第6話 巣立ちの日
1
統一暦1019年 5月28日 ベラ・ヘイロフスキー事件報告書(魔女宮保管記録・抜粋)
一、容疑者
1. ベラ・ヘイロフスキー(四級位)死亡
・1008年12月26日生まれ。(10)
・1019年 5月28日歿。
・下記リスト掲載人物を殺傷。
・犯罪にいたった動機は(以下略)
・(略)ゆえに、当人は「冬」を起因とする突然変異体質者であると認められる。
・超常状態時の魔力は超級を超える?
(魔力探求の任を自負する当局としては、実に惜しい人材であったと考える)
二、被害者
1. ヨハンナ・ハウトガスト(二級位)死亡
・999年 9月 8日生まれ。(19)
・1019年 4月22日歿。
・当年 4月 1日に昇級したばかりだった。
(ボスコヴィッチの秘蔵弟子だったとのこと)
2. ナターリア・ボスコヴィッチ(特一級位)死亡
・954年10月31日生まれ。(65)
・1019年 5月23日歿。
・実力は超級位。(昇級拒否歴あり)
3. パール・ナギブ(三級位)死亡
・1002年 8月15日生まれ。(17)
・1019年 5月24日歿。
(ハウトガストの次に位置する人材だったとのこと)
4. シンディ・ブライアント(二級位)重傷
・1004年 6月 1日生まれ。(14)
5. クララ・伊達(二級位)軽傷
ただし正体は
チャコ・唐草(特一級位)
・1004年 5月 1日生まれ。(15) カオル・唐草(特一級位・故人)の養子。
・史上最年少の特一級魔女である。(40歳以下での昇級者は、過去に例なし)
・タクラカツ村 元回転予報官。
すなわち、身分詐称。
任務放棄。
当該地出奔。
・凶悪強盗団「緋狼組」処罰。酷刑。(超魔女会議メンバー・嘉納苑子、確認済み)
・シガラ山巨大噴火災害、被災。唯一の生存者。
・ツルガッツ湾巨大津波災害、被災。生存者三名のうちの一人。他二名の救命も当人によるものである。
・ホシノテングタケ採取に成功。(これは51年ぶりの快挙である)
・超常状態となったヘイロフスキーを、単独で断罪。
その際、
テンノージの森、約1%を損失。
ホテル「テンノージ ウインザーパレス」全壊。
……
……
……
……
2
自分を慕ってくるかわいい女の子を、だれが邪険にするだろうか?
薬問屋の親父、ニコラ・パンチーニにとって、クララ・伊達二級魔女は、気持ちが通じあう、お気に入りの少女だった。
顔をあわすたびに冗談を言いあい、からかったり、からかわれたり、時にはまじめに話をしたり……。薬草狩りの腕前だってたいしたものだった。なんつったって、ホシノテングタケを持ち込んできやがったのだから! たまげるとはあのときことを言うのだろう。恥ずかしながら、長年この商売をやっていながら、実物を見たのはあのときが初めてだった……。とにかく! 気安い、年若い、ちょっと大事な友だちなのだ。……なくなった妻、いや、娘に似てるんじゃなかろうか? ――ああ! つまり! あの子がいない日々など考えられないし、考えたくもない。今までどうり、気軽に軽口をたたきあい、へこましたり、やっつけられたりしながら、毎日を楽しく過ごしていくつもりだったし、それを疑うこともなかった。
――が。
ここ、オサカ市市長執務室。
その彼女が、目の前に立っている。まったく別の人間として――!?
「チャコ・唐草……特一級魔女……様……!?!」
ニコラはうなり声をあげた。――めまいがした。
3
魔女界は、世界政府から(また民衆からも)、治外法権を、事実上認められている社会である。いかなる重大事件が起ころうとも、そこに任意の魔女が存在していたならば、その魔女一個人の判断において処置することが、咎なしに絶対的に認められている。
その個人にすべて一任され、いちいち魔女社会の代表的支配機構が動くことはない。これは、魔女個人に認められた一大特権であった。
当然、魔女各人においては、その特権に見合う人品人格、行動を要求されることは言うまでもない。
世界統一以来、この一事に関しては、各人の誇りと意識により、おおむね守られてきたと言えるであろう。
だが時として、ほぉんの少し、ハメを外してしまうことがある。一個人が、魔女界全体の信用を貶めかねないときがある。
そんなときには――
「ベラ・ヘイロフスキー事件」
あれだけネタが揃ったら、いくらなんでもしらんぷりはできまい。
魔女宮から誰か役員を出向させ、動揺した民衆を慰撫し、世界政府に対しては何らかのケジメをつけて見せなければ、魔女界支配機構として格好がつかないと言うものだ。
これは、だから、しょうがないことなのだ。
クララ・伊達こと、わたし、チャコ・唐草。もう、笑うしか、ないじゃない? アハ、アハ、アハハハハ……
……
……
……
4
ベラ・ヘイロフスキーとの果たし合いから四日後のことだった。
王都キョーツの魔女宮から、調査のために一人の魔女が、オサカの市に下って来た。
マリア・アヴェロエス超級魔女――!
