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ランウェイへようこそ  作者: 人生輝
9/13

ワタシにとっての神様

「随分、派手にやってくれたわねえ。ハルカちゃん。」


ユキ社長はワタシに対し、物静かな話し方をしたが、ワタシにとっては大声で怒鳴られるより恐ろしい言い方だった。


6月も中旬になろうとしていた。ワタシは北海道でのロケを終え、空路東京に戻り、其の儘事務所に立ち寄った。そして、其の儘、ユキ社長に呼び出され、其の儘、社長室へニコニコしながら入ったのである。


社長室のデスクには写真雑誌が綺麗に並び、その白黒の写真を見ると、ワタシが言い訳の出来ない様な有り様で、仁兄とワタシを被写体としたものとして大きく出ている。


そう、あの『橋のある公園』で、仁兄から久仁子お姉さんの話しを聞いていた時、写真誌に撮られたものだ。

いつも『商業用』のモデルとして写るワタシには『美しさ』という華がある。でも、これは別の意味での華だ。そう、『スキャンダルの華』。決して、仁兄と抱き合ったわけでも無い。まして、キスをする状態でもなかった。でも、写真は怪しげな雰囲気を角度を利用し見せていた。


”言い訳できない、大型カップル!”

と、2人の高身長を揶揄する言い方でタイトルが踊っていた。


「仁兄とは何も無いですよ。そんなこと社長だって分かるでしょ!」と、取り敢えず、この事務所の筆頭モデルとしてのプライドで、ユキ社長に抵抗する・・・。でも、言った途端、社長から頭を軽くポンと叩かれた。


「私は、松山仁とアンタの関係がどうだろうと、どうでもいいの。問題は『HARUKA』と言うウチの大事な商品が、この事でマイナスイメージになることが大問題なの!分かる、ハルカ!」


「でも、これはデマだし、写真も角度を使ってそう見せているだけです!何も・・・。」

「デマだろうとなんであろうと、写真に撮られること自体、脇が甘い!自己意識、プロ意識が足りな過ぎる!暫く車は取り上げ!」

「えーーーーー。何でですか?ワタシ・・・。」

「言い訳なし!兎に角、都内の移動は、暫くはマネージャーの車、若しくはマネージャー同行のタクシーだけ!」

「それは・・・。」と、ワタシが言った時には、ユキ社長は他の仕事をし始めているようだった。

泣きながら俯き、社長室を出ようとした瞬間に、ユキ社長がまたワタシに声を掛けてきた。


「ハルカ。あのさ。」

「もういいです。分かりました。」と言い、早く社長室を出ようとした。

「ハルカ、仕事の話しだよ。」

「はい?」

「だから、仕事の話し」

「いやだって・・・」

「写真誌は写真誌。仕事は仕事でしょ。それも分からないの?」

「いや、はい、有難う御座います。」

「来週から1か月ニュージーランドに行って貰うから。」

「ニュージーランド?1か月?随分長いですね。」

「向こうの観光協会、日本の旅行業者、関係するスポンサーが大々的に行う、ニュージーランドへの観光キャンペーンなの。向こうでは、雑誌、CMの撮影や、タイアップのテレビ番組の出演まであってね。現地の主要都市は全て回るのよ。」

「はい・・・。」

「随分、詰まらなそうね。」

「いえ。」

「ホントは、『来栖香奈』へのオファーだったけど、あの子は学生でしょ。この時期に1か月間、海外での仕事は難しいわ。まあね、先輩のアンタに代役なんてホントは悪いとは思うけど、今ハルカさあ、アンタ、日本に居て仕事していても、毎日『色々な方々』がアンタを追っ掛けてくるわよ。それに比べれば少しは楽じゃない?」

ユキ社長はそう言い、ワタシの肩を軽く叩いた。

確かにそうかもしれない。つまらない事で悩むより、1か月間海外にいた方が精神的にも楽だろう。それに、1か月経てば、今回のスキャンダルも少しは落ち着くだろう。

「分かりました。行ってきます!」と、ワタシは笑顔でユキ社長へ答え社長室を出た。


そして、ニュージーランドへ旅立つ2日前、ワタシにサプライズが起きた。


仁兄の計らいで、久仁子お姉さんの彼氏だった『水島雄一さん』と都内のフレンチレストランで会うことになった。ただ、仁兄が立会い、その場でワタシと同席することは、更なるスキャンダルを生む可能性がある。そこで、水島さんとワタシの双方に面識がある、親友のヘアメイクアーチスト『中村百合』が同席することとなった。

