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第5話 冬将軍が去る日

         1


 太古の時代――


 そのころの地球には、一年をまるまる四等分した、大きな季節があったという。


 女神の、春。


 炎帝の、夏。


 旅人の、秋。


 そして、それぞれ特徴をもつ季節のなかでも、とりわけ異彩を放つ、一つのシーズン。

 この大きな世界を、白く冷たく美しく悲しい小さな切片で、覆い尽くしてしまう──


 将軍の、冬。


 そう。

 かつての世界には──

『冬将軍』と呼び奉られた、広大無辺、強力無比な、偉大な神がおわしたのだ。


 そして、現在(いま)――


         2


 オサカの中心街から西へ馬車で小一時間。そこにテンノージの森が広がっている。その美しい森に囲まれた、小さな湖、ケィタック湖の湖畔に建てられた、白漆喰の建物、瀟洒なホテルに、二人がいた。

 チャコ・唐草と、シンディ・ブライアント。彼女らは、フロントではじめて聞かされてびっくりしていた。

 なんのことかというと、別々に部屋を与えられたのである。それも、最上階・三階の、スイート。三階には他に部屋がなく、つまり二人で一番上を占拠してしまった格好になる。

 最初二人ともツイン一室でいいと考えていて、すっかりそのつもりになっていた。ところが、二人の滞在の手配を一手に引き受けた薬問屋のあるじ、ニコラ・パンチーニが、勝手にそのように差配してしまっていたのだ。


 磨き上げられた木目の家具。細かく編み込まれた異国風の絨毯。窓からの柔らかな風に、日光に暖かく照らされた白いレースのカーテンが揺れる。――おやまあ、なんてご立派な部屋!

 広い部屋の真ん中で、なかばあきれ顔で突っ立っているチャコ。黒髪黒目、黒のミニスカワンピに黒のニーソックス。(今は流行らないけど、)一目で魔女とわかる衣装をまとっている。階級は特級(特一級)位だ。

 チャコの荷物はリュック一つだけ。それをトスッと床に置くと――もうやることがなくなってしまった。

(……洗濯でもする?)

 そう思ってリュックの口を開いたときだ。ドアがノックされ、ついでシンディが明るい顔を見せた。

「お茶しよっ!」

 こちらは対照的に、白で統一された、フリルいっぱいの、スクエアの胸開きのドレスを着た、ブロンド、サファイア色の瞳の、かわいい二級位の魔女だ。

 シンディ・ブライアント。二級位ということだが、実際はその実力をチャコは計りかねている。だれもが絶対不可能だと言った、幻の薬草を見事手中にした少女なのだ。そうとうな実力があるはずなのだ。

 自分はシンディに対し、階級を偽っている。同じ二級というふれ込み。

 が、もしやシンディも、そうなのではないか、と思われてしかたない今日この頃である。

 とは言えシンディ、見た目から、誰もスゴ腕の魔女とは思うまい。今のチャコには誘惑の小悪魔にさえ見えちゃうんだから恐れ入る。

「――そうしよ!」

 あっさり転んでしまう。リュックの口を軽く絞め、チャコは弾むように立ち上がった。


 シンディの部屋ではもう、ティーの支度が整っていた。

 彼女の荷物はトランク一個。物自体、けっして大きくない。その中から、シンディは毎日の衣装を出し、また、今のように白磁のティーセットを出したりするのだ。まじめに考えるとやっぱりヘンだ。一体中はどうなっているのだろう。

 シンディは、四次元トランクよ、と笑うだけ。太古からの掘り出し物には違いないと思うのだが、いずれにせよチャコには理解不能だ。


 テーブルの上には、なんとフルーツのカゴがあった。もちろん高価な温室物だ。シンディのやつ、早速お金を使ってみたくなったらしい。

 シンディはその中から、ネーブルオレンジを選んで手に取った。

 ティーに果物を入れるのは、人の好きずきだ。別におかしくも何ともない。だがチャコはちょっと目を見張った。カゴにはレモンもあったのだ。いや、ご意見様々あるだろう。でも、一般的には、なんと言ってもレモンティーの名前が有名なのだ。が、シンディは、オレンジを選んだ──

 お茶は香りで、チャコにはそれがダージリンだと見当がつく。

 ダージリン(などタンニンが多い紅茶)に下手にレモンを入れると、渋みが強くなりすぎるのだ。どうやら彼女はそれを知っているらしい。これはちょっとおもしろくなりそうだゾ――とチャコは嬉しくなる。

 シンディはオレンジを薄く輪切りにして、それを紅茶に浮かべた。

 手渡され、手元で眺めると、それはまるで太陽のようだ。

 なんという贅沢なんだろう! ……なんというゴージャスな香り!

