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ランウェイへようこそ  作者: 人生輝
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ワタシにとっての邁進

1989年3月中旬、ワタシは『初のパリコレ』を終えフランスから帰国した翌日、自分で運転する車で、独り北へ向かっていた。


モデルになってからの趣味は『一人でのドライブ』。この時、ワタシが所有していた車は、ボディが赤で左ハンドルの『BMW320i』。世の中バブル期でベンツやBMWに乗っていてもそれ程珍しく無い時代だったが、モデルには似合っている目立った車だったと思う。


しかし、今日は単なるドライブではない。目指す場所がある。


東北自動車道を走り、栃木インターチェンジで降り、栃木県栃木市市内へ入る。

表通りを走ると、江戸時代から聳え立つ『蔵』と古い家並みが共に見えてくる。

そして、表通りを右折をすると、『鯉』が泳ぐ綺麗な川辺にたどり着く。『小江戸の町』、全ての景色がワタシの心に映える町。


ここはワタシにとって聖地。

この地にワタシの憧れの人が眠っている。


川沿いに暫くゆっくりと車を進ませる。

明治時代から続く木造の建物。門から先は『重要文化財』に認定されていると聞いた。

木の立て看板に『谷口味噌本店』と書かれている。この街の伝統『味噌田楽』も取り扱う、江戸時代中期からある老舗の味噌作り専門店だ。


車を店の駐車場に置き、木造の門を通り店内に入る。


「ここに来るのは何度目だろう?」と思った時だった。

「遥ちゃん、お久しぶり。」と、エプロン姿の中年女性が微笑みながら、ワタシに声を掛けて来た。

「ご無沙汰してます。叔母様、お元気ですか?」

その人は、ワタシの憧れ『飯島久仁子お姉さん』のお母様である。


「パリコレ凄かったわね。テレビで観て感動したわよ、遥ちゃん!」

と、今にも泣きそうなお母様はワタシの手を握り、話しかけて来られた。


「いえいえ、まだまだです。」と、言うワタシも涙ぐんでいる。


このお店は、お母様のご実家だ。元々、東京山の手の有名住宅地で、硝子店をご夫婦で営んでた『飯島家』であったが、久仁子さんが亡くなった後、間もなくして今度は、久仁子さんのお父様も亡くなるという不幸に見舞われた。

その後、お母様は硝子店をたたみ、久仁子さんの弟さんと共に、ここ栃木に移り住み、実家の味噌店を手伝っている。


味噌店の店舗を出て、数分の所に小さなお寺がある。その裏にある墓地の片隅に、目立たない位の大きさで『飯島家之墓』と書かれた墓石にお母様と向かう。久仁子お姉さんとお父様が静かに眠る場所だ。


「ワタシが歩いたパリコレのランウェイは、未だ入り口ですらなかったみたいです。この秋からは覚悟決めます!」と、墓石の前に佇み、ワタシはそう『お姉さん』に報告し誓った。


「きっと今、久仁子はね。遥ちゃんの『憧れの人』であることを凄く恥ずかしがっているわ。」

「えっ?」

「だって、もう貴方は日本でトップクラスのモデルじゃない。しかも海外でも活躍している。もしね、もし、久仁子が生きていたとしても、もう貴方の足元にも及ばない。貴方が久仁子にとって『雲の上の存在』なのよ。」

「叔母様、それは違います。お姉さんがいたから、ワタシはモデルになりました。この道を教えてくれた大切な人です。だから、今でもお姉さんを追いかけてます。そして、ここに来て報告や相談もさせて貰っています。」

