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ランウェイへようこそ  作者: 人生輝
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第二章 第2部 喧嘩したからこそ

「おかしい・・・。」

ワタシは過去に経験した事の無い体調不良に見舞われていた。

1990年、パリを拠点として迎えた2度目の秋。4大コレクションを終え、東京コレクションの為に帰国した翌日、泊まっていたホテルの一室で朝から目眩と吐き気が繰り返し襲ってきていた。

ワタシは、中学、高校でバレーボール選手で数多くの大会にでた事がある。その際、多少の体調不良でも精神力でカバーし試合に臨んできた。なので、最初は「大したことないよ」と自分で自分に暗示を掛け、奮い立たせようと努力した。


でも、全くダメだ。

この後、近くのスタジオでインタビューが入っている。

気合を入れてみたが、余計身体に負担が掛かる。


「ハルカです。社長お疲れ様です。」

日本で一番頼れるのこの人しかいない。気が付いた時には『ユキ社長』こと事務所社長の田淵由紀子へ電話をしていた。


「ハルカ、お疲れ。ってか、アンタにしては随分と元気が無いわね?」

「すみません社長。なんか朝から身体がおかしいんです。目眩と吐き気繰り返しに来ていて。」

「ハルカ、大丈夫!? 分かった今から行くわ!」


電話を切って30分位後、ユキ社長がやって来た。

「ハルカ、どうなの?」

「社長・・・。」と言ったワタシは、其の儘、意識を失った。


そして、次にワタシが気が付いた場所は、総合病院の病室だった。


「妊娠3か月だよ。」

未だ、ぼやっとした意識で寝ているワタシの横から、ユキ社長の声がした。

「そうですか・・・。スミマセン。」と、ワタシは一言社長へ伝えた。


「おめでたい話だけどね・・・。ただ、アンタの場合は・・・。」

「申し訳ありません。あのインタビューは?」

「無理でしょ。疲労による体調不良にして、キャンセルしたわ。」

「社長。本当に申し訳ありません。」

「申し訳ありませんと言われてもねえ。で、相手は誰なの?」


こうなることは、勿論、予測は出来た。

ただ、この時期、特に日本に帰国して間もなくとは・・・。


丁度1年前、ワタシがパリに拠点を移して最初のパリコレ、男女が同時に出演するショーの時だった。

ランウェイの先端まで行ったワタシがターンをして戻るとき、運命の出来事が起きる。


次に来るモデルの為に、左サイドから戻るワタシの目の前を、蛇行しながら歩いてくる身長190cm近い、金髪ロングヘアの男性モデルが迫ってきた。ワタシは平静を装いながら、その男性モデル目を見つめ、センターに寄る様に促した。しかし、その男は蛇行を繰り返す。そして、接触しそうになり、ワタシはウオーキングを一時止める覚悟をした瞬間だった。その男は一瞬にして反対の右サイドに斜めに移動し一難を避けた。


「You suck!(へたくそ!)」

ショーが終了した後、楽屋で一緒に出演した友人のカルラが、ワタシの横で男性に向かって怒鳴った。相手は蛇行して歩いた例の男性モデルだ。舞台の袖にいたカルラはワタシとの一部始終を見ていた。

「アンタ素人?ぶつかったら、飛んでもないことになるじゃない!」

「オレは指示された通りに歩いただけだ。」

男性モデルは、高い位置からカルラとワタシを見て、落ち着いた低い声でそう言った。

「ゲネプロではそんな指示無かったじゃない!」と、ワタシも強い口調で言った。

「ゲネプロの後に決まったことだ。もういいだろ。」

「ちょっと待ちなさいよ。そんな演出、ワタシは聞いてない!」

「お前には関係無いからだ。」と男性モデルは言った後、出口に向かって歩き出していた。


「アンタと被るショーは2人共二度と御免だから、取り敢えず名前と事務所教えておいてよ!」とカルラが大声で言った後、立ち止まり、其の儘の姿勢で、

「アクセル。スウエーデンから来ている。ここではエトワールに所属だ。」


==数日後==


ワタシとカルラ、そしてもう一人のモデル仲間ジュリーと3人でミラノに向かう為、空港の出発ロビーで搭乗を待っていた。ワタシにとっては初のコレクション転戦だったので喜びと興奮に包まれていた。

