第12話 生贄
「そ、それは……人間です」
この時点で、こいつは国を護る為に同族を生贄にすることを決断した王族の1人だということが分かった。
だがーー
「俺は、偽るなと言った筈だ」
ーーただの人間が禁呪に耐えることは不可能だ。
「……魔法国に伝わる神の産物の1つ“聖神の宝玉”を人間と一緒に錬成しましたーー」
ふーむ、なるほどな。
その神の産物があれば、ただの人間でも禁呪に耐えられる可能性は無くもないか……。
しかし、そんな俺の考えを次のラクシャの言葉が否定した。
「ーーそして、異世界召喚を行い、それに応えた勇者の素質を持つ人間の少年を禁呪の生贄としました」
その瞬間、場が凍りついた。
……いや、そう錯覚する程の殺気や敵意の混ぜ合わせたような感情が俺の中で湧き上がったのだ。
俺が元異世界の人間であることを知っているメレア、ドルボア、エアリィは俺を見つめる。
特に、神に理不尽に2度も命を奪われていることを知っているメレアとドルボアの反応は顕著だ。
メレアは、俺がラクシャを咄嗟に殺してしまわないように瞬時に止められる位置に動き、ドルボアもラクシャを護れる位置に僅かだが動く。
2人はラクシャの持つ情報が、今後のダンジョンの未来を考えて、必ず必要になると理解しているのだ。
俺はゆっくりと内側の感情を吐き出すように、呼吸を繰り返す。
急激な感情の昂りは抑えられるが、連続して沸き上がる感情を完璧に抑え込むことはできていない。
「…………大丈夫だ。ラクシャ、1つ聞く。少年は、自分の意思で生贄になったのか?」
俺の言葉を受けても、2人は警戒態勢を解かない。
「……いえ、召喚直後は意識を失っていました。しかし、禁呪発動の直前少年は泣きながら、死にたくない、と叫んでいました」
その声が今も耳を離れない、とラクシャは言う。
「まず、君に言うことが2つある。
1つ、支配者の立場として君たち王族の決断は理解できる。俺でも同じ立場なら、そうしたかもしれない」
ここで、再度間を空け感情を乗せた視線でラクシャを睨む。
ラクシャにこの後どれだけ怯えられようとどうでも良い。
「2つ、同じ元異世界人の立場から言わせて貰う。……人の屑が。お前は、その少年を実験動物か、それとも単なる禁呪の材料だとでも思ったか?」
神聖国の人間を殺す時でさえ、俺は相手を敵として、1つの命てして相対した。それが、命を奪う上での礼儀だと思っている。
エルフ族、ドワーフ族、神聖国の元騎士たちにも道具としてでは無く、今を生きる命として選択肢を与えた。
勿論、選択肢はあるようでなかったかもしれないが、それでも個人の権利を尊重し、できるだけのことはしたつもりだ。
「俺はお前のような奴を最も嫌悪する!
そして、身勝手な愚行から生み出した化け物が命令を聞かないからとその処分を他人に押し付ける。……本当に、人の屑だな。貴様の国など滅びて当然だ」
いつの間にか、溢れていた殺気や敵意、憎悪、憤怒などといった感情を受けラクシャは床に座り込みガグガクと震え股を濡らしている。ドルボアが庇うように立ってはいるが、エアリィも震え涙を流している。そして、メレアやドルボアでさえ苦しそうな表情をしている。
「だがーー」
「ーーヒッ」
鶏を絞めたような声を出し、ラクシャが気を失った。
「チッ。……ドルボア、適当な部屋に放り込んで置け。エアリィ、君にはラクシャの服の着替えを頼む」
「畏まりました」
「か、かしこまりましたっ!」
「起きたら再度連れて来い。……はぁ、メレア、どうだった?」
ついでに、メレアに冷えた紅茶を入れて貰うように頼む。
「素晴らしかったです。演技にしては鬼気迫るものを感じました」
「……まぁ、全てが演技と言う訳でもないからな」
「人間だった時の残り滓ですか」
「言い方……はぁ、もう馴れて来たな」
その時、こちらを見つめるドルボアとエアリィの視線に気付いた。
「あぁ、さっきのは8割くらいは演技だ」
「誠ですか?」
「ん?俺が今、ドルボアに嘘を付いて得をすることなど無いと思うが?」
「はっ!申し訳ありません」
「謝罪の必要はない。
……さっきのは、俺の能力がアンデッドである吸血鬼に効くのか試したかったんだ」
この世界には、魔法、武技の他に生物に宿る能力がある。
神聖国の騎士の情報によると、異能力と呼ばれているようだ。
「それに、恐怖を植え付けた方が思い通りに動かしやすいからな」
「なるほど」
納得し、執務室を出て行こうとしたドルボアに、ついでに統治者全員を呼ぶように伝えた。
今回の相手には、統治者全員の力を借りる必要があるかもな。
◆
執務室は、前の教訓を生かしダンジョンの基本スキル〈階層改造〉を使用し室内を広くした。これで、統治者を集める度にあの王の間に行く頻度が減ったので嬉しいことだ。
そして、程なくして集まった統治者全員に今回のことを話した。
「それで、ヤト様はどうするおつもりですか?」
「勿論、敵なら排除するまでだ」
俺の言葉に統治者全員が頷く。
「では、今回は誰が行くのですか?」
ルドラの問いに、統治者全員の目に炎が宿る。
「……統治者たちの気持ちは嬉しいが、今回も俺に行かせて貰う」
「ヤト様、それは流石に危険かと……」
「あてもそう思いますぅ。さかいに、先手はあてらが行かせてください」
「2人の言う通りですな。まずは、私たちで相手の手の内を探るのが得策かと思います」
「せめて、誰かを護衛に付けて下さい」
統治者全員から反対された。
その時、メレアの口が開く。
メレアには、既に俺の考えを伝え納得して貰っている。
「……旦那様は、戦いに貴方たちを巻き込みたくないのよ」
「メレア、それはどういう意味だ?」
ルドラが強い意志を宿しメレアを見る。
「今回、旦那様は全力で戦うつもりなのです。そこに、私や貴方たちが入れば気が散ってしまう。それに、旦那様は例の騎士を仲間にしたいとお考えなのです」
「「「「!!?」」」」
メレアの発言には流石の統治者たちも驚きを隠せないようだ。
「勿論、意思疎通が可能で、騎士にその意思があればの話だがな」
「その為、周辺に多大な影響を与える可能性がありますので、統治者たちにはそれを最小限にする為に力を使って頂きます」
再度反対の言葉を紡ごうとした統治者たちよりも早く俺が言葉を紡ぐ。
「俺の身勝手で迷惑を掛けるが、君たちならできると信じている」
それを聞き、統治者たちの目に真っ赤に燃えるような炎が灯る。
どうやら、やる気になってくれたようだ。
これで、準備は整った。