魔女宮最高意志決定機関――超魔女会議――の重鎮である。
前例のない事態に、オサカ市は、慄然した。
魔女宮には、上はこの「超」から下は「二級」まで、すべて揃っている。揃っているとは言っても、「超」は世界中にたった十三名しかいない。対して中堅どころの「一級」の職員の数は分厚い層をなしており、彼女らは名をあげる仕事のチャンスに飢えていた。だから、なにもいちいち将校たる「超」が出張って来るまでもないはずなのだ。
わざわざ「超」が乗り出してくる理由――
あの暫定超級・ボスコヴィッチが絡んだ事件だから、と言えるかもしれない。が、真の理由はチャコにあった。チャコは、「特一」だった。チャコより「格下」がチャコを裁けるはずがないのであるし、「あの」チャコだからこそ、「超」が出てきたのであった。
市長は自分の執務室を超魔女に明け渡した。調査は、そこを借りて行われた。
※
黒髪のチャコと金髪のシンディ、そして赤毛のニコラ・パンチーニの順番が来た。三人いっしょだ。
執務室の中に入ると、そこにはだれもいなかった。肩をすくめ、長椅子に座ろうとするニコラを、シンディがそっと制した。
「……」
立ち続けていると、奥のドアがひとりでに開いて、ついで、かの人物が粛粛と現れたのだった。
フード付のエンジ色の衣に全身を包み、さらにその上に、数々の宝石――神々しい真の宝石は、その魔女の魔力を、さらに数十倍に増幅さすという――をまとっている。人はその姿を見ただけで、光と闇を同居させえる、巨大な力を有する魔女だと本能的に悟るのだ。
アヴェロエス――。世の辛酸をなめつくし、寛容と厳格、奔放と礼、悪と正義を知り、そして業と魂を極限にまで磨き上げ、生き抜いてきた老魔女。
今、彼女はフードを外す。まるで太陽フレアーのような白頭。紫の眼光鋭く、そのかたく厳しくひき締まった貌は、いかなるものをも明らかにせずにはおかぬという、非情の決意の表れである。チャコたちの周囲から音が消滅する。いや、三人ともいろいろな音が耳に入っているのだが、なによりも目の前の人物に意識が集中してしまって、室内外の雑音なんかには注意が働かなくなってしまったのだ。その一種の静寂の中、アヴェロエスの威厳、気品、そして恐怖といったものが、とめどもなく、永久に、圧倒的に、吹き付けられて来るのであった。
超魔女は、まっすぐチャコを見た。――膝が、崩れそうになる。
「……」
ああ――!
これを運命と呼ぶのだろうか――
チャコは――こんなことになるんだったら――せめてニコラには、本名をあかしておくのだったと、いまさらながら後悔した。
アヴェロエスは、ただ、チャコを見つめ続けているだけ。
クララ・伊達にしてタクラカツ村出奔のチャコ・唐草特一級魔女は、脂汗を浮かべ、その視線にじっと耐え続けるのみだ……。
5
三日後。
マリア・アヴェロエスの調査は終了し、彼女は一時の休息もなく帰還した。市長をはじめとする関係者らは、緊張からとき放たれた。
チャコはオサカ市内のホテルに自ら謹慎し、超魔女会議の裁決を待っていた。
事情があったとはいえ、今回は自分でもやりすぎではなかったかと思うのだ。
非は相手にあったと思う。ベラは、事情があったにせよ、三人もの命を奪った殺人者だった。
あの夜の決闘はいわば必然であったし――あのとき、相手の息の根をとめねば、逆に自分が殺されるという状況だった。
こちらに非はないと思うのだ……。
「……」
だが、先に仕掛けたのは、まぎれもなくチャコだ。それも最初から殺す気まんまんで、いきなり爆雷攻撃。
いかに頭に血が上っていたとはいえ、軽率ではなかったろうか?
くわえて――
チャコの顔が苦汁にゆがむ。
――チャコは、村を自分勝手に捨てた。
「……」
強盗団をトカゲにして、結果的に殲滅したこともあった。
(――いや、あの一件に関しては、嘉納様がお認め下さった)
大噴火で、結局一人も救えなかった……。
(――いや、あの災害は――)
大津波で、助けたのは、あの二人きりだった……。
(あの災害は――どうしようも――)
ジャクリーヌを、赤ちゃんを、助けなかった!
(――)
「……ああ!」
次から次へと、過去の行状が浮かび上がってくる。もう床を転げ回りたいくらいだ。
ガンッ――と、おでこを机にぶつける。
はたして――
自分は、これでいいのだろうか? こんなんで生きていていいのだろうか?
魔女としてやっていけるのだろうか? 人として、やっていけるのだろうか――?
