霊式探知装置
遅くなりました。全然戦記っぽくないですが、よろしくお願いします。
霊式探知装置は、長らく零式探知装置と解されて様々な資料に記載されてきた幻の探知装置である。
旧日本陸軍が開発したとされているが、その痕跡は当時の陸軍のわずかに残された資料にカタカナで記載が残るだけであり、実物はおろかその写真も図も残らず、詳細は一切不明であった。
実在しないのでは?という意見も根強かったが、一方で当時様々な特殊兵器を開発していた陸軍登戸研究所の記録からも、この零式探知装置の存在を伺わせるものが見つかっているし、陸軍省の記録にも確かに出てくる。
ただその用途、性能、開発目的も不明であった。
そんな中、当誌はごく最近とある筋から貴重な資料を提供された。それは、当時の陸軍におけるオカルトを利用した戦術開発に関するものであった。
第二次大戦において、オカルトに関するネタは事欠かない。ナチスドイツがUFOを作った、ロサンゼルス上空に多数のUFOが現れた、海上を航行中の艦艇が謎の海洋生物を目撃した、呪術などを利用して敵の指導者の暗殺を謀ったなどだ。
その多くは作り話、戦場における伝説の類であろうが、この零式探知装置改め霊式探知装置に関してもその域を出ない話と思われつつも、一方で前述したような怪しげなものであるだけに、不可思議なものを感じずにはいられないのは、筆者だけであろうか?
では霊式探知装置とはどのようなものであったか?今回それに関して新たに発掘されたのは、当時陸軍登戸研究所に属していたという、とある士官が晩年に残したという手記である。
この士官によれば、霊式探知装置の開発の発端となったのは、当時様々に起きていた怪奇現象の研究の結果だという。
すなわち、古代より日本に多く残る様々な文献や民俗資料などからその存在が示唆されているもののけや妖怪、幽霊などの霊的な存在に関しての研究を、日本陸軍は極秘裏に行っていたとのこと。
そしてその中には、ほぼ存在が確信できるものがあったという。残念ながらその研究結果は終戦時の資料焼却により焼失してしまったが、これをもとに陸軍ではそうした存在を戦力として転用する動きが出た。
その前段階として、その存在を確認、発見するために開発されたのが、霊式探知装置なのだという。その開発にあたっては、名だたる科学者とともに、陰陽道や民俗学の研究者、さらには超能力者なども動員されたというが、具体的に誰が動員されたかは不明だという。
ただ装置自体は1943年頃に試作品が完成し、実際に試験運転も行われたという。
つまり、霊式探知装置は終戦の2年も前に曲がりなりにも完成し、稼働したのだという。そうなると、最終的にその結果がどうなったのかが、誰もが気にするところであろう。
しかしながら、このこの手記の作成者である士官は最終的にその結果を見届けることが出来なかったという。原因はその士官が、探知装置の試験運転を行うために向かった中国大陸への移動途中、搭乗した飛行機が中国軍の支配領域に墜落、装置は海没し、士官自身も人事不省となったところを中国軍の捕虜になってしまったからだとのことだ。
当誌ではこの手記の信憑性について独自に調査を実施した。まず、手記を残したという士官が実在したかについてだが、これについては間違いなく実在の人物であり、またその履歴についても1944年初頭に中国大陸への転勤途中の事故で捕虜となったことが確認できた。
一方、陸軍登戸研究所に関係したかについては、公式の書類上からは確認できなかった。また現在残されているその他の陸軍登戸研究所関係者の手記なども当たってみたが、確たる証言は見つからなかった。
ただし、関係者の残した写真の中にこの士官らしき人物が写っているものがあった。残念ながら画質が悪く、本人だという断言はできないが、一方で彼の証言が真実と言う可能性も、また排除できないのではないだろうか。
「曽爺ちゃん、何読んでるの?」
曾孫の声に、私は読んでいた雑誌を閉じた。
「うん?これだよ」
私は読んでいた雑誌の表紙を見せる。すると、曾孫は驚いた顔をする。まあ、私がこんな本を読んでいれば当たり前と言えば当たり前か。
「それっとオカルト雑誌じゃん。曽爺ちゃんて、そんな本読むの?」
「なあに。ちょっとした暇つぶしだよ・・・ところで、我が曾孫よ」
「何?」
「いくら家の中で身内の前とは言え、猫耳を出しっぱなしにするのはどうかと思うぞ?」
曾孫の頭からは猫のような耳が立り、ひょこひょこと動いていた。
「大丈夫だよ。家族以外誰も見てないし。もし見られても、コスプレとか仮装とか、いくらでも言い訳できるって」
私の心配を他所に、曾孫は随分と楽天的なことを言う。
「お前なあ。お前の曽婆さんは、本当に人間に自分の正体がバレないように、これでもかって言うほど慎重だったぞ」
「その話ならもう飽きちゃったよ。それに、私は曽婆ちゃんじゃないし。猫耳はあっても、猫又じゃないもん!」
全く、生意気になりおってからに。まあ確かに。この娘の場合は純粋な猫又ではないからな。
しかし私の妻、この娘の曾祖母は間違いなく猫又だった。何せ陸軍登戸研究所での霊式探知装置の試験中に、偶然にも発見した本物なんだからな。捕まえて、肉の缶詰をやったら懐かれて、そしてそのまま男と女の関係になって。子供が産まれて。