水島さんはこの時、外資系商社の宣伝部に所属し、クライアントとしてCM等の打ち合わせで百合とも付き合いがあったからだ。とは言え、百合にとっても、仁兄と水島さんが高校時代よりの親友であることは知っていたが、それ以外は『クライアントの水島さん』でしかなく、この話を仁兄から前日聞いた為、全てを把握出来ずに、仁兄が予約だけ入れたレストランにやって来た。


「ハルカ、仁さんの説明が余り良くなかったんだけど・・・。要するに、水島さんはハルカの尊敬する『飯島久仁子』さんの彼氏だったってことでいいの?」

「そうなんだよ。でも・・・。ねえ、水島さんってどんな人なの?」

「どんな人?・・・。普通のサラリーマンだよ。」


以前からそう思っていたが、この時、ハッキリ分かった。

仁兄は”人に説明”する事が全く出来ない人なのだ。役者としての『松山仁』は立派だと思う。でも、子役からこの世界にいるので、どう人と付き合えば良いかが全く分かっていない。だから、説明が出来ないなのだ。それが、写真誌に撮られて誤解を生む要因でもある。

でも、まあ仕方ない。それでも、ワタシが切望したことをいつも叶えてくれるわけだから。


「中村さん、お待たせ!」

百合とレストランで会って、5分ぐらい経った後『水島雄一さん』が現れた。

ワタシは、6年位前に水島さんと会っている。でも、全く覚えていない。

水島さんは、ブルックスブラザーズのジャケットで、赤と青のストライブのネクタイ、薄い青のカラーワイシャツ、縁のあるメガネを掛けている。外資系企業に勤めているだけあってお洒落な人だ。


「あの、水島さん。こちらがモデルの・・」と、百合が言った瞬間だった。

「『ハルカ』さんですよね。勿論、存じ上げていますよ!」

”陽気な人だ。”と思い少し驚いた。仁兄の話しからすると『悲劇のヒーロー』だ。だから、暗さのある人物ではないかとずっと思っていた。

「初めまして、ハルカこと大村遥です。と言うか、本当は初めてではないのですが・・・。」

「それ、仁から聞きましたよ。実はボク、あの時の事は鮮明に覚えているんです。だって、あの時、ボクは初めて、久仁子が人気あるモデルだってことに気が付いたんですからね。それが今を時めく『ハルカ』さんが教えてくれたって事。凄いですよ!」

水島さんは、久仁子お姉さんの話しについても陽気に答えてくる。ちょっと不思議だった。

暫く、水島さんとワタシは、水島さんと久仁子お姉さんが6年前に昼食を取りに立ち寄ったワタシの木更津の実家の食堂での話を続け、その後、ワタシと久仁子お姉さんのエピソードや、ワタシが彼女へ寄せる自分の気持ちを伝えて行った。


「いや、久仁子が聞いたらホントに喜びますよ。」

「あの、すみません。水島さん」

「はい。」

「あの、久仁子お姉さんのお話しをされると寂しいとか、悲しいとかならないのですか?」

「ボクがですか?」

「勿論です。」

水島さんは、一拍置いて少し俯きながら話し出した。

「勿論、悲しいですよ。彼女が亡くなったことはね。それに、ボクは彼女が亡くなる際、近くにいなかったですしね。でも・・・。」

「でも?」

「ボクが暗くなることって、久仁子が喜ぶと思いますか?」

「それは・・・」

「アイツ、自分の事で周りが嫌な思いをすることが、一番嫌いでしたからね。だから今は、辛く、悲しく、寂しく思うことは一切ありませんよ。彼女のお墓で誓ってからはね。」


淡々とだった。そして、水島さんは朗らかにワタシに話しかけてきた。そして、ワタシも暗くも悲しくも無く2人のエピソードを聞くことが出来た。


ただ、水島さんのお話の中で、一つだけワタシが気になることがあった。

水島さんと久仁子お姉さんの永遠の別れとなった場所『成田空港』。そこでの最後の出来事だった。

アメリカ留学に行く水島さんは見送りの人達と別れ、出国審査終了後、成田空港北ウイングの2階免税店が並ぶ吹き抜けの場所から、3階の出発ロビーを見上げた際、久仁子お姉さんがガラスの向こう側から手を振りながら発した言葉だった。勿論、久仁子お姉さんの声は2階の水島さんへは届かない。水島さんは、光の反射で久仁子お姉さんの口元が良くは見えなかったそうだが、「ス・キ・ダ・ヨ!」とお姉さんが言ったと確信して旅だったそうだ。