「初めて会った時から、貴方は変わらないわね。本当に一途、と言うか頑固ね。」と、お母様は笑ってワタシに言った。


お墓詣りを終え、お店に戻り『味噌田楽』を頂いている時だった。お店の店員さんから、ワタシ宛に東京から電話が入っていると連絡を貰った。

”誰だろう?”と、思いつつお店の電話口へ行く。


「ピンポーン!やっぱりここだ。」と、電話の向こうからは良く知っている声がする。

「社長!なんでここにいること判ったんですか!?」と、驚いたワタシ。

そう、電話の相手は、ワタシの所属事務所の社長『田淵由紀子』だった。


「アンタの行動なんて簡単、大体『行方不明』になった時は、木更津の実家かそこでしょ。」

「はあ、そんなもんですかねえ?」

「ていうかさあ、ハルカ!契約違反だよ。もう何回目?去年、バンクーバーでの撮影から帰ってきた時も散々、説教したよね。どこまで忘れっぽいんだよ、アンタは!」


”マズイまたやってしまった。”、事務所との契約に『海外での職務が終了し日本に帰国した際、速やかに事務所に連絡すること』が謳われているが、ワタシはいつも忘れ、後で社長にこっ酷く怒られている。

去年、バンクーバーでの撮影を終え帰国した時は、成田から其の儘、木更津の実家へ帰り、地元の友人である智代と2人で南房総へ小旅行に行って仕舞、1週間連絡をするのが遅れた。


「あ、あの今夜・・・、今夜、電話するつもりだったんですよ。すみません。」

「今夜?ハルカさん、随分と”お偉く”なられましたねえ~」

「いえ、それほどでも・・・、ハハハ」と、言った途端。

「いい加減にしな、ハルカ!もう何年この社会でやっているの?プロ意識が足りない!兎に角、今日から仕事のブッキングがあるからね。今夜8時、六本木・グリーンスタジオ前にある中華飯店『四川』で打ち合わせ。時間厳守!遅刻したら即クビ!じゃあヨロシク!」

「そんな~。社長!」と、言ったが既に電話は切られていた。


「どうかしたの?」と、久仁子さんのお母様がワタシに訊いた。

「いや、別に」と、引きつった笑いでお母様へ答えた。


とは言っても、ワタシが日本でモデルをやっていく上では『絶対服従』しなければならない、事務所社長・『田淵由紀子様』だ。口ではいつも厳しく、ワタシを叱咤する。しかし、どんな時もワタシの味方であり、困難な公私の問題も一緒に解決してくれた。モデルとしても尊敬できる人。

そう、ワタシにとって、この世界で『もう一人の憧れの人』である。


『ユキ社長』がワタシをスカウトしてくれた日から、ワタシの人生に於いて『本当の努力』が始まった。





短大1年の7月、もうすぐ19歳となり夏休みも近づいていたある朝、ワタシは『外苑前』に事務所がある『オフィス・ヴィヴァーチェ』に向かった。事務所と言っても、所属モデルは1名、プラス兼任の社長と事務兼マネージャーの3人だけの事務所の為、場所は古びたマンションの5階にある1Kの狭い部屋だった。


「おはようございます!」と、大きな声で事務所の部屋に入った。

「おはよう!」と、ユキ社長が笑顔で迎えてくれた。

狭い部屋だが、他に3人の女性がいた。

ユキ社長の反対側のデスクにいるのが、『マキさん』こと江田真希子さん。ユキ社長の片腕で、一緒にいた「ハニー・フラワーエージェンシー」時代から有名な敏腕マネージャーだ。

そして手前の小さなソファーに並んで座っている2人がいる。右側にいる上品な中年女性が、メイクアップアーチストの『原口美樹さん』。彼女は日本のファッション界の撮影、ショーに殆ど関わるメイク界の大御所である。ユキ社長は現在でも勿論、『KATE & WORKS』のKATE社長のモデル時代も専属メイクとして担当していた。

そして左側、この時は原口さんの元で『学生見習』として修行していた、その後の親友『中村百合』だ。彼女とワタシは同級生。百合は高校卒業を卒業して、代々木にある2年制の美容専門学校に通いながら、原口さんについてメイクを学んでいた。


