第7話 リフォーム
エルフの里事件から2日が過ぎ、予想通りというか俺の執務室には報告書の量が増えた。
と言っても、統治者たちにはサブマスターの権限を与えているので食料や資材などを創り出す為にDPを消費したことの確認が殆どだ。
俺はそれに目を通していくだけだ。
報告書の確認が一区切りついた所でメレアが紅茶を淹れてくれたので一口飲む。
「ふぅ」
アンデッドなので疲労感は感じないが、精神的な疲労感は感じるのだ。
現在エルフ族とドワーフ族は全員クラマが管理する第二階層に住まわせている。
勿論、今は森を開拓し家や畑を作らせている。
何もせず住まわせる訳には行かないからな。
働かざる者、食うべからずだ。
だが、そろそろ様子を見に行ってもいい頃だよな……。
そして、捕らえた騎士たちはルドラが管理する第四階層の地下牢に押し込んでいる。こっちもそろそろ片付けた方が良いだろうし……。
はぁー、面倒だが、後々に回すと休む時間が減る。
俺は立ち上がる。
「旦那様、どちらに」
「第二、第四階層に行って来る」
「では、私もお供致します」
俺は適当に頷き、〈迷宮門〉を開き迷うことなく歩き出す。その少し後ろをメレアが付き従う。
〈迷宮門〉を通り抜けた先は、千本の鳥居が建ち並ぶ山の麓だ。
この階層は、地球で有名な伏見稲荷大社という神社を参考にした霊山を中心に、山脈が連なる階層なのだ。
故に漂う魔力が豊富で、特にこの霊山の樹の多くは霊樹と呼ばれるこの世界でも貴重な樹が大量に育っていて神秘的な雰囲気に包まれている。
俺はゆっくりと歩みだし鳥居を潜り階段を登って行く。
辺りに霧が立ち込めているが、俺には晴れているのと変わらないように見える。
1ヶ月前は自分で階層を創って置きながら隅々まで見てなかったから良い機会だ。
報告書から地形はある程度把握しているが、やはり見た方が楽しいな。
「旦那様はこの辺りの地形を把握してらっしゃるのですか?」
「だいたいだけどな」
「なるほど。頭が空っぽ故の天才ですか」
「おい、聞こえてるぞ」
誰の頭が空っぽだ!確かに空っぽだけど……。
その後、暫く無言で階段を登っていると開けた場所についた。
其処では、丁度エルフとドワーフたちが食事をしていた。
邪魔するのも悪いと思い引き返そうとしたが、その前にエルフの少女が俺に気付き走って来る。
あれは、確か……。
俺が思い出している内に、エルフの少女が俺の目の前で止まり跪く。
「ヤト様、本日はお日柄も良くーー」
ああ、そうだ、思い出した。
「ーーエアリィ・メール」
俺に名前を呼ばれビクッと体を震わせるエルフの少女エアリィ。
「はっ!」
「挨拶はここまでにして、どうだ?この階層の住み心地は?」
俺の質問にエアリィの表情が緩む。
「はい!とても魔力に満ちていて素晴らしいです!」
「そうか、それは良かった」
少しの間、エアリィに幾つか質問をしていると空から大きな鳥が広場に舞い降りて来た。
その背には、クラマが乗っており優雅に着地し俺に頭を下げる。
「遅くなり申し訳ありません」
「構わない。寧ろ、連絡も入れずに来た俺の方に問題がある」
「いえ、このダンジョン全てはヤト様の物、何処に行かれようとヤト様の自由です」
「そう言って貰えると嬉しいな」
そこで1度言葉を区切り、周りを見回す。すると、離れた位置にいるエルフやドワーフたちまで跪いていた。
それを見て報告書の中に、必要物品として包丁や鍋などの名前があったことを思い出した。
「今日この階層に来たのは……ただの気まぐれ、だな」
それを聞き、クラマとエアリィは揃って面食らった表情になっている。
「くくく、冗談だ。開拓の様子を見にきた」
直接エルフとドワーフたちと話をしても良いか尋ねると2人とも嬉しそうに頷いてくれた。
この開けた場所は、元々整備された場所だ。
エルフやドワーフたちが開拓した場所ではない。
俺がエルフの元に着くと先頭で跪く金髪翠眼の女性に眼を向けた。
「君が、エルフ族の長エルティナ・グラフォルツか?」
「!わ、私の名前をご存知なのですか?」
「何を言っている?責任者の名くらい覚えるのは、常識だろ?」
その言葉に何故かエアリィが目をキラキラさせて俺を見て来る。
おい、最初の怯えようとは天と地の差があるんだが……。
「そ、それは、失礼致しました」
俺は適当に頷いておく。
「そして、君がドワーフ族の長ガンロックだな?」
「!へ、へい!あ、いや、はい……」
名前を呼ばれ勢い良く顔を上げたのは、左腕の肘から先を斬り落とされた筋骨隆々の男性だ。周りのドワーフたちよりも体が大きいので、一目で分かった。
「さて、2人に聞きたいことがある。開拓の方はどうなっている?」
俺の質問に2人は顔を見合わせ、戸惑っている。
ん?何かあったのか?