しかし、

「あの時・・・。もう久仁子との別れは何処かに感じていたのは確かなんだ。モデルとしても実績も出来てきたしね・・・。だからかも知れないけど・・・彼女が亡くなった後、あの4文字の言葉は・・・実は、『サ・ヨ・ナ・ラ!』だったって、そう思うようになったんだよ。たぶん、その後の事を考え、あの時彼女は割り切ったんだと。今はそう思っているよ。」


この話の時だけ水島さんは少し俯いていた。


ワタシはこれまで、久仁子お姉さんの亡くなるまでの事実が知りたく、そのことを追うことで、モデルになること目指して生きてきた。今日、この水島さんとの出会いと、”あの公園”での仁兄の話しで、『飯島久仁子』と言う人がどのように生きようとしていたのかが、少しだけど分かった気がした。


改めて思ったことが一つある、『飯島久仁子』と言うモデルは天才だった。天才であって努力もしていた。ただ、彼女は”普通の自分”をどんな場合でも続けたかった。そして、周りの人への思いも”普通の私”で繋がっていたかった。しかし、モデル・タレントとして成長していく彼女にとって、”普通”を続けていくことは簡単では無かった、特にプライベートではそれなりの悩みを持っていたのだと思う。


食事が終わり、デザートとコーヒーが出て来た際、水島さんがワタシに対し真剣に話しかけてきた。

「ハルカさん。ハルカさんに対して大変失礼なお話だと思っていますが・・・、久仁子の短大の後輩でもあり、久仁子を誰よりもファンとして愛した貴方に、久仁子がモデルとして道半ばで終わった夢を叶えて貰いたいんです。彼女の為にも叶えてやってください!それが、久仁子が向こうの世界で一番喜ぶことだと思っていますから・・・。」

「水島さん、ワタシはお姉さんのように器用な人間でも、本来のモデルとしての才能もありません。でも、ワタシにはこの仕事しかありません。それはお姉さんからこの仕事の素晴らしさを教えて貰ったことが全てです。これからもワタシなりにお姉さんを目指します。」


ワタシはそう言った時、少し涙が出かかっていた事を覚えている。でも、笑顔で答えていたはずだ。

水島さんからこの後、久仁子お姉さんが眠っている栃木のご実家の連絡先を教えて貰った。

そしてその後、ワタシは事ある毎に栃木へ行き、お姉さんの墓前で次の目標到達を誓うようになった。


そこからの約3年、日本はバブル経済が絶頂期となり、ファッションの世界もその恩恵を受け、ワタシもその波に乗り日本でのショーモデルの立場を確固たるものにした。


そして1989年の春、ワタシはパリコレのランウェイを初めて歩くことが出来た。

平成となったこの年、ワタシだけではなく、周りにとっても大きく変わった。

特に、久仁子お姉さんに別れを告げた水島さんが、ワタシの親友、中村百合と結婚したことには驚いたが、同時に凄く嬉しかった。


仁兄こと松山仁さんは、相変わらずだった。『恋愛禁止』のアイドルと付き合い始め、写真誌にバレそうになり、関係のないワタシを勝手に持ち出し、ワタシが本来の交際相手と芸能レポーター達を欺いたため、ワタシがまた仁兄との根も葉もないスキャンダルに巻き込まれた。

そして、ワタシが初のパリコレに向かう際、呼んでもいないのに成田空港に見送り来た・・・、写真週刊誌のカメラマンを連れて。

この時、出発ロビーの1階下にある吹き抜けの免税店フロアから、出発ロビーのガラス越しから手を振る仁兄へ向って、笑顔で「バ・カ・ヤ・ロ!」と手を振りながら呟いたことは忘れない。


3月下旬とある月曜日の朝、パリコレから帰国したワタシを中心に、ユキ社長を始め『オフィス・ヴィヴァーチェ』の幹部、及びマネージャー全員と、故意にしているユキ社長の先輩KATE & WORKSのKATE社長も入り、『ショーモデル・HARUKAの今後』についての打ち合わせが行われた。


