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第二話


「おはよう、総ちゃん。残念だったな俺だよ。お前だよ」


 目を開けると目の前には、にやけながら、頬ずえをつく俺がいた。どこかのファミレスのようだ。デミグラスソースのいい匂いが漂っている。店内を見渡すと見覚えがある店だった。確かここは俺の地元にある大手系列のファミレスだ。

「またまた、正解!すげえなお前!」

「お前、俺のこと馬鹿にしてんだろ?」

「いやいやぁ、悪かったと思ってるよ。デートの邪魔しちゃってさ」

「ていうか、お前は何なんだよ!さっきから訳のわからないこと言って」イラついて少し声のボリュームが上がってしまい、少し離れた席に座る人に怪訝な顔をされてしまった。なんだ、今は時間が止まっているわけじゃないのか…。

「なんだって?俺は、お前。お前は俺だろ?」

「ふざけんなよ。そういうことを聞いてるんじゃない。なんで俺が二人いるんだってことを聞いているんだ!」それでも、気遣って先程よりは声のトーンを落としてきいた。

「やっぱり、覚えてはいないんだな……まっ、いいか…それは…」

「なんだよ?覚えてるって何をだよ?」

「まぁま。それは置いといて」

「はぐらかすなよ」

「何言ってんだ?はぐらかすのはお前の特技じゃん」

「なんだそれ?」

「おっすまん、すまん。なんで俺が二人いるんだって話だったよな?まっ実際は全く同じ俺ってわけではないんだけどな」俺の問いかけには応える素振りも見せないで対面に座る俺はふん、と鼻を鳴らしながら、顎で外を示す。

 

 店内を見回したときとは逆の外に面したガラスに目をやり、映った姿を見るとまた驚いて声を上げそうになる。ガラスに映った俺の姿は十代の頃の俺の姿に変わっていたのだった。


 何がなんだか分からずに、目の前の中年の俺を睨む。

「まぁまぁ、そんなに睨むなよ。今、ちゃんと説明するから」といなす向こうの俺。

「納得できる説明してもらおうじゃないか」と凄んでみるが…

「お前に凄まれてもなぁ…自分だから怖くもなんともねえ。ま、いっか…そんなこと…ここはな、お前のいる現実とは違う合わせ鏡の中の世界だ。別時空っていうほうがいいか?…パラレルワールドとも言うんだっけ?パラレルだのってのは、お前のほうが詳しいだろ?しょっちゅうパソコンにかじりついて調べてるんだから。まっ、とにかくだ。今、お前がいるこの世界は、お前の世界と別の時間が流れているのは確かだよ。そんでもって、同じ現実に全く同じ人間が存在するのは、色々と問題があるんでな、お前にはそんな姿になってもらったってわけ?わかる?」

「俺、頭おかしくなっちゃたのか?」

「今頃かよ、お前は昔から頭おかしいだろ。でも、これはそうじゃない」

「いちいち、ムカつくな。お前」と言うと、

「誰だって自分のことを外から見ればムカつくもんだよ。俺だって、お前のこと見てるとムカついてしょうがねえもん」

「どういうことだよ?」

「どうもこうもねえよ。木綿子のことだよ!」

「なんだよ。木綿子のことってなんだよ?」

「なんだよは、こっちの台詞だ。なんでお前たち、一緒になってないんだよ?」

「それはしょうがないだろ。そういう運命だったんだろ?」

「運命だぁ?笑わせてくれるじゃないか。お前、これを見ても運命なんて抜かすのか?」と言い「じゃーん」と急に突拍子もない声を上げて左腕をあげて俺に見せる。「私達、結婚しましたぁ~」とわざとらしく声を裏返し、指にはめられた指輪を見せる向こうの俺。

「誰と?」と俺。

「決まってるだろ!木綿子とだよ」

「嘘だね!」

「嘘なもんか!娘も二人いるぜ!」

「なんなんだよ。ほんとにムカつくな!いい加減にしろ」とまた声が大きくなる。

 

  自分でも不思議だった…自分が描いていた別の未来…もし、こんな未来があったとしたら、きっと嬉しいだろうな…なんて考えていたが、そうではなかった。なぜだろう…この時、俺は


とても腹が立った。


「まぁいいよ。俺のことだからどうせ信じねえとは思ってたからな?呼んであるんだわ。ここで待ち合わせをしてる。木綿子と娘たちとさ。おっと、ちょうどいい時間だな。あいつは時間はきっちりしてるから、もう来る頃だろ。お前は隣の席にでも座って、俺の言うことが本当か嘘か確認してみろよ?」


 言われるがままに隣の席に移る。直視できる自信はなかったので、向こうの俺と同じ向きに座った。もし、あいつの言う通りに木綿子が来たとしても、隣の席が確認できない位置に座った。ひんやりとした椅子が、自分の感覚を再認識させる。夢ではなく、間違いなく実在する現実にいるんだ。俺は…。