ガンッ――
ガンッ――
ガンッ――
――
たえることなく、自責の念にさいなまれるチャコだった。
チャコは結局一週間、謹慎を続けた。超魔女会議からは、なんの沙汰もなかった。
とりあえずお咎めなし、と受け取ってもいいように思えた……。
6
赤毛の無骨な薬問屋の親父、ニコラ・パンチーニは、激しく動揺していた。彼ほどの男ですら、膝の震えを完全に消すことができないでいる――
今まで、独立したての二級魔女だと思っていた女の子が、実は二階級上の、こともあろうか特一級魔女だと知ったときの驚き! もはやタマげた、というケチな言葉ではすまされない、寿命が縮むほどの驚愕の事実であった。
せめて、これがただの一級位であったのならまだしも――特一級位となると理解の範疇を超える。神聖にて不可侵なる宇宙の深淵を、誤って覗き見してしまった思いである。――ああ! その虚無なる暗黒の孔に引き摺り込まれ――おお! 気をしっかり持たないと、意識を失ってしまいそうだ――!
※
魔女の階級の力の差は、一般に次のように認識されている。
「二級」 三級の100倍。
「一級」 二級の100倍。
「特一級」一級の10倍。
「准超級」特一級の10倍。
「超級」 准超級の1~3倍。(超級と准超はほぼ同レベル)
この数字は、各階級の「新人同士」を比べてのものであり、目安程度のものでしかない。つまり同級同士でも、新人とベテランでは差があるということだ。
なお、「四級から見た三級」と、「超級から見た最高位」は、計算不能である。
「四級」は、「三級」から見て限りなく「0」に近いし。
「最高」は、「超」から見て、限りなく「∞」に近いからである。
ゆえ――
つまり――
シンディ・ブライアント二級魔女から見て、二階級上のチャコ・唐草特一級魔女は――おおよそ――千倍も魔力が強いということになる! そうなる。たしかに。これは、ニコラでなくとも、目を回すというものだろう。
逆にチャコからしたら、それくらいの相手となると、もはや――
超魔女会議の十三人のメンバー以外には、「AAA」としかその名称が知られていない――
最高魔女、ただお一方しか存在しない、という理屈になるのだ。
※
特一級魔女は切々と訴える。
「クララは、ある意味で本名同然なの。騙すつもりはけっして……。隠してて、ほんとうにごめんなさい」
「……」
声もない、親父だ。
7
だがさすがはニコラ、だった。これまでの気安いつき合いが彼を助けたのだろう、ニコラは、特一級魔女相手に、腹を据えたのだ。一瞬、娘を見つめるような眼差しになり――すぐに打ち消すように、彼は今までと変わらない態度に戻ったのだった。両手を振り振り、いつもの調子でしゃべりはじめた。
「唐草チャコ、ちゃん。なんだい、本名の方がずっと、その、素敵じゃねえか!」
「ありがとう……」
「じゃあ、あらためて、ヨロシクだ、チャコちゃん。これからもごヒイキに頼むぜ」
「うん、うん……」
「なんだか目出てぇな。イャホゥ! 今日は記念日にしようや」
「うん、うん……」
ニコラもうんうん、と頷き返す。と、なぜか、あわてたように目頭を押さえた。
「──」
それから数分間は、二人ともまともに声が出ず、ただただ、こくこくと首を振り続けるだけだったのであった……。
ニコラ、声なくも破顔一笑。
「さて……」
咳払いした。
「……タクラカツ村のニュースだ」
「え……!?」
ニコラはウインクする。
「ワシに、ぬかりはねえぜ? じつは調べたんだ」
知らず、チャコの顔がこわばる。
「村では過日、新しい魔女様、二級魔女を、お迎えしたそうな」
「……」
この事実は、ある程度予想していたことだった。が、やっぱりショックだった。これで、本当に、|故郷との縁が切れてしまった《・・・・・・・・・・・・・》のだ。
チャコに、もはや帰れる場所はない!
「……そう、なの」
「それから、一区、二区の区長は、辞任したって話だ」
「!」
これは、こたえた。
さぞかし、恨むであろう。軽蔑するであろう。最大級の侮蔑の言葉で、チャコを罵るにちがいなかった。地位を失った彼らには、そうする権利があるのだ。――その権利しか、残されていないのだ!
