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――目を覚ますと、目の前には1人の少女がいた。
その少女は目の端に小さく涙を溜め、どことなく諦めたようでありながらも、とてつもなく鋭い目でこちらを睨んでいる。
おそらくだが、年齢は17歳ほどで身長は160センチほどだろうか。
輝くように美しい、腰まで伸ばした金色の髪。どこまでも澄み渡った空のような蒼色の瞳。
すっと通った柳眉に小さく桜色をした唇。
まるで人類の理想をこれでもかと詰め込んだかのようなその少女に、思わず全てを忘れて魅入ってしまう。
そんな時間も数秒だったか。
無理やり視線を少女から引き剥がすと、小さく頭を振る。
一体、何がどうなっているというのか。
周りの風景にも一切見覚えはない。
今俺がいるのは石造りの大きな部屋。後ろを振り向くと部屋の中央にはこちらに背を向けるようにして大きな椅子が設置されていた。
「ここは…一体…」
見るもの全て、全く記憶に無い。
というか、目の前の少女は一体何者で、なぜ俺は睨みつけられているというのか。
その目つきは相当に悪く、未だかつてここまで恨みのこもった目で見られたことはない。
一体俺が何をしたというのか。
しかしここで一番やばいことに気がつく。
なんと、俺は右手に抜身の剣を握っていたのだ。
まるで、今にも目の前の少女に斬りかかろうかというかの如く。
「うわぁぁぁおっ?!」
慌てた俺は咄嗟に剣を取り落としてしまった。
剣を拾おうとするが、依然として変わらぬ眼光でこちらを睨みつけてくる少女と目が合い動きを止める。
中腰のまま硬直する俺と、鋭い目つきでこちらを見つめ続ける少女。
何時間にも感じられた痛いほどの静寂を先に破ったのは少女のほうだった。
「…話、できる?」
小声で言われたにも関わらず、その言葉は一字一句逃さず明瞭に俺の耳に届いた。
だが、訳の分からない状況と空気のせいで呆けてしまい、数秒後に慌てて答える。
「っお、おう。聞こえてるが…」
「…そう。とりあえず、敵意はないとみていいの?」
敵意…?
またしても訳がわからず一瞬固まってしまったが、先程まで剣を突き付けていたことを思い出すと慌てて敵意がないことを伝えた。
「…とりあえず、剣。しまってくれる?」
「あ、ああ…ところで、差し支えなければ教えて欲しいんだが、俺はなんでそんな親の仇でも見るような目で見られてるんだ…?」
「親の仇だからよ」
…え?
今なんて言った?
「親の…仇? 俺が? お前の親を…?」
身に覚えがない。
だが、記憶もない。
殺人を犯したことなどない。それだけは言い切れる。
しかし、ある瞬間からここに至るまでの記憶が無いだけに、その間の自分の行動がわからず、いいようもない恐怖感に襲われる。
記憶が途切れた瞬間。
その次の瞬間には知りも知らない場所で知らない少女に剣を向けていた、ということなど、未だに自分ですら呑み込むことができない。
あまりの不安、恐怖からわなわなと自分の両手を見つめる。
そこには血に塗れた真っ赤な両手があった。
「――ああああああ?!」
激しい勢いでゴシゴシと両手を服で拭う。
だが、拭えど拭えど血が落ちることはなかった。
そんなことにも気づかずに手を拭い続ける。
しかし、数秒ほどそうした後。ふと、気づく。
血が落ちないのはなぜなのか。
なんてことはなかった。
両手に付いている血以上に、身に纏う服が血を吸っていたためだ。
「な、なんで…なんで血がこんなに…!」
「…わからないの?」
俺が恐慌状態に陥っているのを黙って見ていた少女が、ようやく口を開く。
だが、そう問われてもわかるはずもなく。
呆然と少女の顔を見返す。
「その血は――臣下たち、兄妹。そして…私の父上のものよ」
そう呟く少女に、俺は確かに目の前が暗くなるのを感じた。