ユキ社長が全員にワタシを紹介し終わり、事務所との契約内容をワタシに説明した後、宣伝材料のプロフィールを纏める為、今まで、ワタシがモデル事務所での面接の為持ち歩いていた『バレーボール部時代の雑誌切抜きのアルバムと履歴書』を4人で持ち回りで見ながら打ち合わせを始めた。


出だし、ユキ社長から質問が来た。


「遥ちゃんは、仁のファンなんだね。」

「仁?あ、ハイ!松山仁さんのファンです。」

「そうなんだ。彼が子役の頃にCMで一緒になったりしてたんで、彼の事は良く知っているのよ。そう、美樹さんが今専属でメイクやっているの。」

「えっ、そうなんですか!ワタシ、仁さんにお会いしたくて」と、言ったところ、

「まあ、そのうちチャンスはあるでしょ。貴方がモデルとしてやっていければの話しだけどね。」と、”そう簡単と思えない”言い方をされた。


「美樹さん、この『飯島久仁子』って人だけど分かる?」と、ユキ社長が原口さんに尋ねていた。恐らく、履歴書に書いてある『尊敬するモデル:飯島久仁子さん』を見ての質問だろう。

「圭太の彼女よ。雑誌の仕事で何度か一緒になったわ。」

「圭太?って、3年前に自動車事故で亡くなった『高部圭太』?」

「そう、彼女があの時助手席に乗っていた子よ。所属はセイント企画。沢渡さん自身が見つけて育てていたわ。」

「へえ、そうなんだ。」と、ユキ社長は頷き、一拍おいてワタシに話しかけてきた。


「彼女とは知り合いだったの?」

「はい!知り合いと言うより憧れ、と、言うか、ワタシにとっての『女神様』です。だから、彼女と同じ短大に進み、同じ世界に飛び込む事を決めました!」

「美樹さん、『飯島久仁子さん』の宣材って何か残っているかな?」、とユキ社長が何かを考えながら原口さんに聞いていた。

「どうかなあ?沢渡さんに聞いてみようか?」と、原口さん。

「あの、沢渡さんって?」とワタシが尋ねた。

「セイント企画のチーフマネージャー。あれ?遥ちゃん、沢渡さんの面接受けたってKATEさんにいってたわよねえ?」と、ユキ社長。

”そっか、チーフマネージャーの名前が沢渡さんだったんだ。”、たぶん、あの時聞いたのだと思うが、当時、ワタシには余裕がなく全く覚えていなかった。

「あ、はい。あの・・・。久仁子さんの宣材って写真とかですか?」

「そうね。彼女の仕事とか、テストフォトとかをチョット見てみたいなって。」

「あの、ちょっと古いのですが・・・。」と、ワタシは自分のカバンからクリアファイルに入った「久仁子お姉さん」が載った雑誌の切り抜きを出し、ユキ社長に渡した。


「そうねえ。貴方は『女神様』には成れそうもないわね。」と、ユキ社長は久仁子お姉さんの写真を見た後、ワタシを見てそう言った。

「モデルとしての方向性が違うってことよ。貴方が持っている素材と飯島さんとは違うと言うこと。」と、原口さん。

「『女神様』になろうとは思っていません。でも、『女神様』がワタシにくれたものを、ワタシも誰かに表現して魅せたいんです!」

「分かったわ。イメージは原口さんと宇佐美君っていうここに良く来るカメラマンに頼むわ。ポートフォリオを直に作るようにしましょ。夏休みはもう無いと思っていてね。じゃあ、今から外に出て。」と、ユキ社長に言われ、言われたままに事務所を出た。