 一口飲む。チャコは幸せになる。わたしは一生、お茶を愛するんだ。と、今にも泣きそうになりながら思う。

「シャリマティー。……どう?」

「……グレイト!」

 本心からの言葉だ。

 窓の外は、五月の下旬。色彩あふれる鮮やかな森の景色だった。


          ※


 地球の自転が狂ってから、多くの照葉樹が被害を受けた。一年三百六十五日の間に、何度も夏と冬を迎えることになってしまったからである。

 精一杯の力を尽くして生やした花や葉が、突然襲いかかって来る冬に凍死させられる。

 裸になってしまった木々は、すぐに巡って来る夏の恵みを逃し、弱体化して行った。

 代わって勢力を拡大したのが、元から寒冷に強い針葉樹と、何度でもめげずに、すぐ生え伸びてみせる草々だった。 

 オサカの郊外に広がる巨大な照葉森林地帯――その中にはバンパークもテンノージも含まれる――は、その点で言えば驚異だ。植生が複雑に絡み合った空間、その環境がなにかしらの効果を獲得しているのだろうか。狂った四季に耐え、現代に見事に生き続けていた。

 そして、今は、五月――

 照葉樹のもっとも輝く時期である。さあ刮目しよう、森の木々たちは、古代からかたくなに守り通してきた、本来の一年のサイクルに従い――

 いっせいにその奇跡を見せつける!


 新緑!


 それは輝くばかりの若葉色、しなやかに伸び育つ薄緑色、宝玉のような緑水色──だった。


          ※


「それと対照的なのが、草なのよねぇ……」

 とぼやくのはチャコ。

「セイタカススキモドキ、ガマノホバシラ、トウキビソウ、アカオコシ、ペンタロウ、ムラサキジャラシ……。みんな枯れはじめて、色とりどり。森の緑と、黄色と紅色。ほんと季節ごちゃまぜ」

「そうね。やっぱし秋なら秋で、白秋と表現される趣がほしいとこよね。……澄み切った、紫がかかった旻天(びんてん)に、さまざまに燃え盛る火の色が染み込んでいくの。ああ、太陽が沈むわ。やがて、清らかな黄色を纏った月が、厳かに昇るのだわ……」

 夢見るように受けたのはシンディだ。

「なーに文学してんのよ!」

「いいじゃーん」

 二人はくすくす笑うのだ――


 薬草ハンターとしての彼女たちの実力に、肝を潰して寝込んでしまうほど驚いた薬問屋の親父、ニコラ・パンチーニは、それこそ命がけの気迫でもって二人をひっつかんで離さなかった。

 オサカには、当然だが、大都市に相応しい有名な高位の魔女がいる。回転予報官の空きはない。チャコとシンディは、就職先を求めて放浪中、というふれ込みだ。したがっていつまでもこの地にとどまっているわけにはいかない。いつかは出発して見せなければならないのだ。

 ニコラ親父は仕事がら魔女の慣習を十分に理解している。承知の上で強引をかました(・・・・)のだ。ずっとこの(まち)にいろ、薬草の代金を全額支払うまではいろ、とにかくいろ、少なくとも旅立つその日が来るまでは、最高級のもてなしを俺にさせろと、騒いだのだった。

 二人は「最高級のもてなし」は笑って辞退したが、当分のあいだ滞在することは約束したのだった。


         3


 魔女は、世の女の子のあこがれの職業だ。

 高名な魔女は人々の尊敬を集め、その言葉は貴重な意見として拝聴される。指一本だけで、軍隊一個大隊と互角の働きをする。みんなが見上げる空だって、自由に飛ぶことができた。

 当然、修行は厳しい。

 魔女志望者は、みな、「見習い」からはじまる。例外はない。……いや、例外は。

 例外は、「最高位魔女」ただ一人。魔女宮の、魔女王位継承者。

 彼女は、この世に生まれ出たときから、最初から、無敵、最高の魔女なのだった。


          ※


 ホテルに宿泊して四日たった。

 昨日まで続いた冬が終わり、夏の太陽が力強く空を転がり始めた日のことだ。

 湖畔のベンチでお茶を楽しんでいると、向こうから見慣れた人物が姿を現した。ニコラ・パンチーニ。おなじみの赤毛のヒゲの無骨づら。とてもオシャレとは言えないが、それなりに気を遣っているのだろう、今日はマダラ猪のチョッキを着ている。

