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2日目

2日目


「……む。ああ、おはよう……我が主よ」


 心地よく温かな温度を感じ、反射的に口にする。丸くなっていた身体を伸ばして、身体を起こした……瞬間!


 ズルッ!


「ぬおっ!?」


 足を滑らせた挙句、何故か自分の身体が落下を始めた。慌てて目を開き状況を確認しようとしたが時既に遅し。


 ガサガサガサッ……ボテンッ!


「ぐふっ!」


 木々の葉に途中引っかかり勢いは殺されたが、受身も何も取れずに頭から地面に激突する。……が、多少痛みを感じただけだった。


「ぬおお…………む?ここは……ああ、そうだったな……」


 顔面の痛みに軽く悶絶しながらも、住み慣れたケージの中で無いことに違和感を一瞬覚えた。が、ここが夢世界の中であったことを思い出して納得した。


「まさか木の上から落ちるとはな……不覚。しかし、目覚めの前に確かに主を感じたのだが……?」


 ついっと寝床代わりにしていた枝を下から見上げると、丁度そこへ密集する葉の間から一筋の陽光が差し込んでいたのが見えた。なるほど、温かく感じたのはあれであったのか。


「我が主の温もりは天の恵みと同様だからな。寝ぼけていたが故に勘違いしてしまったようだ」


 仕方あるまい!と自己解決して、顔や身体に付着した土を払って居住まいを正した。なんとも強烈な目覚めだったが、普段朝は弱く、動けるようになるまで時間が掛かるのでちょうど良かったかもしれない。なんたってハムスターたる自分は、本来夜行性であるのだから。


「夢世界に関係あるかどうかは知らぬがな。さて、朝の体操がてら朝食の確保にでも行くか」


 軽く手足を動かす。そして、身体にぐっと力を入れたかと思うと、一瞬でその場から掻き消えた。


「ぬあっ!?」


 意図しない急加速に慌てて急ブレーキをかける。危うく二度目の顔面激突を、今度は目の前にある頑丈そうな木にお見舞いするところだった。


「……今のが特性との力か?恐らく、神速とやらの効果だろうな……全く、任意ではなかったのか?昨日駆け回ったときにはこのようなことは無かっただろうに……」


 心の焦りを誤魔化す様にぶつぶつ愚痴が零れる。そしてふう……と溜息を吐くと、改めて地面を蹴ってその場から掻き消えた。


「先ほどは不意を突かれて焦ったが……ふむ、意識していれば問題は無さそうだな」


 高速で森を駆けながら、特性:神速の効果を身をもって検証する。ただ早く駆けることが出来る能力であったなら大した能力ではなかったが、脳の反応速度なども格段に上がっているようで、こんな異常な速度で駆けても障害物にぶつかる心配は無さそうだ。見つけた所ですぐさま脳が反応し、そして身体へノーウェイトで信号が送られて簡単に、かつ一番効率的な避け方が出来る。


「ふはははっ!やはり好きなだけ駆けることが出来るのは気持ちが良いなっ!!どれ、もう少し速度を上げて見るとするか」


 心底楽しそうに呟くと、走る速度のギアを切り替える。神速で出せる限界の一割に遠く及ばないが、先ほどの数倍の速度で森を疾走する。


「良い!実に良いぞっ!!このまま行ける所まで走り続けてみるとするか!!」


 ふははははっ!!と笑い声を上げる。そして土に塗れて尚ふわふわの体毛を風に靡かせ、森の中を駆け抜ける一陣の風となった。



 走り続けること約15分……ただ前へ前へと進み続けていた結果、進む先に光が見えてきた。


「どうやら森の出口のようだな。ふむ……思っていたよりも小さな森だったようだな」


 いずれ森から出られると思っていたが、考えていたよりも早かったな。……実際は広大な大森林であったのだが、彼の走る速度が異常に早かったので狭く感じただけだ。


「暗い森だけの夢世界かとも思っていたが、そうではなかったようだ……この際、いろんな場所を旅してみるのも面白いかもしれないな」


 駆ける速度を落としながら、光が溢れる森の出口へ向かう。さて、この先にはどんな世界が広がっているのか……実に楽しみだ。


 ゆっくり出口へ歩きながら自分を焦らす。未知の領域に足を踏み入れることがこんなに心踊ることだとは知らなかった。先ほど冗談交じりに旅と言ったが、案外本気でやってみてもいいかもしれない……そう考えている内に出口のすぐ傍までやってきた。