ジュリーが知り合いを見つけたようでワタシ達2人から暫く離れていた。そして、彼女が戻って来た時、一人の男性が一緒だった。

「紹介するわ。今年の春ニューヨークコレクションで活躍した奇抜なモデルさんよ!」

その男性をみると、

「お前らか!」

「何知り合い?」とジュリー。

「知り合いも何も、この男のせいでハルカが大怪我するところだったのよ!」とカルラが詰め寄る。

そこに居た男は、アノ『アクセル』だった。

「お前、ハルカっていうのか?なに人だ?」とアクセル。

「日本人よ。」

「モデルとしては珍しいな。」

「随分失礼ね!」

「ジュリー、ハルカも私もこいつとは一緒に居たくないから。」とカルラ。

「カルラもハルカもそれ誤解だと思うよ。アクセルは物凄く真面目にモデルを取り組んでいるんだよ」と必死にジュリーが間を取り持とうしていた。


「オレもこいつらと居たくない、不愉快だ。同じフライトのようだけど席は離れた所にして貰うよ。」と言い立ち去って行った。


”同じフライトって・・・。アイツもミラコレに出るの!”

ワタシだって不愉快だ。


「二人が出たショーの演出家は変人なの。ああ言う演出は良くやるんだって!」

と、フライト中、ジュリーがカルラとワタシを説得する。

「にしてもよ。アクセルはやり過ぎよ!絶対許せない!」とカルラ。

「うん、だってアイコンタクトを完全拒否してたし」とワタシもアクセルに対して怒りしかなかった。

「確かにアクセルは集中し過ぎるところがあるのは聞いている。でも、彼はスウエーデン人でニューヨーク大学芸術学部に留学した経歴を持っているの。トップクラスで卒業もしているし、将来、俳優としても期待されているのよ」

「だからと言って、他のモデルを危険に晒すようなことってしていいわけないじゃない!」

と、ついワタシは機内で大声で怒ってしまった。


ミラノに着いてからの生活はパリと変わらない。寧ろ短時間でオーディションを受ける必要があるので、かなりハードだ。しかし、初回にも関わらず、ワタシは思っていた以上にショーに出ることが出来た。そして、その後のロンドン、ニューヨーク、東京に繋がる推薦をクライアントから受けることも出来た。

3つ目のオーディションだったと思う。そのブランドは、男女双方でショーを行うところだ。オーディションが終わった後、聞いたことのある”低い声”の男から声を掛けられた。


「おい、調子はどうだ?」

振り向くとアクセルだ。

「アンタには関係ないでしょ!」

「そうだな、関係ないな。でも、オレもここのオーディションを受けたんだよ。」

「あっそう。じゃあ、今度は男性相手に事故でも起こしてくださいよ。じゃあ!」

「おい、日本の男性は今でも刀を持って街を歩いているのか?」

「えっ、アンタ、日本を馬鹿にしているの?」

「違う。そういう国だと聞いていたからだ。」

「じゃあ、そうだと思って置いて!アンタみたいな人は来て貰いたくないしね。」


知らないのは仕方ないとしても、アクセルから言われると馬鹿にされているようにしか聞こえない。

本当に嫌な奴だ。


「ハルカ?だったな。お前、日本のどんな街に住んでいたんだ?」

”シツコイ”と怒りが込み上げてきた。どうせ、日本を馬鹿にすることを言うに決まっていると思ったが取り敢えず答えた。


「漁港だよ!何か問題でも?」

「えっ、お前、漁港育ちか?オレもだよ!お前のオヤジさんは漁師か?」

「違うよ。漁港の近くで小さな”レストラン”やっているよ。凄く日本的なね。」

「オレの街はシムリスハムって言うスウエーデンの南にあるんだ。古くからある小さな漁港でな。オヤジは漁師だったけど早くに車の事故で死んじまったよ。オフクロは、パブで今働いているんだ。」

「そうなんだ。ワタシの街は”キサラヅ”っていうよ。東京は知ってる?日本で一番大きな街。そこから近いよ。」


単に”漁港出身者”であることが共通点だった。でもそのことで、二人の仲は急速に近づいた。

気が付けばその後のロンドン、ニューヨークコレクションは、カルラやジュリーとは別行動となっていた。


「アンタ達、一体どうなっているの?」と二人に呆れられた。


でも、ワタシのモデル人生はこの時から、アクセルがいなければ成り立たなくなっていた。


「ニューヨークが終わったらスウエーデンに帰るよ」とアクセルに言われた時、ワタシは、

「東京が終わったらスウエーデンに行くわ」と答えた。

「ハルカはその後日本で仕事があるんじゃない?」

「クリスマスはスウエーデンで過ごすの。決めたわ!」


1989年の終わりは北欧で迎えたワタシだった。

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