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第10話 自分の道





「ここは?」


暗い霧が立ち込める道を歩き続け、やっとの思いで抜け出すとそこは懐かしい光景が広がっていた。


一面に広がる黄金色の麦畑と麦畑の奥にある小さな村。


それは、今ではなくなった筈の景色。私が生まれた村の懐かしい景色に思わず目頭が熱くなった。


その私の隣を幼い私、コーネリア・アインバースが走り抜けて行く。そして、それを追いかけるように既に亡くなっている筈の両親が後を追う。



そこで思い出した。


私は、あの化け物の力で夢を見せられているのだ。


だが、目の前の光景はまるで現実のように錯覚してしまう。視界も匂いも音も感覚も全て夢と呼ぶには、現実味があり過ぎるのだ。


混乱する私に、幼い私の声が耳に届く。


「ねぇ、お母さん」


「どうしたの?」


「私ね、将来騎士になって皆を護れるようになるの〜」


何の根拠もない幼い私の言葉に、母は優しく微笑み、父はその大きな手で私の頭を撫でる。幼い私も笑顔で憧れる騎士について話し続ける。


それを見ている私も思わず笑顔になる。



しかし、突如として村が炎に包まれた。


私の目の前を両親と幼い私が走って逃げる。


その瞬間、私の過去の記憶がフラッシュバックする。そして、夢と分かっているのに無意識に叫んでいた。


幼い私たちの目の前に、鎧と手に持つ剣を血に染めた敵国の騎士が現れた。


恐怖で震える私と母を護る為に、父が騎士を抑え「逃げろ!」と叫ぶ。


動けない私。


そんな私を母が強引に腕を引き逃げる。


その時、いつの間にか私が、幼い頃の私になっていることに気が付いた。



震える私は逃げ続け、最初に父と村を失った。



逃げた私は神聖国の辺境の村に移り住んだ。


そこで、2年を過ごし私も13歳になった。


でも、その頃神聖国は隣国の獣国と戦争を始めた。


その結果が、辺境の村に及ぶのは今思えば自然の流れだった。


仲の良かった近所の友達の首が飛ぶ、顔見知りの大人たちが血と内臓を撒き散らして地に倒れる。


そして、私を庇って母が死んだ。


「おかあさん?あ、ぁぁぁああああ!!!」


怒りや悲しみをグチャ混ぜにした叫びが村中に響く。


しかし、非力な子供がいくら叫んだところで現状が変わる訳はなく、死が目の前に迫る。


「いや、来ないで、来ないでぇ!」


みっともなく唯叫ぶことしかできない私。


いくらこの世界が夢だと頭が理解していても、体が精神が目の前の敵に恐怖し、死に震えている。


死を覚悟した私の目の前にあの人が現れた。

私の希望であり、私の尊敬する父のような人だ。


その人は、目の前の敵を斬り捨て私を助けてくれた。


その後、あの人に救われた私は孤児院に預けられた。

そして、周りからの薦めもあり、私はあの人に憧れて騎士を目指した。


これは全て私の記憶。

私の絶望と後悔、そして希望だ。




「つまらないな」


まるで、地の底から響いてくるような声に無意識に体が震え、私はそちらを振り向く。


いつの間にか、私は元の姿に戻っていた。


化け物も私が振り向くのに合わせて私に赤い眼光を向ける。


「君の人生は、空っぽでつまらない」


「ふざけるな!私のことを何も知らない貴様に何が分かる!」


私の言葉を聞いた化け物は溜め息を吐いた。


それがあまりにも人間臭く感じたのは、私の勘違いだろう。


「君の父を殺した騎士、何処の国の騎士だか知っているか?」


「何?」


化け物は骨の指をパチンッと鳴らすと、景色が変わり父が殺される瞬間で止まった。


「良く見ろ」


私は化け物が指差す鎧とそこに刻まれた紋章を見て、驚愕した。


それは、神聖国の鎧と紋章だったのだ。


嘘だ、そんなの……そうだ、これは奴の創り出した幻だ!