「む……眩しいな」


 森の外に出た瞬間陽光に目を焼かれそうになったので咄嗟に手で遮る。目の前に新たな世界が広がっているというのに、どこまでも我を焦らしてくれる。


 少し目が慣れてきた所で、翳した手を下ろす。そして今度頃目の前に広がる世界を眺める。


「さてどうだ……ぬ?」


 小さな彼の目に映ったのは、澄み渡る青空と緑の草原……そして、


「ガルルルルル……」


 鋭い牙を剥き出し唸り声を上げて自分を睨みつける、狼のような姿をした生物が居た。


「……でかいな」


 ような、と言ったのはそれが知っている狼よりも体躯が一回り大きく見えたからだ。そして体毛の色も漆黒であることに違和感を覚える。以前見た狼の体毛は、確か白に近い灰色だった気がしたが……


「グオウッ!!」


「……むっ!!」


 じろじろと観察していたら、狼もどきがいきなり飛び掛ってきた。それと同時に、ハムスターの彼の10倍ほどある巨体に見合う巨大な爪がヴゥンッ!と風を切って振られる。振られた腕が霞むほどの速度で、今から回避行動をとっても以前の彼なら避けられそうに無い。


「遅いわっ!!」


 だが神速の特性を持っている彼には通用しない。爪が迫るのを確認したと同時に、狼もどきに向かって突進する。


「グオッ!?」


 先手必勝を確信していた狼もどきだったが、その思いも寄らない行動に驚愕の声を上げる。が、既に振ってしまった腕は止められず虚しく空を斬った。


「腹ががら空きだぞ?そらっ!!」


 ズドンッ!


 回避した勢いのままその胴へタックルをお見舞いする。体躯の差で本来なら大した威力になりそうもないが、桁違いの勢いで放たれたそれは狼もどきの身体を宙に浮かすほどだった。


「ガッ……!」


 衝撃に息が詰り、悲鳴も上げられずに激痛に悶える黒い狼。それをいつの間に移動したのか、少し離れた所から睨みつける小さな彼。


「ふん、身体はでかいが中身はただの未熟者だな。この程度で地に伏すとは、まだ元の世界の狼どもの方が骨があったぞ?」


「グ、グルルルルル……」


 嘲笑うように狼もどきに向かって吐き捨てると、よろよろと立ち上がりながらギロっと睨み返してくる。どうやら今の言葉で怒ったようだ。


「ガオァアアアアッ!!」


 先ほどよりも大きな咆哮を上げながら、再び爪を振り上げながら突っ込んでくる。迫力はあるが、ダメージを負ったせいか勢いは格段に下がっている。


「馬鹿の一つ覚えがっ!……前回の雪辱を晴らすつもりだったが、全く比べ物にならん雑魚が。これで終わりにしてやる」


 最小限の動きで爪を避け、お返しにこちらも爪で斬り返す。狼もどきからしたら豆粒よりも小さい爪など恐れるに値しない……はずだった。


 ズッ……


「ギ……!?」


 ハムスターの小さな爪が胴に突き刺さる。それだけなのに、狼はまるでその爪が刺された反対側まで貫通したように感じた。


 ガリガリガリッ!!


「ォ……ッ……ッ!!」


 それが横に動かされると、内臓ごとズタズタにされる感覚がした。いや、感覚だけでなく実際に大きく切裂かれたそこからは血が噴出していた。何が起きているか理解できず、ただ身体に走る激痛に悲鳴を上げようとするがそれすらも出来ない。そしてようやく黒い狼が理解した頃には、既に全てが終わっていた。


 ドサッ……とボロボロになった狼もどきの身体がその場に倒れた。地面にはじわじわと大きな血だまりが広がる。数秒ほどわずかに痙攣していたが、それもすぐに治まり完全に事切れた。


 