 そのニコラ、なにがあったのだろう、無骨づらが、いっそう不景気になっていた。

 ところでチャコは、シンディ以外の人たちには、「クララ・伊達」の名前で通している。自分も含めて、誰にも彼にも事情てェのがあるのよ、なんて思いながら声をかけた。

「あら、おやっさん。どうしたの?」

 ニコラが仏頂面のまま答えた。

「死んじまったぜ、ボスコヴィッチ特級魔女様。……同じように、殺されて」

「……」

 いきなりの話だ。

 チャコとシンディはニコラを座らせ、渋い茶を飲ませた。最初から話をさせる。

「この(まち)にゃ、ナターリア・ボスコヴィッチ様という、偉い魔女様が、屋敷を構えておられたわけなんだが」

「知ってる。有名な人よ……」

「このボスコヴィッチ家に、一人の修行中の魔女がおって……ヨハンナ・ハウトガストと言って、二級位になったばかりだった。許されて、近々、独立するところだったんだ」

「……」

「この二級魔女が、こともあろうか、屋敷の中で殺されてしまった」

「!」

「およそ一カ月前、四月二十二日のことなんだが……。当日、前夜から降り注いだ雪が残っていて、屋敷の周りは、一面の雪野原だったそうな」

「なにが言いたいのー?」

 と、ここでシンディが身を乗り出してきた。

「足跡がなかったんだよ、犯人の!」

 シンディは大きくため息をついた。興ざめの表情だった。

「……もしかして、犯人は外部の人間だと言うつもりなの? 現場は魔女屋敷内(・・・・・・・・)なんでしょ? それも、あのボスコヴィッチの(・・・・・・・・・・)。犯人が仮に外部の人間だったとして、なんでそやつはわざわざ、屋敷に侵入しなきゃいけなかったのよ? わたしだったら、その人が外に出ているときを狙うわ。なぜって、ボスコヴィッチの屋敷なんて、それこそ命がいくらあったって足りゃあしないから。酔狂すぎるわ。

 だから足跡のありなしなんか考えるまでもない。これは外部犯じゃない、内部の人間よ。なんか、その……ボスコヴィッチ・ファミリー内部で、トラブルでもあったんでしょうよ!」

 理路整然と指摘する。だがニコラは先刻ご承知だったらしい。

「特級魔女様も、はじめそう思われたようなんだな。……ボスコヴィッチ様については、どの程度知ってる?」

「かなりのヘソまがり。偏屈。以前、超魔女会議に意地を通して、准超級の階級授与を拒否した事件で有名だわ。でもね、実力は、超級に文句なし達していた、と言われているわ」

「その通り。で、その(・・)ボスコヴィッチ様が怒り狂ってな……。ご自分で犯人を突き止め、罰を与えてやると。屋敷に住まう連中、それはそれは震え上がったそうな」

「それで?」

「結局、下手人を特定できんかった」

「うっそー!? ボスコヴィッチが、できなかった?」

「ほんとだ。それで振り出しに戻った。やっぱしこりゃあ外部の人間じゃないんか、と」

「……じゃあ、自動的に犯人は、空を飛べる外部の魔女ってことになるわね? ぜったい間違ってるけど」

「さあそこなんだ。お館様おん自ら、オサカに滞在している魔女を当たったんだが、これが偶然、そのときオサカ全域には、一人も魔女はいなかったんだ。

 となったら、あとは引き算だ。足跡を消せない一般人(・・・・・・・・・・)しかいねえじゃねえか。太古の偉い人はこう言ってるぜ? それがどんなに意外でも、可能性をつぶしていって最後に残ったヤツが犯人だと!」

「一般人こそ、いの一番につぶされる可能性だってば。足跡を消せない(・・・・・・・)から。だいいち、一般人に魔女は手に負えない」

 シンディ、譲らない。そろそろ、チャコも口をはさみたくなってきた。

「ハウトガストさんて、どんな人だったの?」

「ボスコヴィッチ家のピカ一。ハウトガストに比べたら、あとの娘ら、てんで話にならんかったそうな」

「誰がいるの?」

「三級魔女が十一名。あと、四級が一名」

「ほんと話にならないわね!」

 と、またもやシンディ。だが確かに、三級魔女が十一人、束になってかかっても、二級魔女には怪我一つ負わせられないであろう。ましてハウトガストは、ボスコヴィッチ様が認めた実力者だという。シンディが言うことは、もっともなことなのだ。

「……ハウトガストさんと、ボスコヴィッチ様の間は?」

 チャコは微妙なことを訊いた。

「確かに、特級魔女様は、難しい性格で、その、いろいろと厳しいお方だったそうだが……ハウトガストのことは、わりと可愛がっていたって、聞いてるな」

「一番、怪しい人物だったんだけどなあ」

 シンディが露骨に言った。

「で、話が現在に戻るわけね」

 とチャコ。

「そのとおり。……その、ボスコヴィッチ特一級魔女様が、昨日の朝、殺されているところを発見された。屋敷内部で。……発見者は、三級魔女の一人で、パール・ナギブという娘。そしてまた前回同様、屋敷の周囲に足跡はなし。犯行時間は一昨日の夜と推定されて、そのときから雪は降ってなかったから、降雪に消されたんじゃない」

 ニコラ、相当こだわっている。

「だからあ、一般人には無理だって!」

「本当に殺されたの? 自殺のセンはないの?」

「二人とも、同じように、体が八つ裂きだったんだと。自殺じゃないだろう……」

 そう答えてニコラは身震いした。

「となると、お手上げね。内部犯じゃない。外部犯じゃない。そもそもなんだけど、ボスコヴィッチ様をどうかできる人物って、まったく思い浮かばないわ……」

「超魔女クラスでもどうかしら? かなりてこずるでしょうね!」

「おっしゃるとおり。それで屋敷内は今、みんな疑心暗鬼の状態なんだ。……どうだい? とりあえず――と言ったら不謹慎か……これから一緒に、弔問に行ってみねえか? ようす見に?」