そう私が叫ぶより早く、まるで私の考えを見抜いているかのように化け物の口が開く。


「悪いが、この夢は君の記憶を遡って見せただけだ。俺は何1つ手を加えてはいない」


「そんな……」


私の父を殺したのが神聖国の騎士、そんなの嘘よ。


「君は、失った者を忘れ、考えることを止めた」


「……違う」


「何が違う?父が殺された時、君は11歳だ。紋章は無理でも鎧くらいは覚えていた筈だ」


「違う、私は知らなかった」


私の言葉に、化け物の眼光の赤い光が強くなった。そこに僅かだが化け物の苛立ちが伝わって来た。


「知らなかった?言った筈だ。これは、君の記憶だと。つまり、君は知らなかったのではなく、知らないふりをしていたんだ」


化け物の言葉を聞いていると、私の今まで築いて来た足場が揺らぐのを感じた。


「そして、君の人生の中で1度でも自分だけの意思で何かを決めたことがあるか?」


私が、自分だけの意思で決めたこと……あれ、ない。


父が殺され、逃げる時も母に手を引かれ、神聖国の辺境の村に住むのも母が決めた。

その村人が全員殺され絶望していた時、あの人に生きろと言われたから生きた。そして、剣の才能があり、周りが薦めたから騎士になった。


騎士になっても、上司の命令で任務を遂行し、今回のエルフ族への襲撃も任務だから行った。それ以外の理由はない。


あぁ、本当だ。


「私には……何もない」


私の今まで築いた全てが崩れる感覚に襲われた。自分が自分では無くなって行くような感覚、恐いし寒い……でも、もうどうでも良い。


「だが、騎士になるのが夢だったんだろう?」


「……あ」


「君の幼い頃に志した騎士とは何だ?」


私の志した騎士?


平和な日常で見つけた、父が褒め、母が応援してくれた私自身が決めた最初の夢。


「……種族を問わず、命を護る正義の味方」


「理想論だな」


「ああ、あの頃は現実を知らなかった」


不思議だ。さっきまで不快でしかなかった化け物との会話が、今では温もりすら感じる。


「俺は嫌いじゃないぞ」


「私も……私だって、あの頃に戻りたい。ただ、純粋に正義の騎士に憧れていたあの頃に!」


「なら、選べ。神聖国の騎士として生きるか、それとも俺の配下になるか」


「貴様の配下になれば、私に道を示してくれるのか?」


私の言葉を化け物は鼻で笑った。


「馬鹿か?自分の道くらい自分で探せ。

……だが、力は貸してやる」


いう事は言ったとばかりに化け物は右手を私に差し出す。


「私は、人間と敵対したい訳ではーー」


「ーー言っただろう。自分で決めろと」


「!」


それはつまり、斬る命も救う命も自分で考え、その責任を背負えということか。


とても厳しく思える言葉だが、本来命を奪うとはそういうことなんだ。私は、今までそんな当たり前のことからも目を逸らしていたのか……。


少しの間、目を瞑り考える。


目を開け覚悟を決めた私は、化け物の手を取らず、腰に装備していた剣を抜きーー


「!?」


ーー跪いた。


そして、両手で剣を差し出す。


「……本気か?」


「これが、私の決めた道だ」


目の前の化け物が唖然としている気配が伝わって来るのを感じ、ほくそ笑む。


「……ここは夢の中だ。忠義の誓いをしても契約にはならない。見届け人もいないぞ?」


「構わない」


私からすれば、重要なのは契約が成立することではなく、この場で化け物……いや、貴方に忠誠を誓うことに意味がある。


「我、コーネリア・アインバースは、これより貴方の剣となり、時に盾となり、この全てを捧げ忠誠を誓います」


少しの時間を空け、あの方は私の剣を取り、私の肩に剣を添える。


「我、ヤト・リュウガイは、その忠誠しかと受け取った」


ヤト・リュウガイ、それが我が主の名前……。


忠義の儀式はこれで終了した。


確かに、ヤト様の言った通り契約の効果は発動していないな。


「さて、俺はもう眠い。さっさと帰るぞ」


「はっ」


立ち上がった私をヤト様が見下ろす。


「詳しい話は、第四階層の統治者に聞け。それでは……おはよう、コーネリア・アインバース」


その言葉を最後に私の意識は現実世界で目覚めた。


見上げる位置にある王席にヤト様はいらっしゃらない。でも、この場に残るヤト様の魔力を肌で感じると何故だか心が落ち着く。


周りを見れば、私と同じ神聖国の元騎士が11名いる。


いや、彼らの目を見て神聖国の元騎士と言うのは失礼だな。


「ヤト・リュウガイ様に忠誠を誓う騎士……」


思わず声に出てしまった言葉に、騎士全員の視線が集まり笑顔と頷きで返された。


誰も洗脳や魅了、支配を受けているようには見えない。つまり、ここにいる全員が自分の意思でヤト様に忠誠を誓ったということになる。


(畏怖、とはこのような感情を言うのだろうか?)


中には、拝んでいる奴もいるが、今は触れないでそっとしておこう。


そう思った時、離れた位置で私たちを観察していた第四階層の統治者殿がこちらに歩み寄って来る。


その足音が近付いて来ることが不思議と私は楽しみで、子供のように胸がたかなってしまっている。


これから始まるのは、私が1人で決めた、私だけの人生なのだから。


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