「……ふん、我が爪も随分と鋭くなったものだ。あの夜もこれくらい出きれば良かったのだがな」


 血に濡れた自身の手に生える爪を眺めながら呟く。そうすれば今も夢世界ではなく、我が主の居る現実の世界で過ごしていただろうに……。


「む、いかんな。出られるまでこの世界を楽しむと決めた以上、こんなところで物思いに耽てはいられんな。さて、こいつはどうするか……」


《フォレストブラックウルフ1体を討伐。経験値を20獲得しました》


「……そういえばこんなものもあったな。驚きはしなくなったが、まだまだ慣れんな」


 頭の中で流れた声にぴくっと反応するも、初めてからもう何度も聞いているのでそれだけで済んだ。……狩りをするたびにこの声が流れるのか?全く、騒々しくてかなわ……


《パンパカパ~~~ン!!》


「ぬおわっ!?」


 内心で文句を言っていると、ラッパのような音が大音量で頭の中に響いた。文句を言ったから声の主が怒ったのか?と思ったが、続いた声にそうでは無いと解った。


《おめでとうございます!レベルが2から3へ上がりました!詳細確認は任意でステータスを確認して下さい》


「ぐぬぬ、またこれか……こいつ、音で我を殺そうとしていないか?」


 害意は感じられないのでそんなことは無いとは思うが、油断していたタイミングで何度もやられるとそう思いたくなる。


「そもそもレベルというのはなんなのだ?上がることで何か良い事でもあるのか?」


 元の世界に『ゲーム』と呼ばれる物が存在しており、それに触れたことがある人間ならぴんっ!と来る物があったかもしれない。が、愛玩用ペットとして飼われていた彼が触れる機会など皆無であり、主人である少女もそれに興味が無かったので理解できなくて仕方が無いだろう。


「とにかく確認だけでもしてみるか……ステータスよ、開けっ」


 昨日覚えた言葉を口にすると、頭の中に《ステータス》と頭に書かれた文字列が表示される。早速昨日との違いを確かめるために読んでいく。



《ステータス》

レベル3 名称:ハムスター 体力11 筋力1+6 魔力1 反応50 次のレベルまで25



 確かにレベルが2から3に変わっていて、体力の値が10から11に変わっている。筋力の+の値も増えているが、これは寝る前に昨日ミミズを5匹喰らったからだろう。それから次のレベルまでという欄も数値が変わっているので、これは狩りで得た経験値によって変わるのだろうと推測できる。


「ふむ……つまりまた経験値とやらを25程得れば、次はレベル4に上がるという事か。そうすることで数値が上がり、体力や筋力と言ったものが強化される……なるほど、レベルというのは強さの水準を表す言葉と言う事か」


 相談する相手が居ないので推測の域を出ないが、恐らくそれであっているだろう。そう結論付けて、ついっとステータスの下の部分、技能などが書かれている所に焦点を当てる。



装備品:なし

技能:体術1 鑑定1 土潜り1

特性:魔神の豪力 魔神の胆力 神速 暴食 魅了 能力取込(変態可) 女神の加護



「ぬ?ここも何かが増えているな。どれ……」


 技能の欄に《土潜り1》というモノが増えているのを発見し、早速鑑定を使って詳細を調べてみる。


《土潜り1:効率的に地面を掘ることが可能になり、また地中での活動が有利になる技能。1は柔らかい砂や土に対して効果が発揮される》


「これは微妙だな。元より穴を掘るのは得意なのだが……ふむ、これは恐らくあのミミズの能力であろうか?まあ無いよりはましだろう」


 開示された内容に多少不満はあるが、デメリットがあるわけでは無いのでありがたく貰っておくことにしよう。



 それ以上は目新しい情報は無かったのでステータスを閉じると、それと同時に腹の虫がきゅるるる~と鳴った。


「むう、食料の摂取を忘れていたな。一度森に戻ってミミズでも探すか、あるいは……」


 呟きながら地面に置いたままの狼もどきの死骸に視線を向ける。以前は肉なんぞにさほど興味は無かったが……夢世界に居る影響か、目の前に転がる肉が無性に美味そうに見えた。


「うむ……こいつを喰らうか。今の我の牙ならば、こいつの肉も容易く咀嚼出来るだろう」


 多少躊躇する素振は見せたものの、食欲には敵わなかったのですぐに喰らうことを選択した。手や足と言った身体の一部でさえ自分より大きいのでどこから食するか悩むところだが、先ほど切裂いて露出した腹肉の部分が一番食欲がそそられたので、まずはそこから喰らうことにした。


「では、頂こうか……むぐ」


 小さな口を精一杯開いて一気に齧り付く。……む、これはっ!?