チャコはあわてた。涙をこらえた。――しょうがなかった。自分は、最低の人間だった。
まるで、目鼻と口がちゃんとあるノッペラボウ――のようなチャコに、ニコラは優しく声をかけた。
「どうでっしゃろ……」
「……?」
「もう社会見聞も、十分じゃねえかと、思うんだが?」
「……」
ニコラ、じつにさりげなく、
「自分の立場の重さも、また十分に再認識したようだし……」
「……」
そして、言った。
「この市、どう思う?」
「……!」
ニコラ、一世一代の気迫をこめた。
「もしこのオサカがお気に召したら、どうだい? いっそここに腰を据えてみちゃあ!? その気になってくれたら、ワシ、チャコんため、精一杯運動させてもらいまっせ!」
ニコラ・パンチーニ、熱をこめてチャコを見つめる。
その視線を、チャコは、受けとめ――
こらえていた涙が、とうとう、あふれてしまったのだった。
8
「お帰り! チャコ!」
ホテルのロビー。そして、こちらはまったく変わらなかったシンディだ。
特一級魔女と知っても、まるでびびらないシンディ。
この子なら、たとえ相手が最高魔女であったとしても――態度をかえないだろうな。
チャコは苦笑し、同時にありがたく思った。
「うん、ただいま……」
「あのねキーマンのセカンド・フラッシュが手に入ったの! すごいでしょう! チャコが帰ってくるまで我慢してたんだから! はやく!」
「うん、うん……」
しゃちほこばるホテルマン。彼らの興味津々たる注視の中、二人は部屋に歩き去って行く。
ランの花の香り――
一口含むと、そのコクある味わいがいっぱいに広がる――
「……」
「どうしたの? 涙なんか流して?」
「ん? ああ、ごめん。……あまりにもおいしいものだから」
「わたしの腕もいいんだからね」
「じゅーぶんわかってる。ねえ……」
「なに?」
「──ニコラにね。その……この市の回転予報官になれって、迫られちゃった。運動してくれるって。……おやっさんの見立てだと、そう難しくはないだろうって。……市長にはもう根回ししてて、いい感触を得てるんだって」
「チャコはどう思ってんの?」
息を、吐く。少し、震える。
「――いい市だわ」
「なら、きめちゃえば?」
「シンディは、どうする?」
チャコは、いくぶんすがるような気持ちで彼女を見た。
(シンディほど心安いパートナーはいない!)
(この子ほどのブレーンは、めったにいない!)
(この子ほど未知の、深い才能の持ち主はいない!)
できたら――
――
彼女は、椅子の背によりかかると、ため息をついた。
初めて見る、シンディのその姿だった。
「……あなたほど、ティーのわかる人はいなかったわ」
「――」
お別れの、言葉だった。チャコは泣き笑いの顔になった。そして応える。
「――あなたほど聡明で、かわいい、美しい人は、いなかった……よ……」
シンディ、あっけらかんと、
「わぁ!? 後悔しないでね、その言葉! 一生わすれないからね!」
そして、屈託なく明るく笑ったのだった。
あまりにも唐突に、シンディは旅立った。
昨日の今日――
涼やかな風に草原は波打ち、白いドレスが柔らかく揺れる。空は絹雲が筋を引き、小鳥がさえずり、とびきりにいい旅びよりだった。
クリーム色の四次元トランクにベルトを回し、背中に背負ったシンディは、とりあえずヨドウ川に沿って下る、とチャコに言った。コベの港町から、湾づたいに――(おおツルガッツ!)――南へ。それから先は、風の向くまま、気の向くまま――
チャコは、しいて笑顔を作った。
シンディ・ブライアント――
思えば、不思議な少女だった。
(――いけない!)
(このままだと、感傷に溺れてしまう!)
あわてたチャコは――
――チャコは、以前から聞きたかったことを訊いた。なかば叫ぶように、
「あなたの旅の目的はなんなの!?」
「――」
シンディはただほほ笑み――そして柔らかく両腕を広げた。
「――わたしを中心に――世界は、回る! ……わかって?」
「……」
チャコはほほ笑んだ。わからないわ、と思った。が、シンディらしいせりふだと思った。
シンディはチャコに近づくと、ほほにキスした。そのあと白いつば広の帽子を頭に乗せる。
「じゃ……」
とシンディ。
「元気でね! 水に気をつけて……」
とチャコ。
二人とも腕を上げ、一度軽く振り……そしてシンディは、二度とふり返らなかった。青空の下、草の丘の向こうに隠れ消えて行く――
チャコはホテルの部屋に帰ると、ベッドに倒れこんだ。ピローに顔を沈め、叫んだ。
「シンディーッ!」
9
翌日、市役所の人間が迎えに来た。
その馬車に揺られ、市中に入って行く。商店街、さらにその奥の官庁地区へと……。
馬車は走ったかと思えば止まったりで、ゆっくりとしたペースで進んでいる。商店の店員やら工員たちが、商品をぶらさげ、道具をかかえ、せわしく歩き回っていた。それに十倍する住民たちが、横切ったり、追い越して行ったり、道の真ん中で立ち止まっておしゃべりしたり、わめいたり、笑い合ったり、ケンカしてたり――
そのたびに立ち往生し――
自分の足で歩いた方が、なんだか速そうに思えた。
市役所に到着すると、正面玄関で市長その人が、チャコを出迎えた。アル・ハサン・イブン・フサイン。高価なウールのスーツを着こなした、恰幅のいい、白髪混じりの豊かな頭髪、顎髭の、五十代の紳士だった。
「ようこそ、おひさしぶりです!」
とタレ目の笑顔、そして握手。二人が顔をあわすのは、事情聴取以来だ。
あの市長執務室に通され、ふかふかの椅子を勧められる。開かれた窓からは、市民のあかるい笑い声が聞こえてくる。この前とあまりにも違いすぎ――心地よかった。
用件は簡単だった。
チャコは、市長から正式に回転予報官として就任することを要請され、これを了承した。
チャコ・唐草 特一級魔女 オサカ=九万都市 正回転予報官――!!