 立て続けに訳のわからないことが続いていてかなり混乱している。こんな事が起きている原因を探って見るが、全く頭が働かない。ほとんどパニック状態と言っていい。


 店の入口のほうで店員が『いらっしゃいませ』と客を迎え入れている。怖くて振り向くことはできないが、しばらくすると人が歩いてくる気配がしてきた。


「総ちゃん。お待たせ。早かったね」この声は間違いなく、木綿子の声だ。

「うん。仕事、早く終わったからな」

「そう。よかったね」と言って先程まで俺が座っていた席に座る。

「私はパパのとなり~」と言う女の子の声。声の感じからすると下の子だろうか…「私はママのとなり~」と、もうひとりの声は上の子だろうか?二人共、木綿子の声に似ていて柔らかな声をしている。

「あれっ?」木綿子が不思議そうな声を上げる。

「どうした?」あいつが反応する。

「総ちゃん。今までこっちに座ってた?」

「うん。そうだけど、どうして?」

「いや、お尻のとこがあったかいのもあるんだけどさ。なんか総ちゃんの匂いが、すごいしたからさ」

「ああ、そっちのほうが、外がよく見えるから、木綿達が早く来ないかなぁって思って見てたんだよ」とごまかしている。


 ここで、一家のすぐ隣で、うなだれている俺は実感する。あいつが言っていたことが本当であるという事と、俺と木綿子が一緒になっている現実があることを思い知らされたのだった。


 そして、本当に仲の良い家族であることを見せつけられてしまうと、今度は先程までもあいつへのイラつきが、今度は自分の不甲斐なさへの怒りに変化していった。どちらにせよ、俺に対する怒りに変わりはないけどな…そして、とうとう、いたたまれなくなり席を立つ、とりあえずトイレにでもに逃げ込もうと彼らの席を横切るときに、さっと、あいつに視線をやったが、あいつは木綿子を見つめていて俺が席を立ったことを無視しているようだったが、視線を前に戻す時にあいつの隣に座る娘と、目があってしまった。やはり、この子が下の子のようだ。木綿子によく似た可愛らしい女の子は、急に、はっと、驚いたような表情を見せたが俺は、そのまま前に向き直り歩き続けた。

 俺が席の前を通りすぎると、すぐさま女の子はあいつに話しかけていた。

「ねーね、パパ。今の男の人見た?」

「ゴメン。パパ、見てなかったよ」とあいつ。

「今の男の人。すごーく昔のパパに似てたんだよ。おうちの写真とおんなじだったもん」

「そうかぁ~?パパみたいにかっこいい男はそうそう、いないはずなんだけどなぁ?」と躍けている。

「私はあんまり総ちゃんのかっこいい所、見たことないけどねぇ~でも、確かに昔はちょっとかっこよかったかもね。ほんとに似てるんだったら私も見てみたいなぁ」と木綿子も笑っている。


 そのまま店の奥にあるトイレに入り、真っ先に洗面所で水を勢いよく出してザバっザバっとしばらく顔を洗った。氷水かってくらい冷たい水だった。でも今の俺にはちょうどいい冷たさだった。びしょびしょの顔のまま、頭を上げると目の前には鏡に映る俺の顔?あれ?さっきと違う…そろそろ四十歳になる俺がいた。


「冷てえじゃねえか!」と向こうの俺…

「うるせえ、このぐらい我慢しろ」もうやけくそだ。

「つれねえなぁ、しかも、なんで俺がそんな顔で睨まれなきゃならん?感謝されることがあっても、睨まれる要素はどこにもないと思うけどな?」と向こうの俺。

「うるせえ、分かってんだろ?俺が今、どんな気持ちか?」

「いやぁ、わからんね。わかっていても、わかりたくもないね」

「なんだ?お前、ただ、自慢したかっただけかよ?俺にできなかった事が出来たからって、ざまぁみろって思ってんだろ?」とことん卑屈になってしまう。

「そうかい、そうかい。お前が、そこまで腐ってるとは、この俺でも思わなかったわ。じゃ、お前、なんで今日、木綿子に会いに来たんだよ?そんなんだったら来るんじゃねえよ!未練たらたらなくせに、いい人ぶって、てめえはいつもそうだ。木綿子が幸せなら?運命だ?それのどこにお前の幸せがあるんだよ。人のことより前に、てめえのことを考えろって言うんだ!」初めて向こうのあいつが声を荒げた。


 「俺が……」声が震えて声がうまく出ない…。「どんな気持ちで木綿のことをを諦めたか…散々後悔して、苦しんで、やっとのことで吹っ切った俺の気持ちなんて、うまく行ったお前なんかにわかるもんか!」

「わかりたくもないわ。そんな負け犬の遠吠えみたいな気持ち。じゃあ、聞くが…てめえはなんか行動したのかよ?なんもしてねえで、自分で悲劇のヒーローを演出してるだけじゃないのか?後悔つうもんは全力でやってねえ奴がするもんだ。もっとこうしておけばよかった。あの時こうしておけば、うまくいったかもしれないってな!しかも、お前は、木綿子のことを吹っ切ってなんかいない。断言してやるよ。お前は一生、後悔し続ける。そしてそれが、他の人も傷つけ続けるんだ。そんなこと、お前が一番わかってんだろ?」