「何か問題でも起きたか?」
「いえ、実は、この山の樹の多くが霊樹でして……」
エルティナの話によると、エルフたちからすると霊樹とは神聖な物でおいそれと切り倒したくはないそうだ。
だから、できるだけ霊樹が少ない場所を探しているのだそうだ。
ん?待てよ。1日目は、死んだ同族の葬いとこのダンジョンで暮らす為の講座をクラマの配下から受けたと報告書に書いてあったが、2日目ー昨日ーは何をしていたんだ?
そのことを聞いてみると、一日中この霊山や周りの山々を歩き回っていたそうだ。
…………マジか。
「……それで、結果は?」
「……はい。驚くことに、この霊山どころか周辺の山全てに多くの霊樹が育っておりました」
「まぁ、この霊山の比ではありませんが……」と疲れた笑みを浮かべながら、エルティナは言葉の最後に付け加えた。
「なるほどな。つまり、霊樹がない場所を創れば良いんだな」
俺はそう言うと、何も無い空間に手を伸ばす。すると、そこに黒い穴が現れ、俺は迷うことなく手を入れ四角い板を取り出す。
現代の日本人なら誰でも知っているタブレット端末である。
これも実は、ドM神から貰ったアイテムの1つで、ダンジョン機能の全てをこの端末1つで簡単に行うことができる。
そこに、第二階層の設計図を開きダンジョンの基本スキル〈階層改造〉を発動し、山の中の霊樹の位置を移動させ、ついでに水源などの場所も移動させておく。
多少のDPは使用するが、これが最も効率的な方法だろう。
それにしても、意外と俺はこういう作業が好きなのかもな。
あ、そうだ。近くに果物のなる木も移動させて、あと、見晴らしの良い草原と鉱石が取れる鉱山もあると良いよな。
「くくくく、完成だ!」
その声に、クラマとメレア意外がビクッと反応する。
「君たちの為に森の一角を用意した。そこを使ってくれ!」
「え、えーと……」
「何がだ、ですか?」
「言葉で聞くより見た方が早い。着いて来ると良い」
俺は広場の真ん中に〈迷宮門〉を開く。
そこを通り抜ければ、澄み渡った風が吹き抜け遠くの山々が見通せる草原が広がっていた。辺りには、白い花が咲き乱れ、風が吹くと花弁が空を舞い、見る者の目を楽しませる。
といっても、凄く遠くに見える山はフェイクだし、空もそこにある太陽も〈階層創造〉で創り出しだ偽物だ。
まぁ、近くに果物の木と川も流れてるから住むなら問題ないだろう。
その時、次々とエルフとドワーフたちが〈迷宮門〉を潜り抜けやって来る。その全員が驚きと感嘆の声を上げ、目の前の景色に見惚れている。
「ここは、霊山の隣の山だ。君たちの為に改造した」
「な、何という……貴方様は、神なのですか?」
「俺をあんな神と一緒にするな」
一瞬頭にチラついたのは、アフロディーテに殴られ恍惚な表情を浮かべるドM神、ゼウスの顔だった。
「!」
乱れかけた精神も直ぐに安定させられた。
「俺は、しがないダンジョンマスターだよ。では、そろそろ説明をしても良いかな?」
俺の言葉を聞いたエルフとドワーフの数人は、未だに夢の中の同族に強烈なビンタ又は拳をお見舞いし強制的に現実へと引き戻した。
いや、それじゃ帰って来るんじゃなくて、逝ってしまうと思うのは俺だけなのか?