身が引き締まる思いだった。市長が言葉を続ける。
「実はもう、魔女宮にその旨を連絡しているんですよ。貴女はきっと受けて下さると、確信しておりましたので」
市長、優しげにウィンク。段取りがいい。やり手なのだろう。
「さて、そこでご相談なんですが……」
そのやり手の市長が言いよどんだ。
「はい?」
「ボスコヴィッチ家のことです」
「……」
ボスコヴィッチ家には、残された三級魔女が、十人いた。
「つまり……」
市長はかなり言いにくそうだったが、つまるところ、ボスコヴィッチ家をそっくりそのまま引き継いでほしい――十人と屋敷をまるごと預かってほしい――とチャコに打診したのだ。
「……」
チャコは心中、思い切りうめいた。
正直なところ、これはかなりの重荷だ。
ほぼ同い年の少女たちを、しょいこむのだ――
「……」
市長がチャコを、静かに見守っている。
ニコラの心配そうな顔が、脳裏に浮かぶ。
「……はい。わかりました」
チャコは、受けた。
心の内なる震えとともに、覚悟を決めたのだった。
10
かさばる荷物など何もない。いつもの通りリュック一つきりの身軽さで、その日のうちに旧ボスコヴィッチ屋敷に移った。
夕闇に包まれ、ひっそりと、鳴りを潜める古い館。正面玄関の前に立つと、ひとりでに扉が開く。
闇の中に一歩踏み入れると、ぼうっと、霧のような光が部屋を照らしはじめた。
中は、無人。背後で、扉が音もなく閉じられる――
広い空間。塵一つ無い、磨き上げられた、床、壁、窓、階段。壁にはいくつもの絵画、肖像画。ひときわ大きなナターリア・ボスコヴィッチの肖像画――
チャコは部屋の中央に歩いた。
と、いきなり部屋が動き出したのだ。部屋の各パーツが、退きはじめたのである。
天井、壁などが、チャコを中心に後ずさりしはじめ、あっという間に宇宙に、地平線に霞み消えた。虚無の大平面。そこに、うっそうと草が生い茂りはじめ、木々が伸びはじめ、林となり森となり――
上を見ると星がまたたき、帚星が流れ、オーロラが揺れている。満ち欠けの違う月が十個も出現し、その月たちが、ニタリと笑った――
チャコは鋭く手を叩き合わせた。
乾いた音、空気が震える音――
とたん、幻が破れた。同時に、どたんばたんという盛大な音がして、計十たりの少女たちが床に転がったのだった。
「……」
もとの部屋の中である。そこに転がる、ふてくされた顔、無関心をよそおう顔、悔しさをかみ殺した顔、わずかに恥じいるような顔――
服装も、まあカジュアルだこと、ジーンズ、ミニスカ、オーバーオール、スーツに、キモノに、特攻服――!
もう少しで笑ってしまうところだ。チャコは凛として声を張った。
「一時間後に広間に集合すること! もしそのとき──」
私服の一同を睨み付けた。
「ふざけた格好してたら、そく、屋敷から追い出すからね!」
「……」
返事がない。チャコは内心溜息を一つつき、連中をそのまま、旧主の執務室へと歩きはじめた。
整理整頓を済ますと、ちょうど一時間。窓の外は、もはや真っ暗だった。
魔女には、ふさわしい刻だろう。チャコは黒と緋色の正装になり、威儀を正した。
広間での再度の顔合わせ――
「! ……」
ボスコヴィッチ家の、残された十人の三級魔女たち――
みんな、白衣だった。
「……」
これが、ボスコヴィッチ家での、正装なのだろうか?
そんなはずなかった。
魔女の正式な服装色は、黒と決まっている。独立もほど遠い修行中の分際のうえ、あたらしく師母を迎えるというシチュエーションで、なおさら他の色――それもよりによって白――など許されるはずがない。
彼女らのその衣装は、チャコに対する何らかの意志の現われと、とるしかない。
先が、思いやられた。
(白なんて、あんたら100万光年早すぎなんだから!)
……
ああ、シンディ――!
あらためて、一人ひとりの顔を見る。背の高さも、髪の毛も、肌の色も、顔立ちも、瞳の色も――てんでばらばら。歳も、チャコとプラスマイナス三歳くらいしか変わらない。体も、心も、今が成長期。その年若く鋭い二十の瞳が、チャコを無遠慮に射している。
その十人の顔が、心のうちを、如実に物語っていた。
(自分よりも若い!)
(自分とほとんど歳がかわらない!)
(それでいて、階級が三も違う――)
(三! 十万倍! ……気が遠くなるほど、上の人)
(なぜなの!? 才能!? カネ!? 縁故!? 血!? ――血!? 血!? 血!?)
(なんにしろ、ろくでもないヤツにきまってる!)
(こんなやつの下になるなんて!)
(――!)