 そのとおりかもしれない…本当はわかっていた…わざわざ言われなくても、わかっていたことだ。ただ、その事実を認めたくないだけだったんだ。自分がどれだけ意気地なしでヘタレで、いい人を演じていて…そんなのわかっている。でもどうにもならないんだ。流れた時間は戻らない…


「いや、そうじゃない」向こうの俺は、また俺の思考を断ち切った。

「わからない奴だなぁ~お前はぁ。問題は時間とか状況じゃねえの。問題はお前なんだよ。そんなお前じゃ、例え時間が戻ったとしてもなんにも変わらないんだよ」

「なんでそんなこと、言い切れるんだよ」

「言い切れるんだよ。今、できない奴が過去に戻ったところで所詮、何にもできねえって言ってんだよ。そんなこともわかんないのかねぇ」

「そんなこと、わからないじゃないか?」

「いーや、わかるね。じゃぁ、聞くが…お前の世界で、今、お前が持っている全てを投げ捨てて、自分の全てを木綿子に捧げる覚悟があんのか?そして、今、木綿子が背負っているものを全てお前が背負う覚悟はあるか?」

「そ、それは…俺だけの問題じゃないだろ?」

「気にするな、今は仮定の話だ。木綿子の気持ちは別でいい。ただ、お前の今の嫁や家族、木綿子の旦那や家族には大迷惑がかかるけどな、そいつを含めて答えてもらおうか?」


 本当にこいつは嫌なことしか言わない。俺の弱い部分を全て承知の上なのだ…こんなことの判断すぐにできるわけないのに…


「できないんだな?」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「嫌だね。待てない。今すぐ答えろ」




「できるよ」

「ほんとにできるのかよ?あの時のお前ができなかったことだぞ?今よりもずっと若くて、情熱的で、無鉄砲で、なんにも怖いものがなかった、失くすものもなかったお前ができなかったことだぞ?」

「できる。大丈夫」


 一瞬の静粛の後あいつは再び、口を開く。

「今、できるって言ったな、お前。じゃぁ、やってもらおうじゃないか?」

「は?だって仮定の話って…」

「馬鹿か、お前。仮定なのは、木綿子の気持ちだけだよ。ばーか。それじゃ、説明するぞ~」

「ちょっと待ってくれよ。心の準備が…」

「うるさい!そんなもの知るか!今から、お前は現実世界に戻る。ちょうど、俺と出会ったあの時計屋の前にそのまま戻る。そして、今晩、お前は木綿子と最後の晩餐をすることになる。文字通り、今日が本当のラストだ。きっと木綿子は思い出話をしたがるだろう。あいつは昔話が大好きだからな。そこでだ。お前は今晩、木綿子と別れるまでの間に、自分の覚悟を木綿子に伝えろ。もちろん、それにあっちの木綿子が応えるかはわからんけどな。それはあの時と全く変わらない。それでもし、お前が、木綿子に思いを伝えることができなければ、それでおしまい。もう二度と、木綿子と関わるな。な?これ以上、木綿子や他の人を傷つけるな。いいな!お前一人が苦しんで、後悔して、そして…時がきたら、死んでくれ。それがお前の人生だ」


「俺とお前は別の時空に生きてるんだろ?なんで、そんなことまでお前に言われなくちゃいけないんだよ?」俺は本当に不思議だった。なぜ、向こうの俺がそこまで言うのか、さっぱりわからなかった…別時空の俺になぜこだわるのか…全く理解ができなかった。


「うるせえ。今のお前が、そんなことわからなくていいよ。お前は木綿子のことだけ考えろ。じゃなきゃ、一生、今のままだ。せっかく、俺が時空の扉をぶっ壊してやったんだ。今さら、無理とは言わせねえが、できるって言ったんだから、出来るよな?」

「…当たり前だ!」

「よし、せいぜい頑張れよ。今晩の木綿子とのデートが終わるまでがリミットだぞ。俺は、鏡の向こうから見ているからな。じゃまた、会おう!って、おーーーーーーいっ。お前が時間かけさせるから、俺のチーズハンバーグが冷めちまったじゃねえーか。一発殴らせろ」と言いながら、また、鏡の中から、腕を出して今度は、俺の胸ぐらを掴んで、鏡の中に引きずりこんだ。こいつ、何もかもがめちゃくちゃだ。時間、止まってるんじゃなかったのかよ!


 正直、こんな難しい答えをいきなり出せと言われても、出せるわけがない…でも…あの声はやっぱり、俺の言葉なんじゃないか?いろんな理由をくっつけては、自分の心を裏切り続けた自分への叱責……


 本当に今更だけど、伝えなくちゃいけない…俺の本当の気持ちを…俺は木綿子に…伝えたい…

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