「行かなくちゃ、魔女の仁義に外れます」

 とチャコ。

「そうね、おもしろそうだし」

 これはシンディだ。さすがにニコラが顔をしかめた。


          ※


 テンノージから北東に馬車で一時間。センシューの森の中に建つ屋敷に到着すると、なにやら騒がしい雰囲気だ。町役人、刑事官が、硬い表情で動き回っている。

 ニコラが知り合いをつかまえて、事情を聞き出して来た。

「昨日の第一発見者、パール・ナギブが……失踪したらしい」

「ちょっと……」

「おまけに、屋敷の金銀財宝が、根こそぎ無くなっているそうな」

「それって……」

 ニコラはこくんとうなずいた。つばを飲みこむ。

「今から、当局あげての捜索にかかると言ってた。ナギブを、つまり……指名手配だ……」

 そう言い終えたニコラの表情は、険しい――


         4


 次の日。

 この日もまた、夏の太陽が降りそそぐ一日だった。

 いつまでもお茶飲んでるばっかじゃ体がなまる。そういうわけで午前中、森の中に出掛けた。ざっと見て回り、わりと価値のあるのだけ採取する。

 今度はこっちからニコラのとこに押しかけた。

 薬問屋の門をくぐったとき、先客がいた。そばかす、丸ブチ眼鏡、グレイアイ、茶髪の、自分らよりも四つくらい年下の、小さなかわいい少女だった。少女はチャコたち二人を見ると、慌ててお辞儀をした。

 昨日、見た顔だった。ボスコヴィッチ家の、たった一人きりの四級魔女だ。見ると、彼女もお仕事の最中なのだろう、薬草カゴを手にしている。

 チャコはその少女に、そのまま先に用事を済まさせてやろうと思った。

 が――

 シンディがかまわず割り込みし、少女を脇に追いやってしまった。なかば逃げさすった少女の、そのカゴの中が見えて、チャコは目を丸くした。

 少女のカゴの中には、ユキイチゴ、ユキヒメソウ、ミドリセッカ、コオリゴボウなどの薬草が入っていたのだ。とりわけ緑雪花(ミドリセッカ)なんて、チャコですら手こずる相手である。うわ、これはまた……ずいぶんと苦労したに違いない!

 気まずい雰囲気を持て余したのか、ニコラが少女に話しかけた。

「……さて、問題は、明日、明後日、それ以降の季節がわからねえってことだ」

 話しかけられ、問いかけられ、顔を嬉しそうに輝かせて少女が答えようとするのにかぶせて――シンディが答えた。

「明日は真冬よ。明後日も引き続き冬。特別きびしいのがくるから、寒さ対策は十分念入りにしてね。でもね、そのあと三日目からは夏になる。こんどのは、わりと長期間続く、安定した夏になるわ」

 とうとういたたまれなくなったのか、少女は問屋を走り出て行ってしまった。

 ニコラの非難がましい視線にびくともせず、シンディは自分のカゴの中の物を預けると、さっさと先に出て行ってしまった。

「……」

 一人残ったチャコ。

「ベラちゃんかわいそうに……。シンディちゃん、キッついねえ」

「仕方ないわ……」

 チャコは弁護した。

「階級差は絶対で、それがこの世界なんだもの。そもそも、四級は、予報なんかやっちゃいけないんだし。少なくとも、わたしたちの目の前でやらかそうとしたのはまずかったわ。これはニコラにもちょっと責任ありよ」

「わかっちゃいたけど、だけどよう……」

「……シンディだって、今回はいい薬になるでしょうよ」

「?」

「シンディ、明日は当てたけど、明後日は外したわ。……珍しいこともあるもんね?」

 意表を突かれたのか、ニコラは、ううむ、と感じ入るように唸った。

「前から聞きたかったけど、予報って、どうやんの?」

 と訊いてくる。チャコは答えた。

「うーん……。まず、予報するその場所の空を見るの」

「うん」

「次に、それを自分の心の中に再現させるの」

「う……ん」

「そして、その心の中の空を転がすの。もちろん、自分勝手にじゃなく、地球のなすがままに。すなわちそれが、回転予報なわけ。わかった?」

「……ま、たいしたもンさ!」

 ニコラは、なんだか照れ隠しのように、赤い顔でウィンクしてよこしたのだった。


 チャコが外に出たとたん、例の少女と出くわした。

 慌てて道を譲る少女。ベラ……ちゃん? チャコは気の毒に思って声をかけた。

「下っぱのうちは、ひたすら、ひたすら我慢よ。私たちだって、同じ目にあって、そうやって自分を鍛えてきたんだから。でも……さっきはごめんなさいね。許してちょうだい」

 少女は、ただ、ぐずぐずと頭を下げるだけだった。

 チャコは肩をすくめると歩きはじめた。角を曲がると、シンディが待っていた。

「……甘チャンね」

 見ていたようだ。

「わたしたちにもあんな時代があったんだよ。それを思い出すと、ね……」

「……」

 チャコが横を見ると、シンディはなんとも白けた表情をしている。しばらくしてから、

「そうね……だけど情けは無用!」

 と、キッパリ答えてよこしたのだった。

 この子――

 ――スゴイ!