70年以上も前のことだが、懐かしい。
「ところで曽爺ちゃん。お兄ちゃんがね、昨日彼女を連れてきたんだけど、何とその相手は人魚だったんだよ!」
「ほ~う」
そうかそうか、あの子ももうそんな歳か。
「ちょっと、少しは驚かないの?」
「そんなことじゃあ驚かないよ。何せ、戦争中に一生分驚いたからな」
私はカラカラと、不満げな曾孫の前で笑う。霊式探知装置で出会ったのは、何も猫又の妻だけではない。河童に雪女、人魚もいたな。他に地底人に海底人。人に聞かれたら信じられないような話だ。
そう、霊式探知装置はそうした物の怪を探し出すことには成功した。しかしながら、結局のところそれだけであった。何せ相手は生き物と言っていいかは別として、ほとんどは自らの意志を持つ存在だった。馬や犬のように飼いならして、人のために働かすことなど、ナンセンスだった。
最初は軍側も何とか使えないか、色々研究した。特に雪女や河童などは、戦力として用いるのに有用と見ていた。もっとも、結果は言わなくてもわかるところだが。捕まえようとして逆に返り討ちに遭い、余計な犠牲を出しただけに終わった。
まあ、神聖な存在である彼らを自分たちの都合よく使おうと考えた時点で間違ってたんだ。死んだ連中には悪いが、罰が当たったとしか思えん。実際死んだ奴は、大概欲を掻き過ぎた奴だったしな。
そんな中で、妻を含めて何人かとは友好的な関係を築けた。まあ、持っていた軍用缶詰とかを食べさせたら、付いてきた。つまりは餌付けしたに近かったのだが。
とにかく、霊式のおかげでワシらは出会った。その後の経緯は、まあ普通に仲良くなって、普通に結婚したと言えばいいかな?
無事に子供も生まれて、少しの間家族らしい生活も送った。
ただあいつは猫又。ワシは人間。寿命が違い過ぎた。あいつはいつまでも若いままなのに、ワシは老け込む一方・・・だから、子供たちが独立したのと同時に、あいつにはあるべき世界に帰るように促した。
後悔は・・・全くしてなかったと言ったら嘘になるが、それで良かったと思ったんだ。
・・・思ったんだがな。
「たっだいま~!!」
ドアが勢いよく開き、あいつが文字通り飛び込んできた。
「あ、曽婆ちゃん。お帰りなさい」
「おお!遊びに来てたのね!いらっしゃい!」
一見すると、人間の若い女にしか見えない。しかしこいつが、既に齢100年をとっくに超えている猫又にしても、既に棺桶に片足突っ込んでいるようなワシの妻だと言ったら、誰が信じるだろうな。
「全く何年経っても落ち着きのない奴だ」
妻は、70年以上前に出会ってからほとんど変わっていない。姿形も、そして性格も。ワシと結婚して、多少母親らしさはついたかな?
そんな妻の姿を見ると、寂しさ半分と嬉しさ半分と言うところだ。寂しさはやはり、妻はいつまでも若い姿のままで、ワシと近いうちに死別するという現実から。一方嬉しさは、妻に後事を託して逝けること、そして妻の美しい姿を見ながら逝けることだろう。
「ねえねえ、あなた。なんかこの辺りに物の怪の気配を感じるんだけどさ~」
ほ~う。妻は猫又ゆえに、近くに猫又の気配などを敏感に感じ取れる。とはいえ、感じとれるだけで正確な位置を掴めるわけではない。
「お~う。危ないのだと厄介だからな・・・すまん、アレだしてくれ」
「オッケー!」
妻に押入れからアレを取り出すよう指示し。
「それから。あいつを呼んでおいてくれ。久々に悪いものを狩らなきゃならんかもしれん」
「うん!」
曾孫にあいつの父、孫を呼び出すように頼む。あいつの父は腕のいい退魔師だ。
「あなた。出したよ~」
「ありがとう」
妻が押し入れから、霊式探知装置を出してきた。製造された70年以上経過しているが、手入れをしているおかげで未だに現役だ。
現代のノートパソコン程の大きさのそれには、強さを計る針と、方位を示す針が一つずつついている。電源は電池式だ。
電源を入れると、入ったことを示す赤ランプがついた。その途端、両方の針が動いた。
「反応を捉えたぞ・・・こりゃまた近くにいるな」
「フフフ。悪霊の類ならあの子が来るまでもなく、私がこの爪の餌食にしてやる」
と妻が、久々に爪を研ぎ澄ましている。
「こらこら。人に見られたらどうする」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと結解は張ってるから」
この辺りが妻の実力の底なしなところだ。それなのに、猫じゃらしを出すと本当に猫のように戯れるんだから、猫又はよくわからん。
ま、それはいいとして。
「おい」
「何、曽爺ちゃん」
「ワシは動くのが億劫だからな。お前に任せる」
ワシは探知装置を曾孫に渡した。
「うん、わかった」
この娘には、動かし方も今後の修理法も、そしてその秘密を誰にも漏らさないよう、繰り返し教え込んである。妻ほどでにはまだ出来ていないが、まあ大丈夫だろう。
霊式探知装置の秘密は、我が一族が秘めたまま歴史の中に埋もれていくんだろうが、それが一番いい。余計な騒ぎを起こさずに済む。そして、その方がロマンもあっていいだろうからね。
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