チャコは、妬み、恨みの――渦巻きを見る思いだ。あのベラは、こんな環境の中に閉じこめられていたのだ。ちょっと、気が重くなる。
「……さて」
チャコはきわめて簡単に自己紹介を済ませた。弟子ら(彼女たちのことだ!)の自己紹介は、期待できそうもなかったから後の事とし、チャコはいきなり仕事を命じた。たとえ恨まれようが妬まれようが、嫌われようが、もうチャコは断固としてやらなければならなかった。
「今から全員で、クロアナゴケを採取しに行ってもらいます。もちろん、明かりは使用してはいけません。いいわね? じゃ……行きなさいっ!」
全員の体がびくりと震えた。
精一杯に気迫を込めた有無を言わせぬ大命令――師母の厳命だった!
全員が出て行き、空っぽになった広間で、チャコは椅子に深々と身を沈めた。
闇夜のクロアナゴケ……。たとえ明かりを使ったとしても、難しいだろう。
目頭を揉む。正直、もう疲れ果てた、て感じだ。
「……」
当分、今の調子で、連中をかき回してやるつもりだった。
けなし、けなし、けなし、けなし……。
それで、うまくやれたヤツが出てきたら、ソイツのことを少しほめてやる。
そうやって全員を「へとへと」にし――掌握する!
そののち、それぞれに合わせて、微妙にケアしていく……。
さらにそののち……。
さらにさらにそののち……。
「……」
偉大なるナターリア・ボスコヴィッチの名と――そうと知って引き継いだ自分の面目。それをかけて、彼女たちを立派に巣立たせてやらねばならない!
チャコの細い両肩に、みりみりと音を立てて、今、重いものがゆっくりと乗りあがった。
義務――
責任――
かつて、この重しから――
(!)
身体が震える。ぶるぶると震える。
この重しから――こんどこそ逃げられない。二度と、許されないことだった!
11
命令を出してから一時間もたったろうか――
あわただしい足音が聞こえ、ノックもなにもなしにドアがはね開けられた。
一人の弟子――たしか、メアリー・ラム?――が、プラチナの髪の毛をふり乱しながら、部屋の中に駆けこんで来た。
「師母さまァ――!」
「なにごと? メアリー」
「火、火、火が――」
「落ち着いて……」
「火が! シャーロットが、たいまつ! ――枯れ草に燃え移って! おお!」
「……」
そうなの……と、チャコは思った。明かりは使うな、という自分の言葉は、さっそく、無視されてしまったようだ。
「師母さま――!」
メアリーはそばかすだらけの小柄な女の子だ。自分より二つくらい年下だろう。手も足も頼りなく細く、まだ幼い。その少女が、じだんだ踏んでパニックをおこしている。
ため息が出た。チャコはゆっくりと腰をあげた。
「メアリ、案内しなさい……」
興奮で半狂乱のメアリーに連れてこられたチャコは、目の前に山火事を見た。あはははは、と笑ってしまった。
第一夜からして、これであった。
(さぞかし、遠くまで見えることでしょうね!)
市の人々の目に盛大に映るであろう、大失態だ。
その炎の中に、狂ったように走り回っている人影が見える。シャーロットたち――火をつけて、その火に巻かれた三級魔女たちだ。
「師母さま!」
メアリーが叫んだ――
唐突に、これは試してみるいい機会かもしれない、とチャコは考えた。
泣き叫ぶメアリーを無視すると、北を向き、声を発した。
「いでよ!」
とたん、響くように反応があった。ああ! 甲冑武者の登場である!
「多聞鬼、命により罷り越しましたッ。クララ様!」
いつもと違う――? その表情や畏まる体の形に、勘違いだろうか――喜びの色が見てとれた。
「……なんだか、うれしそうね?」
「初めてでございますな……御上が意思を持って、我を直にお呼び下されました」
ニッ……と、笑ったのだろう唇が動き、牙が、より長くむき出しにされる。
「そうね? 喜んでもらえたようで、わたしもうれしいわ。とりあえず今は――あの人たちを救い出してもらいたいの」
「ははッ。今や力百倍! お任せ、あれいッ――!」
言うが早いか多聞鬼は火の中にとび込んだ。
一面の炎が、その鬼に跳ね飛ばされ、踏みにじられ、逆に逃げまどう――。空気をびりびりと震わせながら鬼は縦横無尽に走り回り、目を剥いて悲鳴を上げ暴れる少女たち一人ひとりをひっつかまえると安全地帯に運び――
「あわわわわわわ……」
足元でメアリーが腰を抜かしている。
さて、この火事を、どうかしなくてはならない。
自分でやろうか――と最初考えた。が、思うところがあって考え直した。
チャコは、さらに呼び出せるかやってみることにしたのだ。
「もう一人……いでよ!」
とたん――至近距離で雷鳴を轟かせながら――
「はははあッ――! これに御座候ッ! クララ様!」
雷音に負けずの大声が命に答える。大成功だ。メアリーが頭を抱え、ヒェェェェ、とうずくまった。
「以前見た顔――東の、持国鬼だったっけ?」
「おお、うれしゅう御座います! クララ様!」
「さっそくだけど、このざまを見て。山の火事、消してほしいんだけど……できる?」
「いと、容易きことにて御座ります!」
「ならお願い」
「承知! しからば、ごめんんんッ!」
言い終わるが早いか、ごうごうと風音をたてて、天に向かって空気の階段を駆け上って行く――
ほどなく。
稲光がし――
いかにもな不気味な音が響き渡り――
たっぷり一つの湖ぶんの水塊が、上空から一気に投げ落とされてきたのだった!