冒頭でユキ社長が、

「我社の1番手であるHARUKAですが本人の希望もあり、この夏から拠点をパリに置き、ヨーロッパやアメリカでのショーを中心に活動をすることになります。当然、HARUKAの海外でのマネージメントはわが社ではありません。ただ、年間数か月の帰国時には引き続きウチでのマネージメントとなりますので、その際はバッチリスケジュールを組んでくださいね。ヨロシク!」


相変わらず仕事に厳しいユキ社長だが、やはりワタシの味方だ。

創業間もない『オフィス・ヴィヴァーチェ』で、ショーモデルのセンスの欠片も無いワタシをスカウトし、彼女の辣腕によってワタシは日本のトップモデルにまで上り詰めた。

ワタシにとって、この芸能社会で、『飯島久仁子』と言う人が”憧れる神様”であるならば、『田淵由紀子』と言う人は”尊敬し信頼出来る神様以上の神様”なのだ。


打ち合わせが終わった後、ワタシからユキ社長に声を掛け直立不動で話しかけた。

「社長、今日までワタシを大きくして頂き本当に有難う御座いました。そしてこれからも、社長のご期待に添うよう日々努力して参ります。」

「何言ってんのよ、ハルカ。アンタの努力で私も助けて貰ったのよ。本当、私もハルカに感謝している。有難うね。」

「とんでもないです!」、ワタシはこれ以上無い程の涙を流し、ユキ社長に向かって叫んでいた。

「でも、これからも日本に居る時は厳しくやっていくからね。分かってる?」

「はい!勿論。」、もう、ワタシは泣いているのか、笑っているのかも分からない状態になっていた。


帰り際、KATEさんからも話し掛けられた。


「ハルカちゃん、貴方をユキちゃんに会わせて本当によかったわ。あの時、ハルカちゃんも必至だったけど、ユキちゃんも独立したばかりで大変だった。色々あったけど、今のユキちゃんにとっては貴方が一番の宝物よ。」

「KATEさん・・・。有難う御座います。」、ワタシは思わずKATEさんに抱き着いてしまった。

「貴方はね。いつも、自分でモデルの才能やセンスが無いっていうけど、本当はそうじゃないわ。だって、HARUKAと言うモデルは、これだけの運を持っているのよ。自信を持ちなさい。ここにいる日本スタッフは皆、貴方の味方よ!」

「ありがとうございます!」


中学1年のクリスマス、初めて見たティーン雑誌で、飯島久仁子と言うモデルに憧れを持ってから11年。紆余曲折の中、19歳でモデルデビューを果たした。モデルとしては遅咲き、そして頑固で臆病で泣き虫。

そんなワタシだが、ここまで数多くのチャンスをものに出来た。

周りの人達の温かい協力があったことが一番だ。でも、ワタシも自身、11年間で大きく変われた。


セカンドバックから、折りたたんだボロボロの雑誌の切り抜きを出す。いつものように、ボロボロの写真の向こうから久仁子お姉さんが微笑んでいる。

「ありがとう、お姉さん。これからもワタシの神様でいてください。ただ・・・、ワタシもそろそろ大人になります。自分に自信を持って生きて行きます!だって、もうとっくにお姉さんが亡くなった歳をワタシは超えて仕舞っているんで。」

ワタシもお姉さんに向かって微笑み返した。



1989年7月のある暑い日だった。

ワタシは成田空港よりパリに向かう。

今日は見送りは誰もいない。

2階の出国審査を出て、吹き抜けのある免税店街で立ち止まる。

1つ上の階の出国ロビーを見上げる。

見送り客は沢山いたが、ワタシを送る人はいない。

でも、ワタシは微笑みながら呟いた。

「ヤ・ッ・テ・ヤ・ル!」と。


(第1章・完)

駄作にも関わらず、第一章ご愛読頂き誠に有難う御座いました。ハルカの思春期から24歳までのサクセスストーリーを画かせて頂きました。作品内でもお伝えしてます通り、ハルカ24歳時は「平成元年」となります。つまり、第一部のストーリーは高度経済成長期からバブル期までの「昭和史」となります。

そして、色々思案しまして、この後、第二章を画くことにいたしました。

今度は正にハルカと歩む「平成史」となります。約30年間の彼女の生き方それは、結婚や出産やキャリアウーマンとしての生き様になると思います。

もし、この後も少しでもご興味頂けましたら、是非、お付き合いください。

第二章スタートまで少々お時間を。

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