 過去によほどの修行をやったに違いない。そう思ったチャコだ。


         5


 その夜。急激に気温が下がった。

 明くる朝目覚めると、窓の外が妙に明るい。起き上がって外を見ると、雪だった。

 シンディの予報が当たった。

「だけど明日は……」

 それを思うと、ひとりでに笑いが込み上げてくるチャコだ。

 ところで、雪が降ったら降ったで、やることはいろいろとある。雪の日にしか採取できない薬草が、何種類もあるのだ。

 チャコはシンディを誘った。が、

「今日は出掛けたくないの。ごめんね……」

 シンディらしくない、しおらしさで断られてしまった。

「具合わるいの?」

「ちょっと……」

 風邪でもひいたかと思い、額に手を当ててみたが、熱はないよう。

「ううん……。わかった。じゃとにかく、大事にしててね」

 そう言い、チャコが部屋を出て行こうとしたときだ。

「チャコ……」

「ん……なに?」

「ここにいて」

 と、シンディが言ったのだった! チャコはびっくりしてしまった。

「ヘイヘイ! どうしちまったんだい!?」

「お願い」

「?……」

 調子が狂う。どうもようすがおかしい。さいど、まじまじとシンディを看るも、やはりわからない。けっきょく、チャコは決めたのだった。

「……オッケー。わかった。今日は休みましょ」

「ありがと」

 と、シンディは弱々しくも愛くるしくほほ笑んだ。

 チャコはその日一日、シンディの部屋で本を読んで過ごした。

 昼食は部屋に運んでもらった。シンディは少し食べただけで、あとはずっと、眠りっぱなしだった。不安が募る。ほんとにどうしたのかしら……?

 チャコは自分もソファーで昼寝をした。起きてから、シンディのようすを見る。そのあとまた本の続きを読んだ。夕食は同じように部屋で取った。また一眠りした。

 なんだかとっても堕落した気分! こういう一日も、たまにゃあいいわ……たまには。そう思ったチャコだ。


 目が覚めると、夜も相当深まっている。置き時計をみると、夜半近くになっていた。

 チャコは床の本を拾い上げると、腰を上げた。自分の部屋に帰るつもりだ。

「一緒に寝て……」

 いつの間に目を覚ましたのか、シンディが声をかけてきた。

「あら、起こしちゃったかしら」

「頼むから、今晩だけ、言うこと聞いて」

 体を起こしてきた。チャコはため息をついた。

「ほんとにどうしたのよ?」

「……」

 チャコは肩をすくめた。

「わかった。だけど、少しだけ時間ちょうだい。そうね、三十分」

「……うん」

 シンディは頷く。

 部屋に一度帰って、歯磨きとか、着替えとかの、用事を済ませてくるんだろうと、彼女は考えたのだろうか……。

 違った。――チャコはマントを羽織ると、ホテルの外に出たのだ。

 約束した時間までには、帰ってくるつもりだった。チャコは気合を入れた。

 ユキノツキカゲ! ――月夜の雪野原にしか芽を出さない、珍品中の珍品だ。今夜を逃せば(・・・・・・)、|当分お預けをくってしまう《・・・・・・・・・・・・》。せめて一株だけでも採取したい。

 場所の目星はつけてある。とばせば、二十分もかからず往復できる。

 そう考えたチャコだ。チャコは歩道に敷いてあったすのこ(・・・)に立つと、それごと体を浮かしたのだった。


 ――が、その場所に降り立ったチャコは、がっくりしてしまった。一目瞭然、全部採られた後、だ。

 誰かに先を越されてしまった――

 しばし呆然気味のチャコ。

 時間がただ過ぎて行く。チャコはついにあきらめて、ホテルに向かった。

「……なんだかバッカみたい」

 思わずこぼすチャコだ。


 ホテルの明かりが見えたときだった。

「キャアアアアアア――!」

 どこからか凄まじい悲鳴があがった。

「!?」

 チャコはその方向へすのこを飛ばす。

 と、さわれそうなほど濃密な、なにかの気配に包まれた。瞬間、それが今まさにトドメをさそうとする殺気だと悟り――チャコは反射的に思念を放っていた! いわば『念の大声』だった。

 反応があった――

『!』

 相手は意外な方角からのチャコの突然の出現に動転したらしい。

 ザッ――と逃げ出す影。それにかまわずチャコは地面に降り立つと、雪面に倒れ伏している人影に走り寄った。

 月夜の雪原に、紅玉、翠玉などの宝石が散らばっている。その神秘の煌めきの中――

「!!」

 ――シンディだった!?

 シンディが、首すじから、血をドクドクと垂れ流していたのだ!


          6


 チャコは指先を首すじに向けると、必死になって命じた――

「ふさがれ!!」

 が……

 効かない!? ――効かない!?

 傷が閉じない!!!!!

 それほど相手の力が深い、ということだったが――チャコは半狂乱だ!

 チャコは両手でギュッと傷口をはさみ、なんとか流出をくい止めようとした。みるみる血の色に染まる。

「誰か――!」

 絶叫した。

「――助けて! 誰か来てえッ!」

 気づくと、おお! いつの間にかそばに、例の甲冑武者が立っているッ――!

