6
場所は変わって再び王城。
控室のような場所で俺は1人ぽつんと椅子に座っていた。
「色々と忙しいのはわかるが…」
ぽつん、と独り言を漏らす。
部屋にはもう一人、扉の横に銀の鎧に全身を包んだ男性(恐らく)がいるが、反応はない。
王とセラフィーナを除くその一家全員が死んで、事実上の最高権力者である王女にすんなりと会うことができないのはわかるが、それでももう2時間ほどは待ったのではないか、とげんなりする。
まあ、その直接の原因である俺に言えたことではないのだが…。
王城に来ているのは、宿へ行って落ち着いたら顔を出せとセラフィーナに言われていたからだ。
言われた通りに来たのだが――
(王城内ですれ違う人、全ての視線が痛い…)
それもそのはずだ。
さすがに街中では顔を知られているわけではないが、王城内となれば話は違う。
直接俺を見た者。家族を殺された者。人伝いに話を聞いた者。
『ゼイルは洗脳されていた為、王家殺害の責はないとする。依って、彼の者に危害を加えし者は如何なる理由があろうとも処分するものとする』
どうも、こういったお触れが出ているらしい。
が、全ての者がそれでハイそうですか、となるわけもない。
だからこそ、俺は何もせずに甘んじて全ての敵意を受け入れていた。
と、不意に扉がノックされる。
控えていた騎士は素早く反応すると、静かに扉を開ける。
立ち上がってそれを迎えるが、そこにいたのは見覚えのない人物だった。
「初めまして。君がゼイル、だね? 私はテオノラ。王女殿下より君の世話係を仰せつかっている」
俺が何も言わずに相手の出方を待っていると、男はテオノラと名乗った。
まず思ったのは背が高い。185ほどもあろうか。
そして、笑顔が胡散臭い。
本当に心の底から笑っているのか。顔に笑顔という仮面を貼り付けているだけではないのか。
まだ判断はつかないが、その目から敵意は伺えない。
「世話役? 俺はセラフィーナに会うつもりだっ――」
「まずはそこから説明しようか」
テオノラは俺の話を遮ると片目を瞑り、指を一本立てた。
「何やら君は異世界から召喚されて間もなく洗脳されたそうじゃないか。それではこの世界のことは何一つわからないだろう? 何をすればいいのか。その前に何がなんでここはどこで君は誰で私は誰で――とまあ、そこで私の出番というわけだ。あいにく、王女殿下は非常に、ひじょーうに忙しい。それはもう天地がひっくり返ったかという程にね。勿論天地がひっくり返ったわけではないから安心してくれたまえ」
そのふざけた話し方に少しだけ苛つきを覚えるが、顔には出さずに先を促す。
オーバーすぎるジェスチャーと共にテオノラの語りは再開した。
「では、何から始めればいい? それは勿論君の現状の確認からだ。何が出来て、何が出来なくて、何を知っていて、何を知らないのか。まずは君のいた世界とこの世界の違いについて把握しなければなぁんにも始まらないからね」
「…そうだな、まずこの世界の――」
「ま、ま、ま。落ち着きたまえ。まずは座ろう。座らなくては疲れてしまうからね」
再び話を遮られイラッとする。
が、顔には出さない。
出さない。
出ないように務める。
「そうだね。まずは君がこの世界で見て驚いたものから聞いていこうか。何かあるだろう? ん? まさか元いた世界と全く同じとは言わないよねぇ?」
我慢、我慢だ。
小さく息を吐くと口を開く。
「まず目についたのは魔法の存在だな」
「ふむ? ふむふむふむ? なるほど、なーるほど。元いた世界に魔法は存在しなかった、と?」
「そうだ」
「魔法のない世界、それは考えるだけでもえらく億劫な世界だねぇ。私は絶対に行きたくないなぁ」
電気や機械の存在は、今は省いてもいいだろう。
必要と思った時に話せばいい。
「それじゃ、まずは魔法について説明しようか。まず魔法という現象について君はどう考える?」
「そうだな…呪文を唱えると手から火が出る」
「その通り、その通りだよ! それが魔法でありその全てである。いい、実にいいじゃないか」
「いやいやいや待て待て、それが全てじゃないだろ?!」
「厳密に言えば呪文を唱えることで自らの体内にある魔力に働きかけ、その結果が魔法として世界に現出するという過程があるがそんなことはどうでもいいのだ」
「いやよくねえだろ」
あんまりすぎるその説明に思わず頭を抱えそうになる。
すんでのところで小さく息を吐くだけに留めた。
魔法についての説明は誰か別の人物に聞くとしよう。
「あと、人間以外の人型の種族だな」
「ふむ? それはエルフやドワーフ、獣人のことかい?」
「ああ。俺がいた世界では彼らは存在しなかった」
「人間だけだった、ということかい?」
「そうなる。勿論、犬や猫といった動物は存在したが」
「私はますます君のいた世界には行きたくなくなってきたよ」
「こっちはお前と話すのが辛くなってきたよ」
つい、本音が漏れてしまう。
しかしテオノラは予想に反して笑い声を上げた。
「それは中々に痛烈なジョークだ。私以外に言うのは控えたほうがいいかもしれないね。私はジョークだとわかっているから素直に笑うことができるが他ではそうもいかないかもしれない。友達をなくしてしまうのは困るだろう?」
駄目だこいつ。
強い。強すぎる。
これだけ短い会話でここまで疲れる日が来ようとは…。
こんなのが世話係となると思うと、頭が痛くなる思いであった。