その水の勢いたるや凄まじく――木の枝をへし折り、岩を突き動かし、大地を打ち鳴らし、あれほどの山火事が、一瞬で鎮火してしまった。
「やりすぎよ……」
あまりのすごさに、命を出したチャコ自身が苦笑する。
やがて、二人の鬼がやってきて、目の前で片膝を突いて控えた。
「ご苦労さま……」
鬼は一礼し、その姿のまま、すうっ、と空気にとけて消えて行ったのだった。
チャコはふり返った。
そこに、火傷を負い、打撲、ひっかき傷、泥だらけ、ずぶ濡れの九人が、恐怖に顔をひきつらせ、ぶるぶると震え、地面にうずくまっていた。
チャコ(とそばにいたメアリー)は、当然のことながら、一点も汚れていない。これが、力の差、だった。
ボスコヴィッチ様だって、こんなまねはできなかっただろう。メアリーは、恐れと、どこか尊敬の眼差しで、チャコを見つめている。
チャコは指先を向けると、とりあえず全員を乾かした。
「……クロアナゴケはもういいわ。今日はこれで終わりにしましょう。それからメアリー、よく知らせてくれました。一人も死者が出なかったのは、あなたのおかげです。ついでですまないと思うけど、このまま彼女たちの世話をお願いします」
「……はい!」
チャコはひとつ頷くと、屋敷に向かって、一人静かに歩みだした。
12
翌日。未明から、何かを暗示するかのように、雪が降りはじめた。
早くも午前中に、市役所からの使いが来た。
昨夜の火事騒ぎの一件についてだろう、とコートを羽織りながらチャコは見当を付ける。
市の人たち、さぞかしびっくりしたに違いない。
でも、あの程度は、たいせつな修行の一環と理解してくれないことには、この先、十分に意を尽くしてやって行けない。
馬車の中でチャコは、話し合いでよい結果を出せるようにと、あれこれ考えを巡らした。
市役所に到着したチャコを、秘書が市長執務室に案内した。
アル・ハサン市長が立ち上がり、まず、軽々しく呼び出した非礼を詫びた。そして――
「唐草特一級魔女様……」
重苦しい顔だった。
その瞬間、チャコは、予感した。
「……昨日お話しした通り、唐草様をわがオサカの、回転予報官として正式にお迎えする旨を、魔女宮に連絡していたのですが……その返事が、別の形で届きました。
ベラ・ヘイロフスキー事件の、関係各位に対しての、処遇通知です……」
机の上の書類を、手で指し示す。
「!」
いまになって――ようやく、着た!
「それも……昨日の、夜。――なんと昨晩、届いたのです!」
市長は言いにくそうだった。
「魔女宮、超魔女会議からの通達です」
はたして――
「唐草様は――当分の間、回転予報官就任の権利を剥奪されます」
市長は一気に読み上げた。
……ムシがよすぎた。チャコはそう思う。
(出奔したヤクザ魔女に、当然すぎる処置よね――)
「なお……」
市長は顔色を幾分あかるくさせながら言葉を続けた。
「……特一級の階級はそのまま、だそうです。
今回は、わたくしのミスです。迂闊でした。きちんと事件の結論が出てから、お頼みすべきでした。……将来、権利が復活したあかつきには、そのときこそお願いします。……申しわけありませんでした」
市長が、その頭を深々と下げた。
「……」
チャコは窓から雪の空を見た。普段ならいやでも耳に入る、外の、人々のごった返す賑やかな音が、どうしたことか少しも聞こえてこなかった。
たった一日――
なんとまあ、たった一晩――!
たった一晩の、回転予報官だった。
13
一瞬の陽光を逃さず、野の草々が、いっせいに花咲き誇り――
小鳥たちがこぼれるような鳴き声とともに、空高く舞い上がっている。
甘い、春の土の匂い――
緩やかな山地を縫うように走る、一本の街道だ。
「あーあ……。また、一人旅、か……」
風が流れた。
オサカから、さらに北へ――
「……」
なぜ、北なのか?
そのことについては、しいて考えようとしないチャコ。
(あの子が歩き去った方向とは、逆――)
(もう二度と、会えない――)
「ばかな子ね……」
と、自分を罵って、そして――にじんだ涙をこぶしでぐいと拭った。
明るく顔を上げ、口笛を吹いた。
胸を張り、腕を心持ち大きく振って――
元気よく――
元気よく――
元気でね。水に気をつけて――!
「……」
チャコは、涙があふれて、どうしようもなかった。
とうとう立ち止まり、一歩も動けなくなってしまった。
なぜ、追いかけないの?
なぜ、逆の方へ行くの?
「うっさい!」
チャコは叫ぶ。
(――彼女には、彼女の、夢があるんだから!)