 このときほどこの存在に感謝したことはない!

「この子、シンディ、血を、血を、止めて!」

 甲冑武者は、洞窟の奥底から響いてくるような声で答えた。

広目鬼(こうもくき)、参上つかまつりましたが、ただ今のご下命は、それがしには実行不可能でござります……」

「こ、の、役立たずッ!」

「畏れ入りましてござります……」

 そう言い終えると、武者は空気中に消え去って行った。

 チャコは目の前が真っ暗になった。

「らふぁえる……」

「え? 今だれかなにか言った?」

 と、いつの間にか、そばに、一人の少年(?)が立っている。甲冑武者とは一八〇度違う存在だった。素肌の背中に白き翼を生やし、青白い清き薄絹を裸の身に纏った、すらりと伸びた肢体の持ち主。少女とも見まごうその少年の美貌に、純粋な微笑さえ浮かばせている。

 もうチャコはこれくらいのことでは驚かない。

「誰でもいいから早く助けてったらッ!」

 その美少年が――場所をお譲り下さい――と身振りした。チャコは逆らわず手を外す。とたん、血が勢いよく噴き出てチャコの心を締め付けた。――が、それもわずかな間のことだった。

 少年が手のひらを首に接触させ、すぐ外すと――完璧に傷がふさがっているではないか!? おまけに血の汚れさえ嘘のように消えている!

「うううおおお……!!」

 体の芯から唸り声が出た。これはスゴイ! 恐ろしくスゴイ!

 気づくと、そのスゴイ美少年はすでに消えている。

 かまわずシンディを抱きかかえ、チャコはホテルへと飛んだ――


 シンディ・ブライアント二級魔女!

 特一級魔女であるチャコから見ても、シンディのその力は計り知れなかった。

 もしかして自分と同じように、階級を偽っているのかも知れない。

 そう思わせるほど、時折見せるシンディの魔力は、強かった。

 そのシンディが倒された――!?

 おそらくは、戻って来るのが遅いチャコを不審に思ったのだろう。

 部屋にいないことに気づき、ホテルの外に探しに出てしまったのだろう。

 そこを、襲撃された。

 ――チャコの責任だった。

(何者――? なぜ――?)

(シンディを最初から狙っていたの? ――それとも通り魔?)

 なにもわからない。

 わかるのは、相手は相当したたかな魔女だということ。

 賊は、シンディを倒した。その魔力を圧倒したのだ――!! 

 ふいに――


(!)


 ――チャコは、シンディの枕元に。

 ――

 ――死神が、立つのを、感覚した。

 ――

 ――

 ――

 ――

 ――


「……」

 暗黒星雲が、チャコを包み込んだ……。


 チャコはシンディをホテル付きの医者に任せると、一人、建物の外に出た。


         7


 また、すのこに乗って、上昇した。月明かりのもと、眼下に広がるテンノージの豊かな森――


 ――いる!


 距離にして、約五〇〇メートル先――

 じっと、こちらを窺っている気配がある。

「あなた、だあれ?」

 とチャコはささやく。あれほどの相手ならば、この声をしっかりと聞いているに違いなかった。

「……」

 チャコもまた、耳を澄ます。が、いつまでも返答はない。

 ふいに、頭の中に、あの雪面に散乱した宝石のピクチャーが、浮かんだ。

 そして――

 ボスコヴィッチ屋敷から、金銀財宝が根こそぎ奪われた、という事実。チャコに、ひらめくものがあった。

「――もしかして、パール・ナギブ?」

 はたして、半キロ先から、動揺する気配が届く。

「ヨハンナ・ハウトガストも、ボスコヴィッチ様も――シンディも――あなたなのね?」

 風が、吹き始めた。ちらちらと小雪が混じり始める。

「あなたがなぜ、そこまで力があるのか。そして屋敷内で、人を殺すほどのどんな事情があったのか――わたしは知らないし、知りたくもない。もう、今となってはどうでもいい……よくも、……よくも……」

 歯を食いしばった。

 移動の気配が伝わってくる。チャコに向かって、冷えた鋼のごとき硬い意志の塊が、前進してきている。それは明瞭な、攻撃の意思表示だった!

 チャコの瞳は月夜黒――その闇色の奥で、幻のごとく炎が揺らめき生じた。

 宣告した。

「……友だちの敵討ちをさせてもらうわ」

 瞳が妖しく光った。

「そなたの命もてそなたのその罪をあがなうがよい。だがせめてもの情け。即死させてやろう。これがぎりぎりの譲歩と思え」

 その気配に向けて、指を突き刺した。

(ライ)!」

 その瞬間――

 ――

 爆雷!

 ――

 太さが満月ほどの大雷が、天から大地に激突した!


 突き刺さる白熱閃光と同時に、そこを中心に鼓膜を破らんばかりの雷鳴――燐光を放つ高速衝撃波が、十重二十重と大気に放射される――!

