初めの4月 Ⅱ
「はよー柚子」
「おはよう、啓ちゃん」
入学式の翌日。
私はドキドキしていた。彼女に会うことに対してと、もう1つ。
「ねえ啓ちゃん」
「ん?何?」
「私、あなたと明宏以外の方の名前がわからないわ」
転ける啓ちゃん。
「お前なぁ」
「だって話し半分しか聞いてなかったのよ」
「…ったく……」
私のこの性格もあるんでしょうけど、半分は"彼女"のせいよ。
「今日はじゃあ、俺に話に来るの禁止!」
「何故?」
「他に女子の友達つくること!」
ドンッと私の背中を押して、啓ちゃんは廊下へ出てしまった。
困ったわね、私は、啓ちゃんがいればそれでいいのだけれど…
やっぱり男女だからかしら。
仕方なく、啓ちゃんを追って廊下に出る。
けれど彼の姿は見えないので、すぐに手持ちぶさたになってしまった。
ため息を吐いて、教室に入り直そうとしたその時。
「おはようございます!」
後ろから元気に声をかけられて、振り向く。
ちょっと、ビックリしたんですけど。
片手を上げてニコニコと立っていたのは、昨日一番初めに会ったあの男の先生だった。
「お、おはよう、ございます……」
若干警戒心の強い私。男性に声をかけられるのは、あまり得意じゃない。
「初めまして!由東晃亮と言います」
小動物みたいにふんわり笑う。
確か、理科の先生で、学年の副主任だったような気がする。
「羽山柚子です」
「ゆこさんって言うんですね!珍しいですね~」
「よく、言われます」
警戒している私をよそに、彼は右手を差し出した。
握手ってこと?
私が右手をおずおずと重ねて、握手をすると、彼はまた、嬉しそうに笑った。
こうやって、禁断の恋に溺れる女子も少なくないのかもしれない。
まあ、私には通じないけど。
「緊張しましたか?昨日」
「ええ、まあ、少しは」
「そうですか~。まあ、大丈夫ですよ!」
あっけらかんとそう言うけど、私は多分、ダイジョばないです。
「僕はいつでも廊下にいるので、何か不安なことがあったら話に来てくださいね!」
こうやって、禁断の恋に溺れる女子も少なくないのかもしれない。
恋じゃないけど、私も少しは、信頼できるような気がした。
「ありがとうございます。じゃあ、よろしくお願いします」
もう1度、手を差し出す。
先生は少しだけ驚いたようだけど、また握手をしてくれた。
「今日はクラスの組織決めをするぞ~」
坂本先生が黒板にクラスの役割を書いていく。
あ、放送委員。
私は、放送が好きだ。声で人に何かを伝えることは、素晴らしいことだと思う。司会と違って顔を見られることもないし。
「希望のところに自分の名前書きに来て~」
私の席は一番前の一番真ん中。
ラッキーな位置だ。すぐに書きに行ける。
放送委員女子のところに早速名前を書くと、男子の方に名前を書いていたのは、啓ちゃんだった。
「放送委員は1人ずつやし決定だなぁ」
先生が、私と啓ちゃんの名前に丸をする。
後ろの方の席にいる啓ちゃんを振り返ると、小さくガッツポーズをしていた。
私としても楽だ。信頼している啓ちゃんがいてくれるなら。
「柚子ちゃん」
休み時間、トイレから帰ってくる私を呼び止めたのは、由東先生だった。
「役職、決まりましたか?」
「はい、決まりました。私、放送委員と国語係になりましたよ」
「お!放送委員ですか~」
放送委員と聞いて、先生は目をキラリと光らせた。
「僕、放送委員担当なんですよ」
「本当!?」
少しだけ嬉しくて、思わず子どもっぽく聞いてしまった。
いけない、先生なのに。
「本当です」
咎める様子もなく、先生も笑顔で頷いてくれた。
これは良い縁だ。
「国語係もするんですね」
「ええまあ。国語好きですし」
本当は、国語の先生である彼女ともっと関わりたいからなんだけど。
本当の事を言ったら、多分引かれる。
「なに、由東先生、もう仲良くなったの?」
突然、数秒の沈黙を破るように、綺麗なアルトボイスが聞こえた。
「あ、福原先生」
呼び掛けに答える由東先生と、立ち尽くす私。
そこに立っていたのは、"彼女"だった。
「初めまして、福原亜佐美です」
「あ、えと…お願いします!」
大慌てで返事をする。
うわ~声裏返っちゃったよ、恥ずかしい…
「緊張してる?」
彼女はクスクス笑って、私の肩に手を置いた。
行動がイケメン過ぎる。
「ちょっとだけ…」
目線を逸らしてそう言うと、彼女はまたクスリと笑った。
「まあ、その内慣れるわよ。取り合えず、名前だけ教えてくれるかしら?」
「あ、はい!羽山柚子と申します」
「よろしくね、柚子ちゃん」
愛娘に向けるような眼差しで、私の頭をポンポンと2度撫でると、彼女は階段を降りていった。
柚子ちゃん。
自分の名前なのに、すごく良い響き。
撫でられた頭を、自分の右手で触ってみる。
彼女はとても、いい匂いがした。