「女はそれを我慢できない」
教室の中は息を吐く音が聞こえるほど静かだった。
クラスメイトの誰しもがある男子生徒の反応を伺っていたからだ。
その男子生徒の名は「シノン」、女性のうなじを匂うことを趣向とする以外はいたって普通の落ち着いた学生である。
だが、そんな平凡な学生生活に終焉を迎える事件が起きてしまった。
学園の癒し、メグ先生のブラを盗んだ容疑者にされてしまったのだ。
「…何か言ったらどうなの……………?シノン君」
全身ボンテージ女、「ためち」が片手で持つ鞭をしならせ教室の沈黙を破る。
「………………………………………っ」
「イライラすんなぁ!それでも日本男子かっ!」
沈黙を貫くシノンに苛立つのは軍服を着た「龍一鳳」だ。
二人の言葉に圧され縮こまることしかできないシノン。
それを凝視し、シノンに近づくためち。
クラス中の視線はシノンからためちへと映る。
何をするか分からない、一週間の付き合いで、クラスの誰しもが彼女をそう評した。その疑心と畏れを意図も介さない彼女の開口は。
「見るに堪えないわね…。あなたのその臆病さ…。女性の下着を盗んだ醜悪さ。沈黙を貫くことでその場をしのごうとする浅まさ。へどがでるのよねぇ!あなたがやったことは立派な犯罪だけど!?その辺に漂う羽虫の方が息を吸って資源を貪らないだけまだマシだけど!?……ホントに気持ち悪い……汚らわしい……。勉学に励むよりか、光合成のやり方を習得しなさいな!黙って生きてても、地球に害があるのなら、少しは恩恵を還元しな!この一生童貞全裸男っ!!!」
「-------------------」
シノンから色が消えた。そう認識するほどその姿は脆弱に見えた。クラスメイトの誰も声をかけようともしない。それがシノンのアイデンティティーでもあったのだ。何事にも無関心な事を恥じるシノンだが、そもそもの自分が他人からは無価値と判別されていたのだ。
そして、そのシノンの様子を見たためちは光悦の表情を浮かべた。
「(……………ああっ!なんていい表情をするの!?この子っ!……………あらぬ罪を着せられて反論もせずに心ない言葉を受けて!)」
新のドSを極めたためちは、真に心を折らせる事に快感を覚える。
ここで初めてためちは、このクラスに転校できたことにしあわせを感じたのだ。
「…被害者に謝罪もないの……………?ホントにゴミね……………」
「------------------」
なおも追撃するためちにシノンは何も反応しない。反論も抗議も発声しない。会話ができないことであらぬ罪を背負うシノン。
だが
「しゅごおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
パチッ!という音が意図の分からない発声の後に反響する。その声の持ち主「翠星」が投げたレゴ飛行機がためちの頬に当たり、床に落ちた音だった。
「………………………………………なにをするの?」
「今回のテロに殉じた者達に敬礼を……………!」
ためちの質疑に応じず、翠ワールドを展開する翠星。
クラスメイトはどよめきながらも、その光景を見守る。
なぜか龍一鳳は敬礼している。
「なんのつもり?あなた……………そう、頭が……………。……今、謝ったら許すけど……。」
「オードリーヘップバーン!ビックバーン……………!」
ためちが最も許せないことは「自分が傷つくこと」である。
それを容易に行為に下した翠星。
その目には狂言とは裏腹に、静かな闘志が秘められているのを、ためちだけが気付いた。
それでも翠星を睨み、鞭を両手でしならせ、近寄ろうとしたその時。
『キーンコーンカーンコーン』
チャイムがこの修羅場の定着を促せた。
音楽の授業の後は体育で、休み時間を男女別れて準備しなくてはならない。
「……はい!この事件は放課後、私とシノン君で職員室に行ってハゲ担任に相談してみます!」
委員長が妥協案を告げ、女子の移動を促せる。
「……っち!」
その中でためちが、毒々しく舌を打ち退室した。
事態は何とか収束したのである。
「--------------」
放心し、直立しているシノン。
それに近寄る男子生徒がいた、「ルーム」だ
「これを見ろ」
声に気付き、ルームの下方に見るシノン。
「!!!!?」
ルームから差し出されたのはルーム自身の手。
何も握られていない。
が、その手の甲にはおびただしい程の血が溢れていた。
驚いたシノンがルームの顔を見る。
「お前は俺を殺す気か?」
「!?」
意味不明な質問。考えても答えが出ることはないと本能で分かったシノン。
そして、それを察したのか更にルームは綴る。
「これはお前がためち様からご褒美をチョウダイしていときに、自分を抑えるために噛んだ傷だ……。」
「------------!!?」
怪訝な表情を隠せないシノン。
更にドMの申し子、ルームは続ける。
「俺達ドMはなぁ……………人を責めたり傷つけたことがねぇからよぉ……………。加減がわからないんだよ。あれだけの寵愛を拝したお前が憎くて憎くて仕方ねぇ……………」
「……………………………………………………」
ここに来てさらにシノンを追い込むルーム。
そしてその背中をくるっと向け
「お前は今日から……俺のライバルだ……」
と捨て台詞を吐くのであった。
色々なことがありすぎて脳がクラッシュしたシノンはゆっくりと席に着き、ある一点を見た。
そこは隣の席、翠星の席であった。
続く