初めの4月 Ⅰ
これから少しずつ書かせていただきますが、
とてつもなく長くなる予定です。
ご容赦くださいませ。
小さい頃から、恋に似た感情を抱くのは、女の人だった。
初恋は、テレビで観たバイオリニスト。小学校時代も、男性アイドルには見向きもせず、刑事ドラマ主演の女優さん―――確か当時40歳を越えていた気がする―――がずっと好きで、いつの間にやら宝塚の男役が一番好きな芸能人になった。そして、中学生になり…
羽山柚子、12歳。
私は今、今後3年間――いや、それ以上の時間悩むことになる恋を、始めてしまった。
-4月-
「え~と、は、は………」
12歳、春。今日は入学式。
「あ、あった!」
張り出されたクラス名簿から自分の名前を見つける。
広くて綺麗な階段を上って、教室に着く。
「1-Aかぁ…」
いわゆる1組というやつだ。
小学校では1組にはなったことがないから、中学でも1組には絶対ならないぞとか思ってたのに。少しだけ肩を落とす。まあ、Aだしいいよね。
中学1年はA、B、Cの3クラス。
他学年は4クラスらしいけれど、うちの学年は元々の子どもの数が少ない。
1クラス36人、全部で108人。
小学校の頃と、何ら変わらない。
「柚子」
教室に入ると、声をかけてきた男子が1人。
「啓ちゃん」
吉原啓介。小学校から仲の良い友達だ。
「同じクラスだったのね」
「名簿ちゃんとみてないのかよ」
「うん、まあ」
「相変わらずだな~」
ハハハと笑う。私があまり周りを気にしない性格の事を、彼はよく分かっている。
「じゃあ、そんな柚子に悲報ね」
「何?」
「うちのクラスに、明宏がいるよ」
「あきひろって、井山明宏??」
「うん」
「嘘でしょ…」
井山明宏。彼は私が小学4年生から、ライバル視している人間だ。多分、向こうも私をライバル視している。
成績は常に上の方。算数で私に負けたことはないけど、国語で私に勝ったこともない。
学区の関係上、入る学校が同じな事は知っていた。だけどまさか、クラスまで同じになるとは……
「最悪の展開だわ」
1人でポツリと呟くと、啓ちゃんはまた、静かに笑った。
「皆さーん、席についておいてくださいね~」
突然聞こえた、聞き慣れない声に驚いて振り向く。
声の主は男の人で、ふんわりした雰囲気が印象的だった。
「もうすぐしたら、担任の先生来られると思うので」
にっこり笑うと幼く見えて、何だかとても若い人だなぁと思ってしまった。
実際若いのかもしれないけど。
皆がポカンとするなか、その先生は扉を閉めて、B組の方へ行ってしまった。
「あの先生誰?」
「私に聞かれても知らないわよ」
啓ちゃんと2人、肩をすくめる。
考えても仕方ないし、その内知ることだろうということで、私は席に着く事にした。
暫くすると、担任の先生が教室にやって来た。
「どうも~担任の坂本陽一です~よろしくお願いします~」
癖のある話し方に、思わずクスリと笑ってしまう。
坂本先生は今年27歳。ギャグ漫画とかに出てきそうな"残念なイケメン"感が滲み出ている。ちなみに既婚者だ。
「今から式始まるけど、名前呼ばれたら立って返事してな~」
整列するときに先生は言った。
入学式はいい。練習してないから、ヘマをしてもそんなに怒られないし。
「柚子、取り合えず寝るなよ」
心配性で私に対して母親気質の啓ちゃんが、そっと小声で呟いた。
前で並んでいた女の子が、驚いた顔でこちらを振り向く。
私は少しだけ恥ずかしくなって、振り返らずに手だけをヒラヒラと振った。
「野村愛」
「はい」
「榛原賢登」
「はい」
「羽山柚子」
「はい」
式は順調に進んでいった。呼名は式の始めの方で、それまでは真面目に聞いていたけど、もういいよね。起きてる振りをして寝よう。
そう、思っていた。
「続きまして、学年を担当致します教師の紹介です」
司会の――教頭先生だろうか――がそう言うと、5人の先生が前に出てきた。
私のところから、一番右端の1人が見れない。
「学年主任、福原亜佐美」
右端の人が呼ばれて、お辞儀をしているらしい。
女の人!?だったらよく見ないと。
私が仲良くなれそうな人か、否か。
少しだけ、身を前に乗り出す。
後数センチで見れる。どんな人?
彼女が見えた瞬間、外界からの音も光も一切消え、ただただそこに、凛と佇む美しい花が見えた。
司会者の声ももう聞こえない。
私は、彼女に一目惚れをしてしまった。