出たところで、やや厚めの単行本を1冊ユキ社長から渡される。

「これを頭に乗せて、その青い線の上をウオーキングしてみて」

ユキ社長がワタシに指示をした。

事務所の表側、マンションの廊下をよく見ると真ん中に青いカラーテープが事務所の前から一直線にエレベーターホールの前まで伸びていた。カラーテープはかなり細い。

ワタシは言われた通り、本を頭に乗せ、線上を歩く。だが、直に本が落ちバランスを崩す。

「前屈みならない!腰を張って前を見る!」

「線から蛇行している!」

と、初日からユキ社長はワタシに対し厳しく指導した。

そして、午前中一杯、ワタシがヘトヘトになるまで、何度も練習が続いた。


「今日はここまでね。この後、大学の授業でしょ。直ぐ行きなさい。」と、淡々とユキ社長を言う。

「はい。お疲れ様でした。」と言いつつも、もう午後の授業なんてどうでもいいやと思うワタシであった。

「それと明日だけど、午前中が学校よね」

「ええ。」と、ワタシは答えた。ユキ社長は先ほどの契約内容の打ち合わせの際、チョットだけワタシが見せた短大の時間割を全て覚えているようで、ワタシのスケジュールをドンドン埋めていく。


「じゃあ、明日は午後2時に表参道のこのスタジオね。ここにさっき言ったカメラマンの宇佐美君がいるから、貴方自身のブック用の写真を撮るからね!」と、スタジオの地図をワタシにくれた。

「はい。」

「それと、学校でも家でもウオーキングの練習は続けること。2週間後、既製服の専門メーカーのショーに出て貰うから、いいね!」

「えー!もうショーに出るですか?」

「なに?嫌なの?」

「とんでもないです。有難いです!」

「だったら、言ったように練習してね。明日またスタジオでテストするから、じゃあ、お疲れさん!」と、ユキ社長は何があっても淡々とワタシに言い、成すがまま、ワタシは事務所を後にした。


高校時代、バレーボールでそこそこ活躍してきた。だから、体力には自信がある。でも、本格的なモデル・ウオーキングは全く別物だ。集中して歩くほか、要求される見せ方もある。本当に『努力』を繰り返さなければと思いつつ、短大の授業に出る為、ふらつきながら外苑前の駅に向かう。


「ご苦労様だね!」と、後ろから声が掛かった。さっき事務所で出会った原口さんの見習い『中村百合』だ。チョット奇抜だけど、ヘアメークらしい格好でワタシを追いかけてきた。

「お疲れ様です。もう、足がガタガタで。」と、取り敢えず笑顔だけ作って百合に答えた。

「あの、遥ちゃんと私同じ歳だよ。今、美容専門学校の1年に通っているんだけど、原口先生の付き人兼見習いもやってて結構キツイよ。でも、今日の遥ちゃんに観てて私も頑張れそう!」と、百合が早口で話してきた。

「有難う!嬉しいよ!ところで百合ちゃんは、人にメークはしているの?」

「ううん、未だだよ。多分、遥ちゃんが有名になっても未だかも」

「そんなこと無いでしょ」

と、2人会話は続き長くなったので、近くの喫茶店に入り話を続けた。

結局、この日の午後、2人共授業があったにも関わらず、2人共サボって夕方まで話し込んでしまった。


東京下町生まれで手が器用な百合、千葉木更津生まれで運動神経だけがあるワタシ。19歳で形は違うが、同じショービジネスで生き始めた2人の最初の夏だった。


「そう言えばさ、遥ちゃん、『松山仁』に会いたいって言ってたね」

「うん」

「多分だけ・・・。明日、遥ちゃんが行く表参道のスタジオに『仁さん』も来ると思うよ」

「えっ、本当?」

「うん、確か、原口先生と次の仕事の件で打ち合わせで来るはずだよ」


”やった!”

”もしかすると、明日、高校1年の夏に立てた「5つの計画」が全て叶うかもしれない。”


『そう思っていた』時のワタシと、『そこから』のワタシ。


この時が『夢』を持つ少女時代と別れ、『現実』を生きる大人の女性になる第一歩だったと思う。

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