(――わたしに、邪魔する、権利、ないよ!)
しゃくりあげた。
(わたし、追いかけたら、呆れられる。嫌われちゃう)
チャコは、体が震えて――
その肩――
を――
叩く――
者――
が――
――
チャコがふり返ると――
「シ……シンディ……!?」
高潔、清楚な――それでいてヤケドしそうな若さとセンスにあふれるドレス――
輝くような美貌のもち主――!
危険な辺境で、恐ろしげな界隈で、平気でその美を見せつけてのし歩く女――
シンディ! シンディ! シンディ・ブライアント――だった!
シンディは絹のハンカチーフを手に持つと、チャコの顔を乱暴に拭った。
「元気してた?」
と、屈託なく笑ったのだった。
14
お風呂から上がり、旅館の浴衣に着替えて、団扇をつかっているとき、同じ姿のシンディに外に誘われた。サンダルを突っかけ旅館の外に出ると、晴れ渡った、満天の星空だった。
ベンチに腰掛けると、合図も何もなしでいきなりそれが空に浮く。シンディの仕業だ。
チャコは危うくバランスを崩すところだった。
「びっくりした! あらかじめ言ってよね! 悪いクセ!」
「ごめんなちゃーい……」
シンディは楽々とベンチを操縦しながら、チャコに笑顔をみせる。風が、気持ちよかった。
「ところでどこに行くの?」
「もうちょい先……」
「?」
五分もたたず到着した場所は、なんの変哲もない草原の真ん中だ。
「チャコ」
「んん?」
「『世界の女王』――を、体験してみない? 知りたがっていたでしょ」
「……」
二人っきりの、春の宵闇。
シンディは十五メートルほど先の、地面の一点を指さした。
「そこに、立ってみて!」
チャコは言われるままに歩き、その場所に立つ。シンディを見て――肩をすくめた。
「……それで、これが、どう――? ―― ―― ――」
※
――オオオオオ――!!
――!!
――!!
それはいきなりだった。
――なんという甘い、とろけるような衝撃だろう!?!
「!!!」
意識が、宇宙にまで吹っ飛んでいた。
わたしの回りを、今――世界――地球――宇宙が、回っている――!
この、身のうちに溢れかえるパワーは、なんなんだ!!?
一瞬で悟る――わたしは、今、世界の女王になっている!!
「……! ……! ……!」
呆然自失のチャコ――
※
十分後、チャコは、大地にぶっ倒れた。
精神の許容量をこえる、圧倒的感覚だった。
「……あああ! ――すごかった!」
「どう? 少しは、わかって?」
とシンディ。
「今のは、なんだったの!」
膝をガクガクさせながら起きあがる。
「タネ明かしする?」
「お願い――」
シンディは満天の星空を見上げる。
「……春の、天動説!」
シンディは宇宙を見つめたまま説明した。
「さっきまであなたは――地軸の軸線上に立っていたのよ」
「!」
「十分わかっていると思うけど……こんなこと体験できるのも、この地球が乱脈回転しているおかげなのよね……。太古の時代では、北極、もしくは南極といった、二ヶ所っきりの、この世のものとは思われない地獄のような超酷寒の地に、こちらから出向かなきゃ、体験できなかったこと……」
「――」
チャコは圧倒されて声が出ない。シンディは静かに、チャコに視線を戻した。
「やっぱりあなたにも、感覚できたのね。……『極女王』になれるわ」
「極、女王……?」
「このあいだのベラちゃんは、言わば『冬女王』。そして、わたしとあなたは、『極女王』」
「いったいそれって――」
シンディが、急にいたずらっぽくほほ笑んだ。すぐ団扇で口元を隠したが、目がずっと笑い続けている。
「チャコ? 知ってる? さっきのチャコの表情、とってもセクシーだったよ!」
パアッと、顔がほてった! ひた隠しにしていた心を直撃――!
それは――なんとかこのまま誤魔化そう、さっさと忘れてしまおうとガンバっていたコトだった。
さっきの――恍惚感! 自分のイヤラシイていたらく! 思いっきり、自覚していたのだ。
ぐううっ! ずっと、見られていた!
ああ――シンディ! ううう、イジワルにかけては天才的だ! ――! ――うわあっ、とってもむちゃくちゃ恥ずかしい! 立ち直れないようっ!
「――この、この」
顔と耳、真っ赤っかで敵わない反撃をした。
「――この、悪党! あんたほどひねくれた人、今まで見たことない!」
「あーら?」
シンディは余裕たっぷり――
「――聡明なかわいこちゃんって、言ってくれた方、どなたでしたっけ!?」
そうのたまうとはじけるように笑いだし、チャコに抱きついた。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
ついでに感想とか頂けたら嬉しいんですが、どうでしょう?(笑)
この作品、良かったのかどうか自分で判断できないし、なにより、とても励みになるんです。
面白かったすかね?
似た傾向の他の先生の作品の紹介もしてください。僕も読んで参考にしたいです。市販の小説でもかまわないです。
よろしくお願いします。
※イレお茶(2)も書きました。よかったら読んでみて下さい。※