る。大きな声は、苦手だ。
「何?」
「羽山さんって、もう、部活決めてますか!?」
「ああ~……」
別に、ここで嘘をつく必要はないだろう。
「決めてないけど…」
「じゃあ!」
ずいっと近付いて私の手を握る野村さん。
「いきましょう!一緒に!美術部!」
絵を描くのって、苦手なんだよなぁ。
断る理由もなく、渋々といった感じで、私は頷いた。
「部活体験、どうだった?」
入学式から早2週間。
週明け月曜日の彼女の第一声は、これだった。
「どうだったって、私ですか?」
急に話しかけられて驚く私。
「今、私の目の前には柚子ちゃんしかいないでしょ」
「はあ、まあ、確かに」
言われてみれば、廊下には私しかいない。
「そこそこに楽しかったですよ。先輩方も優しかったですし」
楽しかったのは事実だ。
野村さんのお友達と少しだけ仲良くなり、面白い先輩に囲まれ、1時間半なんてあっという間だった。
顧問の先生は"彼女"に顔の感じや雰囲気がよく似ていて、一瞬、姉妹なのかな?なんて思ってしまった。
「先生、一人っ子ですか?」
「え?うん、そうだけど。何で?」
可愛らしく小首を傾げる彼女。
授業中や普段仕事をしている姿を見る限り、クールでドライな印象が強いけれど、時々、不意打ちで可愛らしさが出てくる。
意識しているこちらとしては、困り者だ。
「いや、美術部の顧問の先生、福原先生に似てるなぁと思って」
「ああ、戸間先生。確かにまあ、よく言われるわね。仲いいからじゃないかしら?ものの見方とかが多分似てるのよ」
「なるほど」
他人なのか。それで似てるって、本当すごいな。
「じゃあ柚子ちゃんは、美術部入るのね」
「いや、私部活には入らないつもりで…」
「あら、そうなの??」
「はい…」
先生は少し不服そうな顔をした。
多分まあ、坂本先生や啓ちゃんと同じで"内申が~"とか言うんでしょ。
私にはバイオリンがあるし、そもそもないしんって何?
先生の口が開いた。やだなぁ、聞きたくない。
そう思っている私の予想を大いに裏切り、彼女の口から飛び出たのは衝撃的な言葉だった。
「そっか~残念。まあ、他にやりたいこともあるんでしょうし、仕方がないわよね…でもまあ、私個人の感想を言うなら、放課後ももっと会いたいんだけどなぁ」
「会いたいって何にですか?」
「え?柚子ちゃんに」
悪戯っぽく笑みを浮かべる彼女。
強烈な不意打ちに、私の心臓が煩く鳴り始める。
「私は吹奏楽部の顧問だけど、吹部と美術部は部屋が隣でしょう?だから、放課後ももっと会えるかなぁなんて思っていたけど」
「入ります、美術部」
先生の言葉を少し遮る形で、私は決断した。
私はこんなにチョロい女だったのか。
腹の中のもう1人の私が、大きくため息を吐いた。