外伝「長坂の戦い」
シノンの通う学園の前には長い坂道がある。
学生はこの上り坂を3年間踏みしめて、身も心も健全な青春を送る。
今日も早朝の爽やかな通学路には制服を着た若人達が歩く。
そんな中、けたたましい音を発しながら自転車登校する学生がいた。
その男は規則の制服ではなく、丈の長い軍服のような上着を身に纏っていた。
さらにおそらく改造したであろうその自転車の後部にはスピーカーが設置されていた。
『我ここにあり!!この混沌とした日本社会に必要なもの!それは忠義!忠誠の志だ!!』
我ここにあり!!と周囲を不快な気持ちにさせるような内容の演説を喚き散らしながら
録音したそれを青春の舞台である坂道にぶちかましている。
この学生の名は龍一鳳、右翼である。
シノンのクラスのアウトゾーン(通称”〇〇〇予備軍”)の中でも特に相手にしたくない存在だ。
当の本人の顔色はいかにも「我が正義」と主張をしている。
一般の学生たちが怪訝な顔で龍一鳳を見るも、逆らえず道を譲っている。
そんな中、龍一鳳の眼前に突然異物が転がってきた。
あまりの速さに避けることもできず転倒してしまう龍一鳳。
起き上がり坂道の下方の異物を確認すると、それは石膏像の顔面であった。
「誰がこんなことを……!」
表情を鬼面に変え、坂の登頂を見ると一人の女子生徒がいた。
翠星だ。
”予備軍”の中でも一番理解不能な行動をする。
龍一鳳は彼女の横にある大きな籠に注視する。
先ほど転がってきた石膏像の顔が大量に収納さている。
「……おもしろい……!!」
龍一鳳は上体を起こしニヒルに笑う。
翠星は自転車に跨った龍一鳳の姿を一瞥し
「………風になりたいの?」
と小さくこぼした。
両者は互いににらみ合う。
剣呑とした雰囲気があたりを包む。
演説のサイレンは絶やすことなく響いている。
「「--------------」」
………そして合図もなく両者は動き出した
「おっす!中性脂肪落とし!!中性脂肪落とし!!」
翠星がアホみたいな顔でアホみたいな言葉を並べながら
石こうの顔面を次から次へ転がしていく。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
対する龍一鳳は一つ一つのそれを間一髪でありながら避けていく。
その気迫は凄まじく、急な勾配の上り坂の頂上のもう少しまでさしかかる。
翠星が放る籠の中の顔面も尽きてしまった。
龍一鳳は満面のドヤ顔で登頂しようとしたその時
「…………あの子を追い詰めるようなジャンクは籠にでも収納されてな…」
かすかに聞こえた翠星の言葉に「ん?」と思考を巡らすもそれを許さない追撃がきた。
龍一鳳の眼前を覆う巨大な籠、道の幅いっぱいにそれは転がってくる。
誰がどう見ても避けることはできない。
「おもしれぇ!!大和魂の見せ所よ…………!」
「うおおおおおお!!」と雄たけびとサイレンの騒音がフュージョンした。
そして
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朝の陽ざしを反乱射させて、事故があったとされる現場にハゲ担任が駆けた。
「何があった!?」
現場の長坂に到着したハゲ担任が見たものは、
石膏像の顔面に埋もれながら『我ここにあり!』と救難信号を送り続ける龍一鳳の姿だった。
つづく