「もご……っ!?んぐんぐんぐんぐ……!!」


 狼の肉を一口食べた途端、口いっぱいに広がった美味さに夢中になる。なんだこの美味さは!?あのでかいミミズも美味かったが、こいつは段違いに美味いっ!!これが……肉か!!


 咀嚼しては飲み込み、口腔内が空っぽになると再び肉に喰らいつく。そしてまた無くなっては更に齧り付く……。ただの小さなハムスターの身体でこんな芸当はまず出来なかっただろうが、暴食の特性のお蔭で胃袋が一切膨れることはない。……寧ろ喰らうほどに腹が空いて来るので、食べ続けなければいけない気分になる。


 なのでこれ以上余計なことは考えず、目の前の肉を喰らい続ける。時々太い骨の硬い歯ごたえを感じたが、大した抵抗もなく噛み砕けるのでそのまま咀嚼する。味は無く本来は食べる所では無いとは思うが、肉とは違う食感が良いアクセントになって食が進む。


「んぐむぐ、ごくんっ……美味い、美味いぞおっ!!ふははは、このまま全部喰らってやるわっ!!」


 肉の味に酔い痴れ笑いながらそう宣言する。そしてその宣言通り、この猛烈な勢いで進む食事は、狼もどきの骸がその場から無くなるまで続けられた……。



「ごくん……ぬ?」


 狼もどきに伸ばそうとした手が空を切る。何事かと視線を上げると、そこにあったはずの狼もどきの姿が無くなっていた。


「我の肉はどこへ行った……?まさか、もう全て食べ尽くしてしまったのか!?」


 そんな馬鹿な!自身の身体の何倍もの大きさを誇る肉だったのに、そんなはずは……そう思って辺りを見回してみるも、影も形も見つからなかったのでその事実を受け入れるしかないようだ。


「どうやら夢中になっている内に喰らい尽くしてしまったようだな。ぬう……全然食い足りん」


 もっと食わせろと食欲が訴えかけてくるが、無い物は仕方が無い……と諦めの溜息を吐くと一先ず高揚感が落ち着いた。


「ふう……さて、喰らい終わったということはあれがくるか……?」


 冷静になった頭で次に起こることを予測すると、丁度良いタイミングで声が聞こえた。


《フォレストブラックウルフ一匹を取り込んだことにより、対象のステータスの一部が加算されます》


 予想通りの展開だったので特に驚かず、そのままステータスを確認する。



《ステータス》

レベル3 名称:ハムスター 体力11+1 筋力 1+6 魔力1 反応50 次のレベルまで20



「ふむ、今回は体力の値が増えたようだ。食べる相手によってこれも代わるのだな」


 肉の美味さに比べて大した感動も無くそう呟くと、すぐにステータスを閉じた。それから改めて顔を上げて周りを見回す。森を抜けてからすぐに戦闘になったので、まだまともに外の景色を見ていなかったのだ。


 澄み渡るほどに青い空。当たり一面青々とした大地。そして森の中ではあまり感じることが出来なかったさわやかな風が吹く……美しく眩しい光景が、彼の目の前一杯に広がっていた。


「これは……素晴らしいな」


 ほう……と思わず感嘆の声が漏れる。現実世界でもたまに主と共に外へ出ることはあったが、見える世界は外出用ケージの狭い窓から見える景色が全てだったのだ。それほどに彼が感じた感動は凄まじいものだった。


「ふふふ……我としたことが、ついこの世界の壮大さに心を奪われてしまったわ。……決まりだな。この夢世界から出るその時まで、この世界を存分に楽しませてもらうとしよう」


 その呟きとともに、彼は世界を旅することを決意する。この小さな身体では困難なことは多々あるだろうが、それも楽しみの一つとして行ける所まで行ってみようではないか、と。たった今喰らった肉よりも美味い物があるやも知れんし……な。


「さて、そうと決まれば早速進むとするか。いつ主の下へ戻るか解らんからな、立ち止まっている時も惜しい」


 見ていたらいつまでも眺め続けてしまいそうな視線を前に戻し、広い草原をてとてとと歩き出した。

ここまで読んで下さりありがとうございます!

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