 樹齢数十年数百年という大木の森が草のように激しく揺れ――折だれ――吹っ飛び――

 空気の振動が肌を、骨を、びりびりと打つ!

 超高熱放電現象によって発生した空気の化学臭が逆巻き走り――


 ――まさに『神の一撃』!


 これぞ、チャコ・唐草――天才児!

 復讐に狂った、一個の、特一級魔女なのだった――!


         8


「……」

 チャコは息をついた。

 終わった……。

 そう思った。

 ――


 それは、まさに才能の賜物だった。

 意識せず体を動かしていた。巨木の横へ。

 同時に、魔法の力場でわが身を包んでいた。


 ――

 ハッと意識したとき――

『おんなじ巨雷』が、チャコに落ちていた!


 身代わりになった巨木が縦に爆発した。

 大地が溶け、波打ち、蒸発し――

 高密度の衝撃波が飛び――

 ホテルの窓ガラスが粉砕され、漆喰の壁に一瞬でひびが走り――


 チャコはかろうじて凌いだものの――数秒、意識が飛んだ。

 体が放物線を描き、湖面に落下する。

 ――ザバン、という音。

 ――


 目の前に、お花畑が広がっている。


 蝶々だ。


 きれいだな。おいかけよう。


 ――

 チャコの目はうつろ。両腕をなぜか前に差し出しながら、半分沈みながら岸まで歩く。陸に上がると、そのまましばらくじっとしていたが、やがて、鼻歌まじりで服の裾を絞りはじめた。氷のような水が、音を立ててしたたり落ちる。

 敵はこんなチャコの状態など知らない。知っていたとしても関係ないと鼻で嗤ったろう。とにかくチャコが無事でいることだけははっきりと把握できているようで、さっそく次の攻撃を送り込んで来た。それは――『死の意思』だった。

 さきほどの電撃から一転して、穏やかな攻撃。けっこう簡単に嵌められてしまう攻撃リズムだ。

 嵌ったら最後、常人ならば嘆き悲しみ、人生に絶望して――

 生命を魔界に吸い取られ、草木が萎れるように、死んで行ってしまう。

 ──


 チャコは常人ではなかった。

 そのうえ――精神がどっかにバカンスに出掛けていて、今お留守だった。

 チャコは――

 幸せ――

 平和――

 安穏――

 ――

 チャコ、平気で攻撃に耐え続けている。


 ──とうとう相手の方が焦れた!

 一転して激しく、今度は『真空のつむじ風』が襲ってくる!

 攻撃から次の攻撃に移る瞬間に毛ほどのスキも見せない。まったく反撃を許さぬタイトな攻撃だった。


 もっとも、チャコの方には反撃しようという意識がない。

 夢の中の出来事のようにユラユラと――ヒョイヒョイと――微笑を浮かべながら攻撃を躱し続けている。

 と――

 足がすべり、二の腕が真空に触れた。とたん爆発的に充血がおこり――皮膚が破れ血が噴き出した。

 チャコは不思議そうに腕の怪我を見る。棒立ちになる。

 それは、本能か、それとも才か。チャコは自我を完全に消し、でたらめに走り出していた。

 攻撃が止む。――敵方は、チャコをロストしたようだ。


         9


「……!」

 チャコはようやく我に返った!!

 今までの自分のふるまいに真っ青になり――


 ――いやそんなことより!


 チャコは内心の動揺を必死に押さえた。

(強い!! めちゃめちゃ強すぎる――!)

 今の業、なにもかもが、おのれ以上だった!

 歯を噛みしめる。

 もはや、やるか――やられるか――!

 チャコは裾を裂き、包帯がわりに腕に縛って血止めをした。そして小さな魔法でこっそりと濡れた服と体を乾かす。このままだと何をするまでもなく、凍死してしまいかねない。

 その途端――!

 周囲の林がなぎ倒された!

 チャコは飛び抜け、走りながら『刃物のイメージ』を数十個連射し――すぐ逆方向へ脱出した。

 引っかかってくれた。敵の攻撃、向こう側の木々が吹っ飛んだ。

 相手の、おおむねの居場所が見当ついた。

 チャコは、雪の大地に転がるように伏せた。

(まともにぶつかって、勝てる相手じゃあない!)

 腹の底からの震えが走る。歯がカチカチ鳴る。

 やるか、やられるか――でも、五分五分じゃない。

 わたしも、もしかしてそっちに行くかもしれないよ。おお、シンディ――!


 だが――さすがは天才児。

 今までのバトルから、なんとなく、感得するものがあった。

 チャコは、辛抱――した。

(持久戦に持ち込む!)

(おそらく敵は、持久戦に持ち込まれた経験はない???)

(神経を相当消耗するはず。――こっちもだけど!)

(朝になれば――明るくなれば――市の誰かが駆けつけて来てくれる! ニコラがやって来る! 助けてもらえる!)

(それまでは――!)

(それまでは――!)

 ――命懸けのチャコ!


         10


 チャコは雪の中に鮮やかに赤く輝く果実を見つけた。ユキイチゴだ。イチゴという名がついているが、似ているのは外見だけだ。

 手早く二、三個もぎ取ると、口の中に放り込んだ。

「にぎゃい……」

 舌がのた打ち、鼻がひん曲がる。泪がにじむ――

 良薬なのだ。

 チャコは我慢して飲み込んだ。しばらくじっとしていると、効き目が現れてくる。気力、体力ともに、少し回復したようだった。


         11


 敵は圧倒的に強かった。

 チャコの持久作戦に苛立ったのか、時折、メクラ撃ちのように、森のあちこちが破壊された。

 と――

 狡猾にも、ホテルの一角が吹き飛んだ!

(うわあああっ! それダメ!)

 慌ててチャコは飛び出し、挑みかかり、とたん周囲の林が爆発する。

 チャコは瞬時に移動し、躱し、ちょっかいを出し、躱し、これをくり返し――

 くり返し――

 ――

 ――


 そして――

 待望の朝日だった! 真北から、天頂に向かって、垂直に昇る太陽 (・・・・・・・)――!

 真夏の太陽(・・・・・)だ!

「そ、そんな……!?」

 どこからか悲鳴があがった。

 疲労の極限で――

 今こそ勝機だと皮膚で感じ――

 そこめがけて――

 必死必殺の魔法を叩きつけた――!


 ぎゃっ……という、カエルが潰れたような音がした。


 そして――静寂が戻った。


         12


 気配が消えたことを確認し、チャコは歩み寄る。

 セイタカススキモドキの枯れ叢をかき分けると、一人の人間がうつ伏せに倒れていた。……即死だった。

 チャコは吐き気をこらえた。指を回転させ、それをひっくり返す。

 正体は、あの少女だった。

 ボスコヴィッチ家、四級魔女――ベラ……ちゃん。

 周囲に、カゴからこぼれたユキノツキカゲが散乱していた。

 彼女の小さい体が、夏の太陽のもと、雪のふしどに倒れていたのだった。


         13


「あの子、突然変異体だったようね。……いるのよ、まれに。なんらかの条件づけで、いきなり強くなる子が」

 ベッドの中で、シンディが解説する。彼女はなんとまあ、死神を追っ払い、ケロリとよみがえっていた。

「……あの子の場合、その条件って、なんだったの」

「冬よ」

 シンディはあっさり言う。

「冬になると、彼女、スーパーレディーに大変身するの。超魔女ですらかなわないほどに」

「……よくわかったわね」

「第一、第二の事件、憶えている?」

「足跡がない事件ね。あなたはくどいほど、内部の人間だと主張してたわね」

「そう。そこで重要なのは、足跡じゃなくて、事件が冬に起こったってコト」

 ……そういえばそうだ。

「次。あの子と、ニコラのとこで出会ったときのこと、憶えてる?」

 チャコは頷く。シンディは言った。

「あの子、冬の薬草を持ち込んでいたわ。それも採取が難しい品種をたくさん。――不自然よ」

「……う~ん」

 チャコは思わず唸ってしまった。

 たったそれだけで、シンディはすべてが解けてしまったらしい。たいした推理力だった。

 失踪したパール・ナギブ三級魔女は、屋敷の近所の土中に、死体となって発見された。

 こちらの発見は、警察犬の鼻の力によるものだった。

 ベラは……ベラ・ヘイロフスキーは、ナギブを消し、同時に財宝を隠すことで、捜査の混乱を狙ったのかもしれない。

 あるいは――

「――動機は、たぶん、イジメでしょうね」

 と、シンディ。そう、――恨み。

「それで、ちょっとイジワルして、突いてみてみたってわけ!」

「……回転予報も、わざと間違えたのね?」

「そのとおり!」

 それを、冬に愛されたベラは、信じ込んでしまった。

「第一、第二の犯行も、二日以上冬が続いていた。心理的に、やりやすいのかもしれないね。冬日が一日だけの場合より、何日か続く方が……。

 二日間、冬日があったら、たぶん襲ってくる。三日目からずっと夏になると知ったら、確実に襲ってくる。それも初日に。――そう思ったの」

「それで、わたしを引きとめたのね」

「二人がかりだったら、なんとかなると計算したのよ。それで、翌日まで持ちこたえたら、夏。勝機がこっちに回ってくる。……ちょっとした想定外があったけど、ま、チャコは生き延びたし、よしとしましょう!」

 チャコはため息をついた。とんでもない悪童を相手にしているみたいだ。

「――どうして、どうして最初に教えてくれなかったの!?」

「へへ……」

 シンディは笑ってごまかした。

「怒った?」

「……」

 相手があまりにも無邪気で、しかもかわいいので、怒りは全然わかなかった。チャコは腰をかがめると、シンディのおでこにキスをした。

「えへへ……」

 シンディが甘えた声を出した。

「キャンディのファースト・フラッシュで、フレッシュ・フルーツティーが飲みたいなあ!」

「そうね……」

 チャコは従順に答える。だが、なにも全面的に許したわけではない。

「……ちょうどよかった。採れたての新鮮なフルーツがあるわ」

「わあ! なに?」

「ユキイチゴ」











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